今年2016年4月、腎がんのロボット支援手術に公的保険が適用され、患者さんの金銭的負担は大きく軽減しました。これにより現在、ロボット支援手術を受ける患者数は急増しています。どのような腎がんであれば、ロボット支援手術を保険適用で受けられるのでしょうか。また、これまで主流であった腹腔鏡手術と比較すると、ロボット支援手術にはどのようなメリットがあるのでしょうか。保険適用のための全国的な臨床試験を主導した神戸大学医学部附属病院病院長の藤澤正人先生にお伺いしました。
今年2016年の4月、手術支援ロボット「ダビンチ」を用いた腎がんの部分切除手術に、公的保険が適用されました。体の中でも特に複雑な泌尿器科領域の手術に適しているとされるダビンチの保険適用は、前立腺がんに続いて国内で2例目となります。
これまで腎臓がんの手術治療は、大きく分けて開腹手術と腹腔鏡手術の二つが行われてきました。
腹腔鏡手術のほうがより低侵襲ではあるものの、難易度の高い症例には高度な熟練が必要となり、がんが重要な血管(腎動脈)の近くにあるといった複雑なケースでは、腹腔鏡では難しく患者さんの負担が大きい開腹手術を選択せざるを得ない場合がありました。しかしながら、ダビンチを用いたロボット支援手術では、上述した腎動脈付近の腎門部周辺にできたがんや、腎臓に埋まってしまっているがんの部分切除も、開腹せずに行うことが可能です。これは、ダビンチの以下のような特徴によるものです。
ロボット支援手術は、医師がモニターに映る患部の3D画像をみながら、ダビンチの「鉗子(かんし)」を遠隔的に操作することで進めていきます。
腹腔鏡の鉗子は直線的なものでしたが、ダビンチの鉗子には手首があるため可動域が広く、精緻な動きが可能になっています。「米粒に絵が描ける」といえば、ダビンチの繊細で緻密な作業についてイメージしやすくなるでしょう。
また、手ぶれ補正機能もついており、細い血管や神経を誤って損傷してしまうリスクも軽減できます。
医師は手術中、高画質モニターに映る患部の立体画像を観察しながらアーム(腕の部分)を操作し、治療を進めていきます。こちらも腹腔鏡の画像に比べ鮮明に術野をとらえることができるため、腹腔鏡手術では視野がとれず断念していた(開腹手術を選択していた)症例の治療も可能となっています。
腎臓がんが大きい場合や周囲にまで広がっている場合は、腎臓の全摘出手術を行いますが、病巣が比較的小さい場合は部分切除手術を行い、残りの腎臓の機能を可能な限り温存します。
かつて部分切除は4cm以下の小径腎がんの適応とされていましたが、近年では4cm以上7cm未満の腎がんでも部分切除を行い、腎機能の温存を目指す治療がスタンダードとなってきています。公的保険もT1bまで適応されており、ほとんどすべての部分切除手術をダビンチで行うことが可能といえます。
※腹部の手術を複数回行っており、強い癒着が認められる一部の症例は開腹手術となります。
腎がん部分切除の手術中には、腎臓へ向かう血流を一時的に止める「阻血(そけつ)」という処置が通常、必要となります。
一般的に阻血時間が短ければ短いほど、より腎機能が温存できることが報告されており、具体的には阻血時間を25分以内に抑えることが、ひとつの目安です。
私たちが2014年9月以降、保険適用に向けて実施した臨床研究では、神戸大学を含む全国14か所の医療機関で約100症例のダビンチ手術を実施し、そのうち91%の症例において阻血時間を25分以内に抑えることができました。(中央値は19分)
ダビンチを用いない腹腔鏡手術の阻血時間は20分から30分というデータがあるため、ダビンチ手術のほうが、より腎機能の温存に有利であると考えられます。
また、腎がんの部分切除手術では、
の二点が手術の質として重要とされていますが、上述の臨床研究では全例で腫瘍の完全切除を達成しており、更に出血量も抑えられています。すべての要素において腹腔鏡手術を上回っているため、将来的にはこれまで腹腔鏡で行われてきた手術のほとんどは、ダビンチで行うことになるものと考えられます。
ダビンチを用いた腎がんの部分切除手術費用は、2014年8月以前には約140万円かかっていました。内訳は、手術費が約90万円、検査や入院などの通常の診療費は約50万円で、これら全てを患者さんが負担していたのです。
その後2014年8月に、保険診療と併用できる「先進医療」の認定を受けたため、手術料は実費負担、通常の診療費用は保険適用となり、患者さんに負担していただく費用はトータルで約105万円となりました。通常の診療費負担が軽減したとはいえ、自己負担額は非常に高いものであったといえます。
今回保険適用となったことで、3割負担とすると合計約42万円でダビンチ手術を受けられることとなりました。高額療養費制度の対象となるため、所得によっては負担は更に軽減されます。
患者さんの負担額
保険適用前
2014年8月以前
約140万円
(手術費約90万円、通常診療費約50万円)
保険適用前
2014年9月以降
約105万円
(通常診療費のみ保険適用)
保険適用後
2016年4月以降
約42万円
(3割負担の場合)
※上記は「典型的な症例」にかかる費用の例であり、実際にかかるコストは症例によって異なります。
ダビンチには「触感」がないことで知られており、ダビンチ操作においては気を付けなければいけない点です。実際に2010年には日本でダビンチを用いた胃がん手術における死亡事故が起きており、事故原因は、臓器に触れる感覚が得られず、医師が器具で膵臓を圧迫してしまっていたことによるものと報告されています。
このような医療事故を防ぐために医師に必要なことは、適切なトレーニングを受け、ダビンチを用いた手術に「慣れる」ことです。
ダビンチの操作は腹腔鏡手術に比べると、習得しやすいという利点があります。また、触感がないことは鮮明かつ立体的な視野を得られることで補うことができます。もちろん、触感があれば“much better”ではあるものの、現状の機器では医師の訓練が先決であり重要であると考えます。
また、保険適応で腎がんのダビンチ手術を行う条件として、施設には「腎がんの部分切除手術を10例以上行った経験のある医師が在籍していること」が求められています。これは、安全性を担保するためです。
昨年2015年の腎がんのダビンチ手術実施件数は、年間約380例でしたが、今年2016年は7月時点で既に約500例実施されています。公的保険が通るようになったということはそれほどまでに大きいということであり、今後は年間5000件ほどに伸びることが予測されます。
ダビンチ手術を選択する患者数の増加に対応すべく、今後は一定のトレーニングを受けた術者の数を増やし、新たな手術を安全に進めていくことが不可欠です。
また、将来的には日本製の手術支援ロボットを開発し、コストを軽減することも、今後ロボット手術の普及を進め、適応となる術式を拡大していくにあたり必要になると考えます。
神戸大学医学部附属病院 前病院長、神戸大学大学院医学研究科 外科系講座 腎泌尿器科学分野 教授
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