子どもの成長に欠かせない甲状腺ホルモンが生まれつき不足している“先天性甲状腺機能低下症”。日本での発症頻度はおよそ3,000~5,000人に1人とされていますが、どのようなことが原因で発症する病気なのでしょう。また、甲状腺ホルモンの不足によって体にどういった影響が出るのでしょう。本記事では、埼玉県立小児医療センター 代謝内分泌科の医長でいらっしゃる河野 智敬先生に先天性甲状腺機能低下症の症状・原因について伺いました。
先天性甲状腺機能低下症は、何らかの原因で生まれつき甲状腺ホルモンが不足している病気です。
甲状腺ホルモンには、全身のエネルギー代謝を亢進して、体を元気にしたり、活動性を維持したりする作用があります。また子どもにおいては、身体的な発育や知能の発達を促す役割も持ちます。特に、日々の成長が著しい新生児や乳幼児にとっては、欠かすことができない重要なホルモンです。
そのため、生まれつき甲状腺ホルモンが不足していることによって、将来の成長や発達に影響を与えてしまう恐れがあります。これが先天性甲状腺機能低下症の大きな問題といえます。
甲状腺ホルモンは、首の前側にある甲状腺から分泌されています。そして、甲状腺ホルモンの分泌は、脳の下垂体から出されている“甲状腺刺激ホルモン(TSH)”の刺激によってコントロールされています。
そのため、生まれつき甲状腺そのものや下垂体に問題があると、甲状腺ホルモンがうまく分泌されなくなってしまいます。そのほか、胎児期に母親を通してヨード(ヨウ素)過剰にさらされることで起こるものや、母親の甲状腺疾患の影響を受けて発症するものなど、原因は多岐にわたります。
ここでは、それぞれの原因について詳しく解説していきます。
1つ目の原因は、甲状腺の形態に何らかの異常がある場合です。お母さんのお腹の中で赤ちゃんの体の器官が形成される過程で、甲状腺がうまくつくられないために起こります。具体的には以下の3つが考えられます。
なお、胎児期にこれらの異常が生じる原因ははっきりと分かっていません。
2つ目の原因は、甲状腺ホルモンの合成や分泌に異常がある場合です。甲状腺ホルモンを合成・分泌する過程のどこかに異常が生じることで、甲状腺ホルモンがうまくつくられなくなります。こうした症例では、甲状腺が腫れていることがあるものの基本的に甲状腺の形や位置は正常です。
なお、こうした原因による先天性甲状腺機能低下症には、遺伝的な背景を持っている患者さんが多いとされ、きょうだいで発症する症例もみられます。
3つ目は、脳の下垂体や視床下部に異常がある場合です。
先述したように、甲状腺ホルモンは、脳の下垂体から分泌される“甲状腺刺激ホルモン(TSH)”の刺激によって分泌されています。つまり、甲状腺ホルモンの分泌には、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の存在が欠かせません。
そのため、下垂体に何らかの問題が生じて甲状腺刺激ホルモンの分泌が障害されると、二次的に甲状腺ホルモンも分泌されなくなってしまいます。同様に、下垂体にホルモンを放出するように指令を出している視床下部に障害がある場合には、三次的な甲状腺ホルモン分泌の低下につながります。
なお、こうした脳の問題による先天性甲状腺機能低下症を、“中枢性先天性甲状腺機能低下症”と呼びます。
4つ目の原因が、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときに、過剰なヨード(ヨウ素)にさらされた場合です。ヨードは甲状腺ホルモンの原料として重要ですが、逆に摂取が過剰になっても甲状腺ホルモンがうまくつくられなくなります。
ヨード過剰にさらされる原因はいくつかあります。1つは、妊娠中にお母さんがヨードを多量に含む食品を過剰摂取してしまうことです。代表的な食品は、昆布、わかめ、ひじき、海苔などの海藻類です。また、妊娠中にヨードが含有された消毒剤(うがい薬やのどスプレーなど)を頻回に使用することも原因となることがあります。
そのほか、子宮卵管造影*という不妊治療で行われる検査は、ヨードの造影剤を投与して行うため、こうした既往が赤ちゃんの先天性甲状腺機能低下症の原因になることもあります。
*子宮卵管造影:造影剤を腹腔内に注入しX線で撮影することで、子宮内の異常や卵管の通過性などを調べる検査。
赤ちゃんが先天性甲状腺機能低下症を持って生まれてきた場合、生後間もなく以下のような症状が現れることがあります。ただし、明らかな症状を認めない症例もあり、症状の出方には個人差があります。
先述したように、甲状腺ホルモンは子どもの成長・発達に欠かせない大切なホルモンです。そのため適切な治療が行われなければ、しだいに成長・発達の遅れが生じてしまう可能性があります。具体的には、身長が伸びない、体重が増えないなどの成長障害や、知的な発達の遅れが挙げられます。
しかし、先天性甲状腺機能低下症と診断されても、早期に甲状腺ホルモンを補う治療を開始することができれば、こうした悪影響は防ぐことができます。日本では、出生したほとんど全ての赤ちゃんが、生後4〜6日に先天性甲状腺機能低下症を含むさまざまな病気を早期発見するための“新生児マススクリーニング検査”を受けられる仕組みが整っています。そのため、もし先天性甲状腺機能低下症が見つかったとしても、速やかに治療を開始できるケースがほとんどです。
海外の論文において、重症の先天性甲状腺機能低下症の場合、妊孕性(妊娠するための力)がやや劣る可能性を示唆した報告があるものの、一般には将来の妊娠・出産に関して大きな影響はないと考えられています。
一方で、甲状腺ホルモン合成や分泌の不具合による先天性甲状腺機能低下症の場合、遺伝的背景を有する患者さんが多いと考えられています。必ずしも遺伝するわけではありませんが、次の世代への遺伝について考慮する必要があるかもしれません。
甲状腺の形態異常による先天性甲状腺機能低下症については孤発性が多く、遺伝的な関連は薄いと考えられています。
繰り返しになりますが、甲状腺ホルモンは子どもの健やかな成長・発達のために必須のホルモンです。そのため、生まれてきた赤ちゃんに甲状腺ホルモンの不足が疑われる場合には、可及的速やかな診断および治療開始によって、将来の成長・発達への影響を回避することが重要です。
続くページ2では、先天性甲状腺機能低下症の診断のきっかけや具体的な検査内容について解説していきます。
埼玉県立小児医療センター 代謝内分泌科 医長
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