真珠腫性中耳炎の患者さんの外耳道を温存することができる手術「クローズ法」は、稀に2回にわけて行われることがあります。なぜ、段階を踏む必要があるのでしょうか。また、段階的鼓室形成術はどのような手順で行われるのでしょうか。帝京大学医学部附属溝口病院の白馬伸洋先生にお伺いしました。
真珠腫性中耳炎の手術の目的は3つあります。一つ目は真珠腫を遺残なくきれいに取り除くこと、二つ目は再形成が起こらないよう内陥した鼓膜と破壊された外耳道骨の補強を工夫すること、三つ目は音の聞こえをよくする工夫をすることです。
真珠腫は増大すると音を伝える耳小骨を破壊するため、摘出しただけでは聴こえ難さが改善されないこともあります。このような症例に対する手術では、真珠腫と一緒に摘出した耳小骨で破壊されていない部分を組み直したり、完全に耳小骨が破壊されていた場合は人工の耳小骨を用いて耳小骨の連鎖を再建します。
通常は、前項で挙げた3つのステップを1度の手術で全て行います。しかし、クローズ法は外耳道を削らず耳の後ろの部分(乳突洞)のみを削開し、前(温存した外耳道)と後ろ(乳突洞を裂開した部分)から真珠腫を摘出する手術ですので、症例によっては内視鏡を使っても死角が生じてしまうことがあります。このような症例に対する手術を1回で終えてしまうと、真珠腫の取り残し(遺残)により数年後に再発してしまう可能性があります。そこで真珠腫の遺残が考えられた難しい症例に限り、真珠腫が完全に摘出されているかを確認するために、初回手術で真珠腫の摘出を行った後、半年から10カ月ほど期間をあけて、2回目の手術で真珠腫遺残の確認と耳小骨連鎖を行うという2回に分けた段階的鼓室形成術を行っています。私の場合、段階的鼓室形成術を行った症例は、全患者さんの1割程度いらっしゃいます。
1回目の手術では真珠腫を摘出し、約1年後に行う2回目の手術で再発していないことを確認したうえで、音の聴こえをよくするため耳小骨連鎖の再建術などを行います。クローズ法1回のみでの手術が難しいと考えられる症例においても、オープン法ではなく外耳道を温存した方が患者さんのQOLにとってはよいと私は考えています。とはいえ、2回手術を受けることは患者さんにとっては負担となりますから、非常に細い内視鏡や薄切した軟骨を使う様々な工夫をして、より多くの患者さんが段階的鼓室形成術とならず、1回の手術で治療が完了できるように努力し続けています。
真珠腫性中耳炎には、後天性のものだけでなく、生まれつき耳の構造に異変があることによって発症する先天性のものもあります。私が現在までに鼓室形成術を行った約2000症例のうち、最も若い患者さんは4歳のお子さんでした。
年齢による発症のしやすさというものはほとんどなく、仮に患者さんを①10代未満~19歳、②20歳~39歳、③40歳~59歳、④60歳~80歳と区分すると、①~③まではほぼ同じ人数になります。60歳を超えると患者数が増えるため、自身のデータでは手術を受けられた方の平均年齢は60歳弱となっています。
外耳道を削るオープン法で治療を行うと、定期的に耳鼻科での耳処置が必要になるなど、その後の生活に様々な支障が出てきます。ですから、特にお子さんの真珠腫性中耳炎においては、難しい症例であったとしても可能な限り外耳道を削らないクローズ法で行うことを、私は自身の信念としています。私がこれまでに勤務してきました愛媛大学附属病院や大阪赤十字病院など、関西圏にはクローズ法で真珠腫性中耳炎を治療している施設がありました。しかし、関東ではクローズ法を行っている施設は関西圏ほど多くありません。私は2015年1月に帝京大学医学部附属溝口病院(神奈川県川崎市)に赴任してきましたが、今後は関東圏の方にも「外耳道を保存するという選択肢がある」ということを広げていきたいと考えています。
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