急性肝性ポルフィリン症(acute hepatic porphyria:AHP)は、体内に不要な物質がたまってさまざまな症状を起こすポルフィリン症という病気の1つです。患者さんの多くに腹痛がみられますが人によって症状は異なり、医療機関で治療を受けていても原因が分からないこともあるといわれています。今回は、急性肝性ポルフィリン症とはどんな病気であるのか、東京都済生会中央病院 総合診療内科・脳神経内科の足立 智英先生に伺いました。
血液中に含まれるヘモグロビン*という物質は、ヘムタンパク質と呼ばれるタンパク質がもとになって作られます。このヘムタンパク質を作る過程に障害があることで起こる病気の総称をポルフィリン症といいます。ポルフィリン症では、障害によって体の中に本来たまらないもの(ポルフィリン体あるいはその関連物質)がたまってしまい、腹痛や手足の痛みなどのさまざまな症状を起こすことがあります。
*ヘモグロビン:鉄とタンパク質が結びついた赤色素のタンパク質
ポルフィリン症は遺伝性の病気です。ヘムタンパク質を作る過程に関わる遺伝子の変異が原因となって発症します。
ポルフィリン症には、複数のタイプおよび数種類の分類方法があります。分類方法は、症状に基づいた“急性型”と“皮膚型”という分類、不要な物質がたまってくる臓器に基づいた“肝性”と“骨髄性”という分類、障害がある酵素に基づいた分類、の大きく3つに分けられます。また、複数の分類に当てはまるタイプもあります。
ポルフィリン症は、現れる症状によって大きく次の2種類に分けられます。
不要な物質が主にどこの臓器で発生するのかに基づいた分類方法です。
細かくは9つの病型があり、原因となる障害(酵素欠損)の部位によって分類されています(上の図“障害がある酵素”を参照)。
ヘムタンパク質を作る過程において障害が起こっている部分が違うと、たまる物質や症状も変わってきます。
急性型でいえば、急性間欠性ポルフィリン症(acute intermittent porphyria:AIP)とALA脱水酵素欠損性ポルフィリン症(aminolevulinic acid dehydratasedeficiency porphyria:ADP)は、ヘムタンパク質を作る過程の最初のほうに障害が起こり、急性発作を引き起こすことが特徴的です。
異型ポルフィリン症(variegate porphyria:VP)と遺伝性コプロポルフィリン症(hereditary coproporphyria:HCP)は、後の過程において障害が起こります。その障害は、紫外線が当たると皮膚に障害を起こす物質がたまる部分に生じるため、急性型であっても光線過敏症と呼ばれる皮膚症状が出ることもあります。
ポルフィリン症は、2011年の全国調査では63例が報告されていますが、診断が付いていない患者さんも多いと考えられており確実なデータはありません。
“遺伝性ポルフィリン症の全国疫学調査ならびに診断・治療法の開発に関する研究班”の島根県済生会江津総合病院 名誉院長 堀江 裕先生によれば、ポルフィリン症の患者数は全国で10万人に1人と推定されています。
そのうち、急性型の急性間欠性ポルフィリン症、皮膚型の晩発性皮膚ポルフィリン症(porphyria cutanea tarda:PCT)、骨髄性プロトポルフィリン症(erythropoietic protoporphyria:EPP)という3タイプでほぼ占められています。また、急性型よりも皮膚型の患者さんのほうが多いと考えられています。
急性肝性ポルフィリン症は、ポルフィリン症の中でも腹痛、下痢、嘔吐、便秘といった急性発作が起こることが特徴的(急性型)で、不要な物質が主に肝臓から発生する(肝性)タイプを指します。
急性発作の原因は、デルタアミノレブリン酸(ALA)やポルフォビリノーゲン(PBG)といった、体内にたまった物質の神経毒性によるものです。神経は体中にあるので、さまざまな部分に多様な症状が出てきます。
たとえば内臓の神経に障害が起こると、腹痛や下痢などの消化器症状をきたします。手足の痛みやしびれは末梢の神経、意識障害やけいれんなどは中枢の神経に神経毒性が作用して起こります。
急性肝性ポルフィリン症の発症リスクがあるのは、この病気の原因となる遺伝子変異がある方です。遺伝性の病気であるため、発症には必ず遺伝的要素が関わっています。
