インタビュー

ストレスによる腹痛、下痢や便秘を抑えるために――過敏性腸症候群の症状と治療

ストレスによる腹痛、下痢や便秘を抑えるために――過敏性腸症候群の症状と治療
福土 審 先生

東北大学病院 心療内科科長

福土 審 先生

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過敏性腸症候群は、腹痛とともに、下痢や便秘などの消化器症状を慢性的に繰り返す病気です。発症にはストレスとの関連性が指摘されており、薬をはじめとする治療に加えて、普段の生活習慣を見直すことも症状の改善につながります。

過敏性腸症候群の治療に尽力されてきた東北大学病院 心療内科長の福土 審(ふくど しん)先生は、「予後が悪い病気ではないので、諦めずに粘り強く治療することが大切」とおっしゃいます。今回は福土先生に、過敏性腸症候群の症状や治療法、日常生活で心がけてほしいことなどについてお話を伺いました。

過敏性腸症候群は、“腹痛”とともに下痢や便秘などの“便通異常”を生じる病気です。若い年代で発症することが多く、年代が上がるとともに患者数が減る傾向にあります。具体的には、20歳代から30歳代の患者さんが多いですが、10歳代で発症するケースもあるでしょう。小学生など子どもの頃に過敏性腸症候群を発症し、診断されないまま見過ごされている例も多いと思います。男女比では、女性のほうがやや多いといわれています。

過敏性腸症候群は、腹痛と便通異常によって生活の質(QOL)が低下するために医療機関を受診し、発見されるケースが多いでしょう。中には、クリニックで治療を受けても症状が改善されず、大学病院などのより専門的な医療機関に紹介されて初めて診断される例もあります。

過敏性腸症候群の代表的な症状は、“慢性的な腹痛”です。診断基準では、週に1回程度の腹痛が3か月続くこととされています。また、この腹痛は排便に関連している点が特徴です。過敏性腸症候群では、腹痛とともに排便の頻度が増えたり減ったり、便が硬くなったり軟らかくなったりするのです。“慢性的な腹痛”と、“腹痛に伴う排便頻度の増減”、“腹痛に伴う便の形状変化”の3つのうち2つ以上に当てはまる場合に過敏性腸症候群と診断されます。

過敏性腸症候群は、排便の頻度や便の形によって主に4種類の病型に分類されます。便がゆるくなる下痢型と、うさぎの(ふん)のように小さくて硬い便が出る便秘型、ゆるい便と硬い便の両方が出る混合型、便の形は通常どおりで排便の回数が通常と異なる分類不能型の4つです。典型的なものとして下痢型が多くみられるものの、女性では便秘型の患者さんも比較的多くいます。

症状が現れるタイミングとして多い例は、通勤や通学の途中など、自由にトイレに行けない状況で腹痛が起こるというものです。通勤や通学がない休日には症状があまり起こらないことから、ストレスが増した状態で症状が悪化すると考えられます。

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便秘型は、仕事や家庭などで緊張する場面が増えたタイミングで症状が起こるケースが多いでしょう。腹痛はあるけれど便が出ない状態が続くのです。また女性の場合は、女性ホルモンによって消化管の動きが遅くなり症状が現れることもあります。

重症化する患者さんの特徴は、過敏性腸症候群の診断基準に当てはまる症状(慢性的な腹痛、腹痛に伴う排便頻度の増減、腹痛に伴う便の形状変化)が全て現れていることです。一部の症状しか当てはまらない場合は、比較的軽症で済む傾向があります。

また、うつ病や不安症などの精神疾患をはじめとして、ほかの病気を併発している場合も重症化しやすい傾向があるでしょう。

過敏性腸症候群は、うつ病や不安症といった精神的な病気と双方向の関係にあります。もともとうつ病や不安症がある方が過敏性腸症候群を発症しやすいことは分かっていたのですが、逆に、過敏性腸症候群の方がうつ病や不安症になりやすいことも明らかになってきました。

過敏性腸症候群と精神的な病気が併存しやすいのは、過敏性腸症候群の発症に“脳腸相関”と呼ばれる脳と腸の関連性が影響を及ぼすからです。脳がストレスを感じると、刺激に対して腸が敏感になり痛みや下痢などの症状が起こりやすくなることが分かっています。

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また、細菌やウイルスへの感染は、過敏性腸症候群の発症に関与するといわれています。ある調査では、過去に急性胃腸炎にかかったことのある方は、過敏性腸症候群を発症しやすくなることが報告されているのです。これは、急性胃腸炎によって腸内細菌のバランスが乱れることが原因と考えられています。

過敏性腸症候群は「ありふれた病気だから専門家による治療はいらない」と誤解されることもありますが、症状を改善するためには、過敏性腸症候群を専門とする医師の下で治療を受けることが大切です。

過敏性腸症候群の診療ガイドラインでは、基本的に3ステップで治療を行うことが推奨されています。ステップ1は消化管に対する治療、ステップ2はストレスに対するマネジメント、ステップ3が認知行動療法*です。

