概要
溶血性尿毒症症候群とは、志賀毒素*(ベロ毒素)を産生するO-157、O-26、O-111などの腸管出血性大腸菌に感染することによって貧血、血小板の減少、急激な腎機能の悪化などが引き起こされる病気です。これらの症状に加えて、脳症(けいれん、意識障害)、消化器症状(腹痛、下痢、血便など)も合併します。
腸管出血性大腸菌に感染した患者の1~10%程度が溶血性尿毒症症候群を発症しますが、特に小児に多く発症します。この病気は早期に適切な治療を行わなければ、死亡あるいは後遺症を残す可能性もあります。死亡率は2~3%程度です。
溶血性尿毒症症候群は、食中毒によって引き起こされることが多く、集団発生する場合も少なくありません。
*志賀毒素:赤痢菌を発見した志賀 潔博士に由来する
原因
溶血性尿毒症症候群は、志賀毒素を産生する腸管出血性大腸菌の感染により発症する病気です。
志賀毒素は、小さい血管の内壁の細胞に障害を与え、血管内に沢山の血栓(小さな血液の固まり)の形成を促します。その結果、血栓が作られる際に血小板が大量に消費され、減少します。また、微小な血栓が腎臓の毛細血管などに詰まることで腎機能障害が引き起こされます。さらに赤血球が血栓に衝突して破壊され、その結果貧血になります。
症状
溶血性尿毒症症候群の患者は、初期には消化器症状として下痢、強い腹痛、血便が出現します。
時に消化管の穿孔(穴が開くこと)や大量出血をきたすことがあります。また、全身症状として発熱もよくみられます。
貧血が進行すると息切れ、倦怠感、動悸などが出現する場合があります。腎機能が悪化すると、尿量が減少して血尿やタンパク尿も出現します。尿量が著しく減ると、高血圧症や心不全を発症することがあります。
また、5〜30%の患者はけいれんや意識障害など脳症の症状が出現します。腎不全と並んで脳症は重症のサインです。
検査・診断
溶血性尿毒症症候群が疑われる場合は、次のような検査が行われます。
血液検査
貧血の有無、血小板数、腎機能、炎症の程度などを調べるために血液検査を行います。
溶血性尿毒症症候群の原因となる腸管出血性大腸菌の感染の有無を調べるため、細菌や志賀毒素を証明する必要があります。そのために、血液中のO-157抗体(病原体を攻撃するタンパク質)の有無を調べる検査などを行います。
血液検査
タンパク尿や血尿の有無を調べるために尿検査を行います。
画像検査
腎機能障害や消化器症状に対して、腹部超音波検査や腹部CT検査が行われます。また、けいれんや意識障害などの脳症の症状が出現した際には、頭部CTやMRI検査、脳波検査が行われます。
便検査
腸管出血性大腸菌感染の証明のために便の培養検査、便中の志賀毒素の検査を行います。
治療
溶血性尿毒症症候群を発症した場合は、早急に適切な治療を行う必要があります。重症の場合は集中治療室での治療が必要になります。
溶血性尿毒症症候群に特化した治療はないため、それぞれの症状に対して適切な支持療法*を行いつつ、自然回復を待つ必要があります。
*支持療法:病気やそれに対する治療によっておこる、さまざまな症状・副作用・合併症・後遺症を軽くするために行われる治療
輸液・輸血療法
腸管出血性大腸菌感染症による下痢や血便により脱水が生じることが多いため、一般的に輸液療法が必要になることが多いです。脱水は腎機能障害を悪化させますが、積極的な輸液療法により腎臓を保護することができます。
重症の貧血には、必要に応じて濃厚赤血球の輸血を行います。ひどい出血や外科的治療が必要なときに限定して血小板の輸血も行います。ただし、過剰な血小板輸血は血栓の形成を促進させるため、状態を悪化させる危険性があります。
下痢止めは、毒素の排出が妨げられるため使いません。また、溶血性尿毒症症候群の発症後における抗菌薬治療の有効性は証明されていません。
降圧療法
溶血性尿毒症症候群では急性期に高血圧を合併することが多く、降圧薬や利尿薬などによって血圧を下げる必要がある場合もあります。
透析療法
急激な腎機能の低下により乏尿や無尿になった結果、体内に余分な水分や老廃物がたまり、心不全や肺水腫などを引き起こすことがあります。そのため、必要に応じて透析療法が必要になります。
脳症に対する治療
意識障害やけいれんなどをきたした際は、脳浮腫の治療や抗けいれん薬を使用した治療を行います。重症の脳症にはステロイドを大量に点滴する治療(ステロイドパルス療法)が行われることもあります。
また、ほとんどの患者はこのような支持療法により回復し、完治する経過をとります。しかし、一部の患者では脳症による後遺症(発達や運動の障害、てんかん)や腎不全による後遺症(タンパク尿、高血圧、腎機能障害)が残ってしまうことがあり、その後のフォローアップが必要になります。
予防
溶血性尿毒症症候群の多くは、腸管出血性大腸菌に感染することによって発症します。
腸管出血性大腸菌は食中毒の原因になりやすい病原体であり、火が通っていない牛肉や汚染された水を介して感染するケースが多いとされています。感染を防ぐには、肉類はしっかり火を通すだけでなく、生肉が触れた手や調理器具で別の食材に触れないよう注意することも大切です。
また、万が一感染した場合、できるだけ早く病院を受診して治療を始めることも溶血性尿毒症症候群の発症を防ぐ方法の1つです。
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