ただし、遺伝子変異があっても生涯にわたり症状が出ない方のほうが多いと考えられています。遺伝子変異があり症状が出る人の割合(浸透率)は低く、大半の人は発症しません。
遺伝子変異のある方の中でも症状が出やすいのは、20~30歳代の若い女性だといわれています。女性の場合、女性ホルモンの分泌量が月経周期やライフステージにおいて変動し、それが病気の発症と深く関連しているためです。また、月経前や妊娠・出産の時期に症状の変動が起こりやすいことが分かっています。
患者さんがまず自覚症状として感じられるのは、消化器症状(腹痛、便秘、下痢)、神経症状(手足の痛みや脱力、しびれなど)です。
病気が進行すると場合によっては重症になり、急性発作が命に関わります。意識障害、呼吸機能の低下、なかなか止まらない激しいけいれんなどをきたすことがあるためです。
長期間患っていることに伴う合併症のリスクとしては、高血圧症や慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)が挙げられます。また、健康な方と比べて肝臓がんのリスクも高いといわれています。
先に述べたように、急性肝性ポルフィリン症は進行すると命に関わることのある病気ですが、発症した方に将来どのような症状が出てくるのか、患者さん一人ひとりの予測をすることは困難です。患者さん全員が同じような経過をたどるわけではなく、このような症状の違いがなぜ出るのかは明らかになっていません。生涯にわたり発症しない方もいれば、頻繁に発作を繰り返す方、急激な症状が一度出てその後は何ともないという方もいます。
急性肝性ポルフィリン症は診断が付くまでに時間がかかることはありますが、病気の可能性を考えることができれば診断するのはそれほど難しくありません。病院では次のような検査が行われます。
急性肝性ポルフィリン症で体の中にたまる不要な物質は尿から排出されるため、その物質を測定する尿検査を行うことが診断に役立ちます。
ただし、急性肝性ポルフィリン症の中でも異型ポルフィリン症や遺伝性コプロポルフィリン症は、急性発作が治まっているときは尿検査の数値が正常範囲を示しやすい病型です。そのため、検査を実施するタイミングによっては異常が確認できないこともあります。
なお、体の中にたまってくる物質は便にも排出されるため便検査という手段もありますが、日本では行われていません。
診断を確定するには、遺伝子変異の有無を調べるために遺伝学的検査を行うことが必要です。また未発症の方でも、親族に遺伝子変異のある方がいるとあらかじめ分かっている場合には、遺伝子変異を受け継いでいるかどうかを調べておくことが将来設計に役立つ可能性があります。しかし、遺伝子変異があっても発症しない確率の高い病気であることから、親族にも急性肝性ポルフィリン症の方がいるという患者さんは意外と多くありません。
急性肝性ポルフィリン症の診断の手がかりとなる尿検査の項目は、健康診断などで一般的に扱われているものではありません。遺伝学的検査を導入している医療機関も限られています。そのため、まずは急性肝性ポルフィリン症の可能性を考え、専門的な検査を行えるかどうかが診断においては重要となります。
急性肝性ポルフィリン症の可能性を考える重要な鍵となる症状は、患者さんの多くが訴える“原因の分からない腹痛”です。特に、比較的症状が起こりやすい若い女性の方で、消化器症状などの急な発作が何回か起こっていて、なおかつ原因がはっきりしないという場合には、急性肝性ポルフィリン症が疑われます。
しかし、検査をしても明らかな異常が出ず、診断が付くまでに時間がかかるケースも珍しくありません。不安な症状があるという方は、専門的に診察・治療を行っている医師に相談することもご検討ください。
急性肝性ポルフィリン症に対する根本的な治療方法は確立していませんが、急性発作に対してはヒトヘミンという薬が有効です。2013年に保険適用されて以降、急性発作を鎮める治療を行いやすくなりました。
血液から作る製剤であるヒトヘミンは、常に一定の在庫量を確保することが難しい側面があるため、従来の治療法であるブドウ糖の点滴も行われています。ブドウ糖には、後述する“ALAS1”という酵素のはたらきを少し低下させる作用があり、急性発作の軽減が期待できます。