ここでは消化管に対する治療を中心に、具体的な治療法をご紹介します。

*認知行動療法:ストレスをはじめとする何らかの要因で狭く固まってしまった考え方や行動を解きほぐし、自由な発想や行動を促すための心理療法。

過敏性腸症候群の症状を改善するためには、食事の改善や規則正しい生活が有効であることが分かってきました。具体的には、食事は、低FODMAP食が重要といわれています。FODMAPとは、発酵性のオリゴ糖や二糖類、単糖類、糖アルコールのことです。これらは難消化性の炭水化物であり、取りすぎると腸内細菌の発酵が活発になり、ガスの分泌量が増えることで腹痛や下痢、便秘などの症状が悪化すると考えられます。アイスクリームやケーキなどのデザートをよく食べる習慣がある方は、少し控えるよう心がけましょう。実際に診察の結果、FODMAP食を多く取っていることが分かった場合は、控えるよう伝えることもあります。

食生活を改善することに加えて、運動習慣を身につけることも症状の改善に役立つといわれています。過敏性腸症候群の患者さんには、運動量が非常に少ない方がたくさんいます。散歩をはじめとする軽い運動でもよいので、こまめに体を動かす習慣を身につけることが大切です。ただし、運動がストレスになり、かえって症状が悪化するケースもありますので、医師と相談しながら取り組むようにしましょう。

薬物療法では、使用できる薬の種類が増えてきています。中でも、診療ガイドラインで強く推奨されているものがプロバイオティクス(善玉菌)です。プロバイオティクスは効果が期待でき、副作用は少ないため、服用するメリットが大きい薬といえます。

また、過敏性腸症候群の病型を問わず使用できる薬には、プロバイオティクスのほかに消化管機能調整薬があります。消化管機能調整薬は、腸の動きが活発になっているときには抑え、動きが低下しているときには活性化させるはたらきが期待できる薬です。

プロバイオティクスや消化管機能調整薬を使用しても症状が改善されない場合は、病型に応じた薬を追加します。たとえば下痢型の場合は、5-HT3受容体拮抗薬を使用することがあります。5-HT3受容体拮抗薬は、腸の動きを活発にするセロトニンという物質の受容体を遮断することで、過剰な腸の動きを抑える薬です。便秘型の場合は、上皮機能変容薬がよく使われます。腸の粘膜上皮にはたらいて、腸内への水分泌が促され腹痛も改善させる作用があります。

過敏性腸症候群では、漢方薬による治療にも効果が期待でき、下痢や便秘などの消化器症状に直接アプローチできる漢方薬を用いることがあります。実際に、私が担当してきた患者さんの中にも、漢方薬の処方によって下痢などの症状が改善した方が少なくありません。

また最近、私が漢方薬に期待しているのは、治療を行っても一部の症状が残ってしまう患者さんに対する効果です。過敏性腸症候群の症状はストレスによって悪化することが分かっているため、消化器症状に対する治療を行っても十分に改善されない場合は、不安を鎮めるような薬を使って治療を行うことがあります。

西洋薬で抗不安薬に分類されるような薬は強力に不安を鎮められる一方で、抗不安薬がないといられないような依存状態になってしまうケースがあります。そこで、抗不安薬の代わりに不安を鎮める漢方薬を用いることで、薬に依存することなく症状を改善できるのではないかと期待しています。

治療に漢方薬を使う際には、東洋医学の考えに沿って医薬を選ぶ場合があります。

過敏性腸症候群の治療方針を決める際には、これまでに受けてきた治療内容や、普段の生活の様子などを把握することを大切にしています。腹痛や下痢、便秘などの消化器症状に対する治療だけではなく、ストレスをできる限り抑えるような対策が有効なケースもあるのです。

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また、過敏性腸症候群と診断されてから年数が短い患者さんの場合は、大腸がんをはじめとするほかの病気が紛れている可能性も考えられます。ほかの病気を見逃さないためには、診察の初期に行う検査も非常に重要といえます。

過敏性腸症候群の患者さんの中には、“下痢になるので朝食を食べない”“授業に行くと症状が出るので授業を休む”といった、症状が出る特定の状況を避ける行動(回避行動)を取る方が多くいます。しかし、このような回避行動を取ると、避けていた状況に対してより不安が強くなる傾向があるのです。“この状況だと症状が悪化するからやらない”と自己判断で行動を決めるのではなく、主治医の先生と相談しながら少しずつ不安を解きほぐし症状を改善していくことが大切です。

治療後の経過では、状態が落ち着き始めてから症状が出ることがあっても、悲観しないことも重要です。過敏性腸症候群はさまざまなきっかけで症状が出たり治まったりするものなので、再度症状が現れることがあっても慌てずに過ごしましょう。

過敏性腸症候群の治療は、研究が始まったころに比べると格段に進歩しています。今回紹介した薬による治療だけでなく、磁気あるいは電気刺激により神経のはたらきを変える治療法など、新たな治療法が今後増える可能性は十分に考えられます。

予後が悪い病気ではないので、諦めずに粘り強く治療することが大切です。普段の生活でも、食事や運動など改善につながる習慣を取り入れていくことで症状が改善する可能性が高まるでしょう。

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