肺がんの治療は、近年の薬物療法の進歩に伴って選択肢が増えている反面、副作用が多様化し、その対応も複雑化しています。国立国際医療研究センター病院ではさまざまな診療科が連携し、副作用に迅速に対応するとともに、高齢の患者さんや基礎疾患がある方にも適切な治療が提供できる環境が整っています。今回は、同院 第三呼吸器内科 医長 兼 がんゲノム科 診療科長である軒原 浩先生に、肺がんに対する診療体制や今後の肺がん治療への展望についてお話を伺いました。
当院は、国内にある6つのナショナルセンターで唯一の総合病院*として幅広い分野で高度な診療を提供しています。一方、地域に根差した診療にも注力しており、がんにおいては地域がん診療連携拠点病院**にも指定されています。
肺がんの治療は薬物療法のほか手術、放射線治療などを組み合わせて進めるため、呼吸器内科、呼吸器外科、放射線治療部など各診療科の連携が欠かせません。さらに近年では高齢化が進んでいたり、薬物療法の進歩に伴って副作用が多様化していたりする背景もあり、より臓器横断的な診療が求められます。その点、43の診療科**を備える当院では出現した副作用や必要な治療に応じて、適した診療科につなぐことができます。患者さん一人ひとりの状態に応じた診療が基本的に院内で完結できるのは、総合病院である当院ならではの強みです。
*ナショナルセンター:国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センター(2024年9月時点)
**地域がん診療連携拠点病院の指定状況、診療科数ともに2024年9月時点の情報。
当院はがんゲノム医療連携病院*にも指定されており、がんゲノム医療中核拠点病院との連携によりがんゲノム医療を提供していることも特徴です。
肺がんでは特定の遺伝子に絞って検査する“肺がん遺伝子検査(マルチ遺伝子検査)”が主に行われますが、全ての遺伝子変異を網羅しているわけではありません。遺伝子変異が予測されるにもかかわらず肺がん遺伝子検査で変異が確認できないケースもまれにあり、そのような場合は包括的がんゲノムプロファイリング検査をおすすめすることもあります。なお、包括的がんゲノムプロファイリング検査は、標準治療が終了した、または終了する見込みの患者さんであれば保険診療内で受けられます。
*2024年9月時点
当院では、通常のがん治療と並行して高度な研究的治療にも積極的に取り組み、より高い効果が見込める治療法、より副作用を抑えた治療法の開発を目指しています。分子標的治療や免疫療法などに関する治験に取り組んでおり、また日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の一員として他施設との共同臨床研究にも参加しています。
当院では肺がんを疑った場合、基本的に初診から1週間以内に気管支鏡検査などを行ってがんを疑う組織を採取します。確定診断が出て病期(進行度)が決定したら、肺がん遺伝子検査とPD-L1検査を実施します。10日~2週間ほどで結果が分かりますので、患者さんの状態に合った治療方針を速やかに提案し、迅速な治療につなげます。
薬物療法を開始する際にはまず1~2週間ほど入院していただき、治療方法や期待される効果、起こり得る副作用などについて十分ご説明するとともに薬を投与しながら副作用の観察を行います。当院では外来治療センターを設置していますので、入院中の経過観察において問題ないことが確認できれば、以降の治療は基本的に外来で継続いただけます。ひと昔前までの治療ではがん治療=吐き気などが生じてつらい、あるいは長期入院が必要なイメージを抱く方もいらっしゃると思いますが、現在は副作用に対する支持療法も進歩しており、日常生活を送りながら治療をしていく時代です。薬物療法は“元気で長く生活できる期間を増やすこと”を目的に行われるべきですので、ぜひいつもどおりの充実した日常を過ごしながら治療に取り組んでいただければと思います。
院内には、日本看護協会認定のがん化学療法看護認定看護師や日本医療薬学会認定のがん専門薬剤師など、がんの薬物療法について専門的な知識を持つ医療スタッフも在籍しています*ので、不安なことや気になる体調の変化がある場合には遠慮せずご相談ください。
*2024年9月時点
非小細胞がんでは新たな分子標的治療薬も出てきており、また現状では治療薬がない遺伝子変異に対応する薬の開発も進んでいます。一方、先述したように肺がん遺伝子検査では、遺伝子変異が完全に網羅できていない状況です。いずれ包括的がんゲノムプロファイリング検査が迅速かつ安価に実施できる未来がきっと来ると予想しているので、肺がん診断時に全ての患者さんが包括的がんゲノムプロファイリング検査を実施し、治療を決定する時代が早く訪れたらよいなと思います。
また、免疫療法においては、現在PD-L1の発現率のみを手がかりに治療を行いますが、これだけでは十分ではないのが実情です。免疫療法がさらに発展し、“こういう免疫状態の方には、この薬を使うべき”というようにより確実性高く治療を選別できる手段が開発されることを願っています。
この2つが達成できれば肺がんは治るがんになることが期待できますし、私個人としてはIV期の肺がん患者さんも当たり前に根治する時代を見届けてから医師人生に幕を閉じたいですね。
肺がんは予後不良といわれますが、お伝えしたとおり治療は着実に進歩しています。それは薬物療法だけでなく、手術や放射線治療も同様です。とはいえ、治療を進めるためにはまずがんの状態を調べて適切な治療法を選択していく必要がありますから、X線検査などで肺がんが疑われた場合には、まずはしっかりと精密検査を受けていただきたいと思います。
すでに肺がんと診断され治療選択に迷われている方は、検査結果や治療について医師から詳しく説明を聞き、ご自身が納得して受けられる治療法を選択していただきたいと思います。担当医と相談してもなお迷いが生じるようであれば、セカンドオピニオンを受けるのも1つの方法です。近年は新たな薬が登場して治療選択肢が増えているうえ、複数の治療法を組み合わせたり治療の順番を考えたりすることが重要になっています。多様な選択肢の中からより適した治療をご提案できるよう責任もって診療にあたらせていただきますので、治療に関して不安なことなどがあれば、紹介状を持参のうえぜひ当院までお気軽にご相談ください。
当院は新型コロナウイルス感染症の対応に力を入れてきた経緯もあり、感染症の病院というイメージが強いかもしれませんが、実際にはがんを含むさまざまな病気を診療できる体制が整っています。がんの患者さんの中には高齢の方もいれば基礎疾患がある方もいます。また、治療中に起こり得る副作用は非常に多様です。当院は幅広い診療科を備える総合病院であり、がんそのものの治療だけでなく、がん治療に伴って起こるさまざまな事態にも院内で対応可能です。治療に難渋する患者さんがいらっしゃればどうぞ遠慮なくご紹介いただければと思います。
国立国際医療研究センター病院 がんゲノム科 診療科長、第三呼吸器内科 医長、外来治療センター 医長、がん総合診療センター 副センター長
日本内科学会 認定内科医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本緩和医療学会 認定医日本結核・非結核性抗酸菌症学会 結核・抗酸菌症認定医日本医師会 認定産業医医薬品医療機器総合機構 専門委員日本臨床腫瘍学会 協議員日本肺癌学会 評議員日本がん分子標的治療学会 評議員
肺がんをはじめとした胸部悪性腫瘍の薬物療法を専門としている。国立がん研究センター中央病院で長く診療と研究に従事し、肺がんに対する薬物療法の知識と経験を持つ。治験などの臨床研究にも携わり、治療の進歩のために積極的に臨床研究に取り組んでいる。患者さんに治療選択肢を説明し、患者さんと一緒に適切な治療を常に考えている。
軒原 浩 先生の所属医療機関
「肺がん」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。