円形脱毛症は“ストレスによる病気”と思われがちですが、必ずしもストレスが関係するわけではなく、遺伝的な要因とウイルス感染やけがなど何らかの環境要因が影響しあって発症すると考えられています。
さまざまな円形脱毛症の患者さんの治療に携わってきた大阪公立大学大学院医学研究科 皮膚病態学 准教授 今西 久幹先生*は「近年治療の選択肢が増え、これまで治療が難しかった重症の方も改善が期待できるようになりました。眉毛やまつ毛が生えるだけでも困り事が改善し喜ぶ患者さんもいます」とおっしゃいます。今西先生に、円形脱毛症という病気や最近の治療法についてお話を伺いました。
* 日本皮膚科学会 認定皮膚科専門医、日本アレルギー学会 アレルギー専門医、日本化学療法学会 抗菌化学療法認定医
これまでにさまざまな円形脱毛症の患者さんを担当してきましたが、治療によって症状が改善した方はどなたも印象に残っています。一例を挙げると、治療を開始した当初は言葉少なくおとなしい印象だった方が、髪の毛が生えてくると共に笑顔が増え、たくさんお話しされるようになって驚いたことがありました。
円形脱毛症は乳幼児から高齢の方まで幅広い年代で発症する可能性がある病気です。お子さんの場合は、同級生など周囲の人たちから脱毛を指摘されることで通学がままならなくなることもあります。髪の毛が抜けていくことに不安や焦りの気持ちを強く抱くことも多く、診察の際に涙される方も珍しくありません。近年では治療の選択肢が増え、これまで治療が難しかった重症の方の改善も期待できるようになりました。
円形脱毛症は、典型的には髪の毛の一部が円形や楕円形などに抜け落ちる病気で、自己免疫疾患の1つと考えられています。自己免疫疾患とは、本来は細菌やウイルスなどの異物と戦って自分の体を守るためにはたらく免疫が、誤って自分自身の体を攻撃することで生じる病気です。
髪の毛には、成長して抜け落ちるまでの一連のサイクルがあり、毛を作り出していく時期を成長期と呼びます。円形脱毛症では、この成長期に毛包という髪の毛を作り出す組織が免疫の攻撃を受けることで、毛が抜け落ちていくと考えられています。
円形脱毛症と聞くと、必ず精神的ストレスがあるとイメージされるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
そもそもなぜ毛包が免疫に攻撃されるのか、まだ明確に分かっていないのですが、遺伝的な要因と何らかの環境要因が重なりあって発症に至るといわれています。遺伝的な要因としては、自己抗体*ができやすい体質の方は円形脱毛症を生じる可能性があるといえます。またアトピー素因**がある方は、甲状腺の病気などほかの自己免疫疾患と共に円形脱毛症が起こりやすいといわれています。このような遺伝的な要因がある方に、インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症、ワクチン接種、けが、ストレスなどの環境要因が加わって円形脱毛症を発症することがあるのです。
精神的ストレスについて補足すると、ストレスは環境要因の1つにはなり得ますが、唯一の原因ではありません。大きな地震の前後で円形脱毛症の発生率を調べた海外の調査によれば、地震の前後で発生率に変化がなかったと報告されています。自然災害のようなストレスが多い環境が、少なくとも円形脱毛症の唯一の原因ではないことが示されています。
*自己抗体:自身の体の成分に対する抗体のこと。
**アトピー素因:自分自身もしくは自身の家族が気管支喘息、アレルギー性鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎のうち、1つ以上もしくは複数にかかっていること。また、アレルギー反応に関与するIgE抗体を産生しやすい体質であること。
円形脱毛症にはいくつかのタイプがあります。典型的なのは円形や楕円形に1つ(単発型)もしくは複数(多発型)の脱毛を生じるものですが、中には脱毛の範囲が広がり頭の毛全体(全頭型)や全身の毛が全て抜けてしまうタイプ(汎発型)もあります。単発型の場合は自然によくなる方もいますが、全頭型や汎発型の場合は急激に進行することが多いでしょう。
円形脱毛症は命に直結する病気ではありません。ただ、脱毛による見た目の変化は、患者さんの心身に大きな影響を及ぼすことがあります。たとえば数週間でほぼ全ての髪の毛が抜けるなど急激に症状が進行した場合には、見た目の大きな変化に対して強い恐怖心を持つことが多いでしょう。ご自身が持つボディイメージとの乖離が生じると、自尊心が損なわれることもあります。
ほかにもまつ毛が抜けた場合は、上下のまぶた同士がくっつきやすくなり、目を開け閉めしにくくなったりほこりが入りやすくなったりする場合があります。髪の毛以外の場所に脱毛が起こる場合は機能的な弊害が生じやすくなるので、治療によって眉毛やまつ毛が生えるだけでも喜ばれる患者さんもいます。