2021年には、急性発作を予防する効果のあるギボシランナトリウムが保険適用されました。1か月に1回の皮下注射によって投与する薬です。強いアレルギー反応が出る場合は使用できないこと、妊婦さんに対しては使用を慎重に検討する必要があることなど、注意すべき事項もありますが、急性発作を防ぐ方法が治療の選択肢に加わったことは非常に有用であると考えています。
ギボシランナトリウムのはたらきと効果について、病気のメカニズムを踏まえて説明します。
急性肝性ポルフィリン症が起こるきっかけは、先述のとおりヘムタンパク質を作る過程の最初にあります。この過程において、アミノレブリン酸合成酵素1(aminolevulinate synthase 1:ALAS1)という酵素の活性(特定の反応を促進させる作用の強さ)が上昇したり低下したりすることで、ヘムタンパク質を作るシステムの中に流れ込む物質の量が変動します。この過程に障害があるところに多くの物質が流れ込むと、体の中に症状を引き起こすデルタアミノレブリン酸(ALA)、ポルフォビリノーゲン(PBG)がどんどんたまってきて、その神経毒性により症状をきたすようになります。
私たちの体は酵素などのタンパク質によって構成されています。タンパク質などを作るためには、遺伝情報の詰まったDNAから情報を運ぶ必要があり、その運ぶ役割を担っている物質を“メッセンジャーRNA”といいます。
ギボシランナトリウムは、RNA干渉(RNAi)治療薬と呼ばれる薬の1つです。ALAS1を作る過程で情報を運ぶメッセンジャーRNAを分解する作用があります。この作用によってALAS1の量を減らし、不要な物質がたまりにくい状態にすることで急性肝性ポルフィリン症のさまざまな症状の予防につながります。
急性肝性ポルフィリン症の症状を誘発するものには、飲酒、女性ホルモンのバランスに関わるピルの使用、過労、過度なダイエットなどが知られています。普段の生活で、これらを避けるようにすることが大切です。患者さんには「なるべく水分をしっかり取って、甘いもの(ブドウ糖)は控えず食べてください」とお話ししています。健康を保つためによいといわれている生活習慣を実践していただく工夫も必要です。
急性肝性ポルフィリン症の発作は薬剤で誘発されることがあり、患者さんは、市販薬を含めて使用できない薬が数多くあることに注意しましょう。数が多くて覚えきれないかと思いますので、私が診察するときは使用できる薬のリストを患者さんにお渡しし、かかりつけの医師がいる場合は確認してもらうようにとお伝えしています。
急性肝性ポルフィリン症の中でも、異型ポルフィリン症、遺伝性コプロポルフィリン症の患者さんでは皮膚症状(光線過敏症)が出ることがあります。日光を避けるために夏でも長袖の服を着ることや、真夏の日中は外に出ないか、できるだけ日陰に居るといった対策を取るようにしましょう。
近年、インターネットを利用してご自身で病気のことを調べて「もしかして急性肝性ポルフィリン症かもしれない」と気がつき、受診される方が多くなったと感じています。当院をはじめ、ポルフィリン症を専門とする前述の堀江 裕先生と私とで専門外来を開設している芝浦スリーワンクリニックの患者さんの中にも、同じような経緯で受診される方がよくいらっしゃいます。
この記事を読まれている方も、急性肝性ポルフィリン症の可能性を考えたときは、まずはかかりつけの医療機関で相談してみてください。病気かどうかを調べてもらうことが、診断・治療の第一歩になると思います。特に、原因の分からない腹痛が長く続いているという方は、まずは一度検査を受けてみることをおすすめします。
急性肝性ポルフィリン症は、治療方法が限られていたこれまでの医療においては、診断が付いたとしても治療するのが難しい病気の1つでした。しかし、新たな薬が登場したことにより、診断が付いた時点で症状を抑える治療を始められる時代になってきています。当院を含めて国内でもいくつか患者さんを診ている施設がありますので、専門的な診断・治療を行っている医療機関に行くことが可能であれば、ぜひ受診していただければと思います。
東京都済生会中央病院 総合診療内科・脳神経内科
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