乳がんとは、乳房の中にある乳腺組織にできる悪性腫瘍のことです。乳がんの発生・進行にはさまざまな種類があり、それによって治療方法も異なることがあります。
本記事では乳がんの概要や、ステージ、治療方法を定めるうえで重要なサブタイプについて解説します。
乳がんとは、乳房の中にできる悪性腫瘍(がん)の総称です。乳房の中には乳腺という組織があります。乳腺組織は、その部位を乳管と小葉に分けることができます。その中で、乳頭に向かって放射線状に伸びている部分を乳管といい、20本程度通っています。乳管の末梢には小葉があり、赤ちゃんを育てるための母乳はこの小葉で作られ、乳管を通じて乳頭へと運ばれます。
乳がんは、腫瘍ができる部位によって大きく2つに分類されます。
乳がんの種類
もっとも、乳がんの患者さんのうちの90%は、乳管がんといわれています。乳管がんは、乳管の末端、小葉の手前あたりにできるがんです。小葉がんは全体の10%程度です。
乳管がんと小葉がんは、症状に大きな違いはありません。しかし傾向として、小葉がんは同側の乳腺に多発することが多く、手術で腫瘍部分だけを切除しても残りの乳腺にがんが潜んでおり、取りきれずに再発してしまうということもあります。
また、乳管がんと比較すると小葉がんはエストロゲンという女性ホルモンに依存するがんのタイプであることが多いです。
乳がんは、腫瘍ができる部位による分類のほかにも、さまざまな分類をすることができます。その1つががんの発生や進行にホルモンが関係しているか、いないかということです。がんの発生や進行にホルモンが大きく作用していれば、「がん細胞が女性ホルモンに依存している」ということができます。
がん細胞は通常の細胞と同じく、内部中央に核を持ち、細胞膜などに受容体を保持しています。この受容体に、該当する物質(ホルモンなど)が付着すると、がん細胞の増殖を指示するシグナル伝達が行われ、がんが増殖していきます。
乳がんの場合には、患者さん全体のうち60〜70%がエストロゲンに依存したがんに罹患しているといわれています。エストロゲンとは女性ホルモンの一種で、主に女性らしい体を作ったり、骨の形成を行ったりする役目があります。
また、同じく乳がんの発生・進行に影響を与える物質として知られているのはHER2(ハーツー)と呼ばれる糖たんぱくです。こちらはホルモンではありませんが、乳がんのほかに胃がんなどでも、がん遺伝子としてはたらくことがあります。
乳がんの発生や進行には、さまざまな要因があります。そこで近年は、乳がんの発生や進行に、どのような因子が影響しているのかで、乳がんを分類する“サブタイプ”という考え方が一般的に行われています。
サブタイプは大きく分けると以下のような種類に分類されます。
乳がんのサブタイプ
上記のうち、もっとも割合が多いのはルミナールタイプ、つまりエストロゲンに依存した乳がんで、全体の60%程度です。HER2タイプ、ルミナールHER2タイプ、トリプルネガティブタイプはそれぞれ10~15%程度です。
がんといえばステージという分類がよく知られています。乳がんの場合、ステージを定める際にもサブタイプが大切な指標となってくる可能性があります。
もともと、ステージの判別にはTNM分類が用いられています。TNM分類とは、腫瘍の状態をT=腫瘍の大きさ、N=リンパ節への転移、M=他の臓器や組織への転移の3つの軸から判断するものですが、この分類方法にはいくつかの種類があります。その中でも、米国がん合同委員会(AJCC)というところでは、2017年にその分類方法が改訂され、従来の分類方法だけではなく、サブタイプや遺伝子検査の情報を加味してステージを決定することが提唱されています。しかし、これが正しいのかどうかは、今後の検証が必要です。
サブタイプは、治療方針を決めるにあたって非常に重要な役割を持ちます。なぜなら、そのがんが何に依存しているかによって、効果のある治療薬が大きく異なるからです。
たとえばエストロゲンに依存した乳がん(主にルミナールタイプと一部のルミナールHER2タイプ)の場合にはホルモン治療を行い、エストロゲンのはたらきを妨げることで、がんが小さくなることがあります。一方で、HER2に依存した乳がん(HER2タイプと一部のルミナールHER2タイプ)の場合には抗HER2剤の1つである、トラスツズマブという薬剤が有効です。
エストロゲンやHER2に依存した乳がんの場合は、それに応じた薬剤を使用して治療を行いますが、どちらにも依存していないトリプルネガティブタイプは、治療のターゲットがないため効果的な治療方法の確立が難しいのが現状です。
上記で述べたとおり、治療計画を立てるうえで、乳がんの特性、特にサブタイプを把握することが大切です。サブタイプの把握には、遺伝子検査を行うことがもっとも正確なのですが、遺伝子検査でサブタイプを調べることは保険診療では認められていません。そのため、サブタイプを決めるための検査は免疫組織染色という方法によって行われています。免疫組織染色とは、抗体を使って組織内の抗原の発現を調べる検査で、乳がんではこの検査を基にサブタイプを当てはめていきます。
乳がんは女性が罹患するがんの中でもっとも罹患率の高いがんといわれています。乳がんはもともと欧米で罹患率が高く、以前から7〜8人に1人という高確率で罹患していました。日本人の罹患率はもともと約20人に1人といわれていましたが、近年は患者数が増加し、約11人に1人と欧米に近い罹患率になってきています。
以前は、乳がんの発症年齢といえば40歳代がピークでした。しかし、近年では60歳代も発症年齢のピークとなっています。これは40歳代の患者さんが減少したからではありません。40歳代の患者数はそのままに、60代の患者さんが増加してきたのです。
またその一方で、若年性乳がんの患者さんも一定数いらっしゃいます。このような患者さんは遺伝的な背景などが原因になっていることがしばしばあります。特にサブタイプでいうところの、トリプルネガティブタイプに属する乳がんは、遺伝に関連していることが多いといわれています。自費にはなってしまいますが、遺伝性の乳がんは、血液検査によってリスクを判定することもできます。
乳がんの罹患率の増加、とりわけ60歳代の患者さんの増加には、生活環境が大きく関わっているといわれています。生活習慣の欧米化、特に食生活の欧米化によって高脂肪となりエストロゲンレベルが高くなることや、以前と比べて初経が早く、閉経が遅くなり、女性ホルモンに曝露される期間が長くなったことが大きな要因として考えられています。
そのため乳がん罹患率は増加しているものの、女性ホルモンと関係のないHER2タイプの乳がんの頻度はほぼ変わらず一定です。増加している乳がんのほとんどがエストロゲンに依存したものです。
また、乳がんは出産・授乳経験のない女性のほうが罹患のリスクが高いといわれています。さらにアルコールを多く摂取することで、罹患のリスクが上がるという報告もあります。
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