パンやパスタは、我々日本人にとって非常に身近な食品です。これらの食品の元となっている小麦には、グルテンと呼ばれる物質が含まれています。
セリアック病とは、このグルテンに対し異常な免疫反応が生じることで、自分自身の小腸粘膜を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の一つです。グルテンへの異常な免疫反応によって小腸が障害を受けると、栄養の吸収に支障が生じ、腹痛や下痢などの症状が現れます。
もともとセリアック病は欧米に多くみられる疾患であり、日本では少ないといわれてきました。
しかし、札幌医科大学消化器内科学講座 仲瀬 裕志教授によると、近年、このセリアック病は、日本でも増加する可能性が高いと考えられているそうです。それはなぜなのでしょうか。
今回は仲瀬 裕志先生に、セリアック病の原因や症状から日本で増加傾向にある理由までお話しいただきました。
免疫反応とは、異物を排除し体を守るためにはたらくシステムです。この免疫システムは、本来であれは、ウイルスや細菌など外部から入ってくる異物に対しはたらきます。
セリアック病とは、グルテンと呼ばれる物質に対し異常な免疫反応が生じることで、自分自身の小腸粘膜を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の一つです。グルテンは、小麦、ライ麦、大麦などの穀物類に含まれており、たとえば、パンやパスタなどを食べることで体のなかに蓄積されていきます。
このグルテンへの異常な免疫反応によって小腸が障害を受けると、栄養の吸収に支障が生じ、腹痛や下痢などの症状が現れます。
セリアック病の患者さんの男女差は日本では特にみられず、患者数も概ね半々であるといわれています。しかし欧米では、女性が多いという説もあり、特に重症な患者さんには女性が多いといわれています。
セリアック病の発症は、乳幼児や幼少期ではなく、青年期から中高年期にかけて多いでしょう。乳幼児や幼少期にグルテンをたくさん摂取することで、青年期以降に異常な免疫反応が生じるといわれています。
セリアック病は、欧米に多くみられる疾患です。欧米では全体の1%ほど患者さんがおり、だいたい100人に一人くらいの割合でセリアック病の患者さんがいるといわれています。日本の患者数は諸説ありますが、だいたい0.05%ほどといわれており、日本では非常にまれな疾患です。
しかし、近年では、生活様式の変化によってセリアック病に罹患する日本人が増加する可能性が示唆されています。これは、食事の欧米化によって、パンやパスタなどグルテンを含む食品を摂取する頻度が日本でも増えているためです。
また、私は、ほかの腸疾患の方にセリアック病の方が隠れている可能性も高いと考えています。たとえば、その一つが過敏性腸症候群です。過敏性腸症候群とは、下痢や便秘を伴う腸の疾患です。
もともとセリアック病は日本人にはまれな疾患であるため、医師側の疾患に対する認識がそこまで高くなく、診断によって発見されない可能性も非常に高いといわれてきました。このため、過敏性腸症候群の診断を受けた患者さんのなかには、セリアック病の患者さんが隠れている可能性が高く、日本におけるセリアック病の患者さんは実際の報告よりも多いと推測されます。
セリアック病には、遺伝的要因が大きく影響しているといわれています。特に、遺伝的に決定されるHLA(ヒト白血球型抗原: Human Leukocyte Antigen)において、HLA-DQ2またはHLA-DQ8が陽性である方の発症リスクは非常に高いといわれています。
HLA-DQ2やHLA-DQ8は、もともと日本人には少ないといわれており、その結果、日本人の患者さんが少ないと考えられているのです。
しかし、近年ではセリアック病の発症を遺伝的要因だけで説明できないことも多く、まだ解明されていない遺伝子や環境要因も影響しているといわれています。
また、幼少期の何らかのウイルスへの感染がセリアック病の発症に関連しているともいわれています。
ウイルスが体のなかに入り炎症が起こることで、体のなかの特定の物質が認識されやすくなります。つまり、異物を排除するような免疫反応が異常に強くはたらきます。この免疫反応が自己免疫反応の誘導につながり、炎症を引き起こす一つのきっかけになると考えられています。
セリアック病の主な症状は、腹痛と慢性の下痢です。特に、繰り返し継続して下痢症状が起こることが大きな特徴でしょう。さらに、疾患が進行し重症化すると栄養状態が悪くなり、全身倦怠感や貧血が生じるケースもあります。
セリアック病の方が、ほかの疾患を合わせて発症することは非常にまれですが、甲状腺の疾患やリンパ腫(血液細胞に由来するがんでありリンパ球ががん化したもの)などに罹患する方が比較的多いといわれています。
セリアック病は、欧米ではタイプ1とタイプ2に分けられ、タイプ2は重症化しやすいといわれています。このタイプ2の特徴は、腸管の上皮の中にあるリンパ球の抗原(糖蛋白)が通常とは異なる点です。
グルテンは、分解されるとペプチド(抗原性を有しています。アミノ酸まで分解すると抗原性がなくなります。)になります。このペプチドを受け入れるお皿のようなもの(受容体)がT細胞(免疫反応を促進するリンパ球)上には存在します。
一般に、受容体は多様性を有しています(つまり、食事の内容によってお皿を変えるようなものです。料理も見栄えを良くするためには、食器を選ばないといけませんしね)。しかしながら、セリアック病の難治例では、グルテンにのみに反応するT細胞受容体を有するT細胞が増加しています。その結果、免疫反応は増強し重症化するといわれています。
本来であればさまざまな抗原に対する受容体を持つT細胞が、グルテンに対して一点集中攻撃するために重症化するのでしょう。
セリアック病の診断には、血液検査を用いて、セリアック病特有の抗体がないかどうかを検査します。しかし、日本では、セリアック病の診断は現状では広く実施されていません。
たとえば、抗筋内膜抗体(EMA:腸管の結合組織タンパクに対する抗体)は日本では測定できず、大学病院などであっても海外の医療機関に依頼しているケースも少なくありません。しかし、検査キットを導入しているようなところであれば、検査をしてもらえる可能性は高いでしょう。
今後は、お話ししたような食生活の欧米化などの要因によって、日本でもセリアック病の増加が認められれば、診断を導入する医療機関は増えると考えています。
セリアック病の主な治療法については記事2『グルテン除去食など、セリアック病の主な治療法』をご覧ください。
札幌医科大学附属病院 消化器内科 教授
札幌医科大学附属病院 消化器内科 教授
日本炎症性腸疾患学会 副理事長日本消化器免疫学会 理事日本小腸学会 理事日本高齢消化器病学会 理事日本内科学会 評議員・総合内科専門医・指導医日本消化器病学会 財団評議員・消化器病専門医・消化器病指導医・炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン作成委員会副委員長・北海道支部 幹事日本消化器内視鏡学会 社団評議員・消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医
炎症性腸疾患の病態研究における第一人者の一人。炎症性腸疾患とサイトメガロウイルスの関連などの研究のみならず、消化器内科分野における外科、放射線科、化学療法部との密接な協力体制により患者さんのよりよいQOLのための高度先進医療を目指す。
仲瀬 裕志 先生の所属医療機関
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