インタビュー

“お腹のふくらみ”は病気の可能性も――酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症(ASMD)の特徴と治療法

“お腹のふくらみ”は病気の可能性も――酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症(ASMD)の特徴と治療法
高橋 勉 先生

秋田大学医学部附属病院 小児科 診療科長、秋田大学大学院医学系研究科 医学専攻機能展開医学系 ...

高橋 勉 先生

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酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症(ASMD)は、生まれつき細胞内の器官にある特定の酵素のはたらきが弱い、もしくは欠損しているために全身にさまざまな症状が現れる希少疾患です。肝臓や脾臓(ひぞう)、肺などの症状が悪化すると重篤な状態になる可能性もあるため、早期に診断を受け治療を開始することが大切です。

2022年には、病気の進行を抑える治療が登場しました。秋田大学大学院医学系研究科 医学専攻機能展開医学系 小児科学講座 教授の高橋 勉(たかはし つとむ)先生は「1人でも多くの患者さんが早期診断を受け、治療にたどり着いてほしい」とおっしゃいます。高橋先生に、ASMDの特徴、早期発見のためのポイントや治療法などについてお話を伺いました。

ASMDはライソゾーム病の1つです。人の体の細胞の中には、細胞内で不要になった物質を分解するライソゾームという器官があります。ライソゾームには、物質を分解処理する酵素が複数備わっており、それぞれ異なる物質を分解処理しています。これらの酵素のうち1つでもうまくはたらかないとライソゾームの中に不要な物質が蓄積し、細胞がうまく機能しなくなるのです。このような病気を総称してライソゾーム病と呼び、うまくはたらかない酵素などの種類によって50種類以上の病気に分けられます。

ASMDは、“酸性スフィンゴミエリナーゼ”という酵素のはたらきが弱い、あるいはないために起こります。“スフィンゴミエリン”という脂質が分解されず肝臓や脾臓、肺、中枢神経などの細胞の中にたまることで、さまざまな症状を引き起こすのです。10万人あたり0.5人程度の発症率であるといわれている希少疾患ですが、発症していても非常に軽症で、診断を受けるきっかけがないまま経過している患者さんもいるのではないかと推測されています。

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ASMD発症時の細胞の様子(例)

ASMDは、酸性スフィンゴミエリナーゼをつくるための情報を持つSMPD1という遺伝子の異常によって起こります。この遺伝子の異常は常染色体潜性遺伝で親から子へと伝わります。常染色体潜性遺伝とは、両親から1つずつ受け継ぐ2つの遺伝子の両方に異常があると病気が起こる形式で、劣性遺伝とも呼ばれます。

両親ともに保因者(2つの遺伝子のうち片方に異常があり、症状が現れない状態)である場合、子どもは異常のある遺伝子を父親のみから受け継ぐ、母親のみから受け継ぐ、両者から受け継ぐ、どちらからも受け継がないという4つの可能性が考えられます。つまり、子どもは4分の1の確率で両者から異常のある遺伝子を受け継ぎ、ASMDを発症することになるのです。

ASMDは、神経症状(発達の遅れや筋肉の脱力など)の有無や発症時期、進行スピードによって乳児内臓神経型、慢性内臓型、慢性内臓神経型の3つの病型に分けられます。病型によって物質を分解処理する酵素の活性の程度(正常な状態と比較してどの程度はたらくか)が異なり、活性の程度が低いほど重症度が高くなります。

乳児内臓神経型は、酵素の活性の程度が低く重症度が非常に高いタイプです。生後2〜4か月頃から肝臓と脾臓の腫れ(肝脾腫)によりお腹がふくらむなどの症状が現れます。また、肺の感染症などにかかりやすくなるほか、神経症状によって、首がすわる、お座りができるようになるといった正常な発達にも遅れを生じるようになります。症状の進行が速いのも特徴で、酵素補充療法と呼ばれる治療が登場するまでは、通常、乳児のうちに寝たきりの状態になり3歳頃までに亡くなるという経過をたどっていました。