円形脱毛症の治療法には、薬物療法(塗り薬、飲み薬、注射薬など)や紫外線療法などがあります。治療法は、年齢、重症度、病期の3つの要素を基に、適した治療を選択します。年齢では、安全性の理由から小児には実施しないほうがよいと判断する場合があります。重症度は、頭部の脱毛面積を基に判断し、たとえば頭部全体の4分の1以上脱毛している場合に重症と判断します。また病期では、急性か慢性どちらであるかを考慮します。これらの要素に加えて、それぞれの患者さんの事情、併存疾患なども考慮して治療を決定します。
薬物療法には、主に塗り薬、飲み薬、注射や点滴による治療があります。
円形脱毛症の治療では、どの病期でも副腎皮質ステロイド(以下、ステロイド)の塗り薬を使用することがあり、脱毛症状を改善する効果が期待できます。頭部だけに使用している場合は全身への副作用はあまり気にしなくてよいと思いますが、長く使用していると患部の皮膚が萎縮することがあるほか、短期的な皮膚の感染症(にきびなど)が起こる可能性があります。
ステロイドの飲み薬は、脱毛症状を改善する効果が期待できますが、骨粗鬆症や糖尿病などの副作用のリスクを考慮する必要があります。そのため、当院ではガイドラインに従って期間を限定したうえで実施することがあります。
近年新しく登場した飲み薬がJAK阻害薬です。この薬は円形脱毛症の発症に関わる物質のはたらきを阻害することで免疫反応を抑える効果が期待できます。JAK阻害薬の登場によって治療の選択肢が増え、これまで治療が難しかった重症の方の改善も期待できるようになりました。なお、JAK阻害薬を服用中は帯状疱疹などの感染症が起こりやすくなるため、注意が必要です。
ほかにも、円形脱毛症に加えてアトピー素因のある単発型・多発型の患者さんには、抗ヒスタミン薬を併用することもあります。
ステロイドパルス療法は、3日間ほど入院して点滴で大量のステロイドを投与する治療法です。糖尿病や骨粗鬆症などさまざまな副作用のリスクを考慮し、急速に症状が進行する成人の重症例に実施することがあります。
またステロイド局所注射療法は、ステロイドを脱毛部に注射することで免疫反応を抑え、発毛を促す効果が期待できる治療法です。効果が出やすい治療法と考えられますが、注射による痛みを伴うほか、一度に投与できる量が限られるため脱毛の範囲が広い場合は選択しにくくなります。
薬物療法以外には、紫外線を患部に照射する紫外線療法を行うことがあり、免疫を抑える効果が期待できます。
円形脱毛症で受診される患者さんは、強い不安を感じていることが少なくありません。そのため、当院では最初に血液検査を行い、ほかの自己免疫疾患がないかなどを確認します。次回は血液検査の結果をお伝えするために2週間後に来ていただき、その後は1か月後というように、徐々に受診間隔を延ばしていきます。
髪の毛は皮膚内部から表面に伸びてくるので、治療効果が目で見て確認できるようになるまで一定の時間がかかります。また、治療を開始した次の日からすぐに脱毛が止まるわけではありません。状態にもよりますが、治療効果が確認できるまでには2か月程度様子をみる必要があります。
私は、円形脱毛症の患者さんには診察の最後に「元気にしとってくださいね」と声をかけるようにしています。円形脱毛症は遺伝的な要因と環境要因が組み合わさって起こると考えられていますが、生まれ持った遺伝的な要因を変えることはできません。変えることができるとするなら、それは環境要因です。ウイルス感染やけが、ストレスはないほうがいいですし、栄養や運動も不足していないほうが症状の悪化を引き起こさないと考えています。皆さん「これをやったほうがいいのか」あるいは「これはやらないほうがいいのか」と細かい1つひとつのことを気にしてしまうのですが、総合すると健康的な生活を送っていただくことが一番よいのです。治療を終えて症状が改善した患者さんに対しても、できる限り再発しないようにという思いで、もう一度「元気にしとってくださいね」と伝えるようにしています。

これまでよりも明らかに抜け毛が増えた、脱毛が進み皮膚が見えてきたなどの場合は、円形脱毛症の可能性を考えて皮膚科を受診することをおすすめします。近年は新たな治療選択肢も増えてきました。
またインターネット上にはさまざまな情報がありますが、円形脱毛症の患者さんには、できるだけ正しい知識を得ていただきたいと願っています。不安なこと、疑問に思ったことは主治医の先生に相談いただくとよいでしょう。円形脱毛症では数か月にわたって治療効果を見極めていく必要があるので、根気よく治療を続けてほしいと思っています。
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