15~35歳の若い男性にできるがんの中では最も多い精巣腫瘍。精巣腫瘍ができたら、どのような治療を行うのでしょうか?精巣腫瘍の治療は、腫瘍の種類や、どの程度進行しているかによって変わってきます。前編では、治療の流れについて詳しく見ていきましょう。
精巣腫瘍は、精巣にできる腫瘍(おでき)です。悪性の腫瘍、いわゆる“がん”であることが多いです。
頻度としては10万人に1~2人のめずらしい病気ですが、15~35歳の若い方に多く、この年代の男性にできる悪性腫瘍のなかでは最も多い疾患です。
精巣腫瘍の治療は、以下のような流れで行われます。
まず、手術で精巣を腫瘍ごと摘出します。この手術は、おなかの下の部分に傷ができる方法で、“高位精巣摘除術 (こういせいそうてきじょじゅつ)”と呼ばれます。
精巣は左右で二つあるため、片方を摘出しても、もう一方の精巣の精子を作る能力が正常であれば、精子は十分に作られますので不妊症にはなりません。(しかし、精巣腫瘍の方は、もともと精子を作る能力が落ちていることがあります。そのため、精巣腫瘍の方では、精巣の摘出に関係なく不妊症の場合があります。)
また、精巣の働きとして男性ホルモンを作る能力も重要ですが、こちらも片方の精巣で十分なので、勃起能(ぼっきのう:勃起する力)などが衰えることはありません。
その後の治療法は、がんの種類(セミノーマであるかどうか)、がんがどの程度進行しているか(ステージ)の二つの軸によって、決まります。
精巣腫瘍の95%は、精巣の胚細胞(はいさいぼう)という細胞からできた腫瘍です。そして、その胚細胞からできた腫瘍は、セミノーマ(精上皮腫)、非セミノーマという2つの型に分類されます。
セミノーマと非セミノーマでは、治療法が若干異なります。
精巣腫瘍では、“がんがどの程度進行しているのか”をステージI〜IIIで表します。ステージが上がるほど、より進行していることを表しています。
具体的には、
を表します。(さらに、転移の程度によって、ステージIIとIIIに分けられます)
これらのステージによって、治療法が変わってきます。
がんが精巣だけに留まっていてどこにも転移していない場合(ステージI)は、経過観察、もしくは再発の予防として抗がん剤治療をおこないます。加えて、セミノーマの場合は、放射線治療も有効です。
なぜ、どこにも転移していないのにも関わらず、精巣を摘出したあとに抗がん剤治療や放射線治療をおこなう必要があるのでしょうか?
実は、最初の診断で精巣だけにがんが留まっていると判断されたとしても、“CTなどの画像検査では発見することのできないがんの転移が潜んでいて、あとになって出現する”といったことが2割程度起こりうる事がわかっています。そのため、予防的な治療として、転移がありそうな場所に放射線治療を行ったり、抗がん剤治療をおこなったりすることがあるのです。この場合、予防的な治療をすれば再発率はぐっと減りますので安心感を得ることができますが、予防的な治療をしなくても転移が生じない8割の患者さんにとっては余分な治療を受ける事になります。現時点ではどの患者さんに転移が起きるかを正確に予想する事は不可能です。
ちなみに、予防的な治療を行わず経過観察を選択して2割の可能性で再発が起きたとしても、その後の治療でほぼ完治する事が可能です。このためには最低でも5年間、きちんとした経過観察を受けることを守らなければなりません。
精巣以外の場所に転移している場合(ステージII以上)は、精巣を摘出した後に追加の治療が必要です。セミノーマの場合、初期の段階では放射線治療を行うことがありますが、それ以外の場合では、すべて抗がん剤治療が行われます。
抗がん剤治療では、まず、シスプラチン、エトポシド、ブレオマイシン塩酸塩という3種類の薬を用いるBEP療法が行われます。このBEP療法は、これまでに多くの患者さんを対象にした臨床試験で、効果と副作用の両面で最も優れているということがわかっている治療です。
5日間の点滴と8日目、15日目の点滴を3週間おきに繰り返すやり方で、病状によりますが3〜4回繰り返します。抗がん剤の副作用として、血液を作る能力が低下したり、いろいろな臓器に障害が出たりすることが起こります。自覚症状としては、吐き気・嘔吐(おうと)、脱毛、下痢、食欲不振、手足のしびれなどが出てきます。吐き気止めなどの新しい薬の登場で副作用は昔に比べれば軽減されるようになってきましたが、時には命にかかわるような重い副作用もありますので、厳重な管理が必要です。
BEP療法が有効であるかどうかは、”腫瘍マーカーが減少しているか”と、”CTなどの画像検査で腫瘍が小さくなっているか”の両面で判断します。腫瘍マーカーが正常値まで減少し、画像上腫瘍を認めなくなれば治癒と判断でき、その後は経過観察になります。画像上腫瘍が小さくなっても、腫瘍マーカーが正常値まで減少しなければ、次の抗がん剤治療に移行します。逆に、画像上腫瘍が残っていても腫瘍マーカーが正常値まで減少した場合、残った腫瘍を手術で摘出し、がんが死滅したかどうか確認します。
BEP療法で完治できなかった場合(=腫瘍マーカーが正常値まで減少しない場合)、難治性(なんちせい)と判断され、抗がん剤の種類を変えて治療します。これを救済化学療法(きゅうさいかがくりょうほう)と呼びます。厳しい病状であることは確かですが、救済化学療法によって完治が得られる可能性は十分ありますので、希望をもって治療を続けましょう。
以上が、精巣腫瘍の大まかな治療の流れです。後編では、治療の期間、治療後の通院、再発について詳しく見ていきます。
記事1:精巣腫瘍は治るがん?―精巣腫瘍の完治率、生存率について
記事2:精巣腫瘍の症状―「痛くないから大丈夫」は間違い?
記事3:どういう人が精巣腫瘍になりやすい?―精巣腫瘍の原因
記事4:精巣腫瘍と不妊症―精液保存のすすめ
記事5:精巣腫瘍の検査・診断―早めに検査を受けましょう
記事6:精巣腫瘍の治療・前編ー治療の流れについて
記事7:精巣腫瘍の治療・後編ー治療期間、治療後の通院、再発について
記事8:急性精巣炎とは?—おたふくかぜになったら注意
記事9:急性精巣上体炎とは?
記事10:慢性精巣上体炎とはどんな病気?陰嚢(いんのう)の違和感、にぶい痛みが長く続く
神奈川県立がんセンター 副院長、地域連携室長、泌尿器科 部長
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