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肝臓と脾臓の位置/イラスト:PIXTA

慢性内臓型は神経症状が現れないタイプで、子どもから大人まで幅広い年齢で発症する可能性があります。何らかの検査や健康診断を受けた際に肝臓や脾臓の腫れを発見され病気に気付くケースが多いでしょう。また間質性肺疾患*を起こして胸部X線検査で特徴的な所見がみられることもあります。そのほか、脂質異常症貧血が起こったり、出血しやすくなったりするなど患者さんによってさまざまな症状が現れ、ゆっくりと進行していくのが特徴です。

*間質性肺疾患:肺の間質(肺の中にある肺胞の壁の部分)に炎症が起こって酸素を取り込みにくくなり、息切れや咳などの症状が現れる病気。

慢性内臓神経型は、乳児内臓神経型と慢性内臓型の中間にあたるタイプで、子どもから大人まで幅広い年齢で発症する可能性があります。慢性内臓型と同様の内臓症状のほか、筋力の低下や手足を動かしにくくなるなど患者さんによってさまざまな神経症状が現れ、ゆっくりと進行していきます。

ASMDでは、下記のような症状が現れることがあります。ただし、いつどのような症状が現れるかは患者さんによって異なります。

赤ちゃんによく現れるのは、遷延性黄疸(せんえんせいおうだん)(黄疸が長引く)や胆汁うっ滞(胆汁の流れが滞る)、肝臓や脾臓の腫れなどの症状です。また、発達の遅れを生じる場合もあります。

こうした体の内部で起こっている症状が、お腹がふくらむ、ミルクを吸う力が弱い、吐きやすい、筋肉が軟らかいといった体の外からも分かる症状につながります。お子さんと接している親御さんも異変に気付きやすいでしょう。

年齢を問わず現れやすいのは、肝臓や脾臓の腫れに伴うお腹がふくらむ症状です。また、咳や息切れといった症状が現れ、胸部X線検査によって間質性肺疾患が見つかるケースもあります。血液検査によってLDL(悪玉)コレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)の値が高くHDL(善玉)コレステロールの値が低いことが分かり、脂質異常症が判明する場合もあるでしょう。そのほか、出血しやすく血が止まりにくくなったり、体のだるさを感じたりすることもあります。

ASMDでは肝臓や脾臓の腫れが非常に強く現れ、それが発見のきっかけになることが多いです。ご自身では気付かなくても、かかりつけ医が腹部超音波検査などで異変に気付いて大きな医療機関に紹介してくれれば、検査、診断につながるでしょう。

また、何らかの理由で胸部X線検査を受ける機会があり、肺の下のほう(下肺野)に網状影(網の目のように見える状態)の所見があり間質性肺疾患が発見され、ASMDの診断に至る可能性も考えられます。

小さなお子さんについては、生後1か月から3歳頃までに何度か受ける乳幼児健診がASMDを発見するきっかけになり得ます。肝臓や脾臓が腫れていることが分かり、検査を受けて診断されるケースもあります。そのほか、乳児内臓神経型では、発達の遅れなどの神経症状が見つかり診断につながる場合もあるでしょう。

ASMDを治療せずにいると、肝臓の腫れから肝硬変へ、間質性肺疾患から呼吸不全へ、脂質異常症から動脈硬化症へ、さらに心臓弁膜症へと徐々に進行していく可能性があります。ASMDの患者さんの死亡原因の調査によると、半数以上の方が肺や肝臓の病気の進行によって亡くなっていたとの報告もあります。症状の進行を抑え、重症化を防ぐためには早期治療が重要です。また、早期に治療を開始すれば患者さんが自覚されている“疲れやすい”、“出血しやすい”といった症状の改善にもつながり、日常生活を送りやすくなるでしょう。

ASMDの3つの病型のうち、乳児内臓神経型は症状が急激に進行するため診断がつきやすいでしょう。乳幼児健診などで医師と接する機会も多く、見逃される可能性は低いと考えられます。しかし、慢性内臓型や慢性内臓神経型については症状がゆっくりと進行するため、なかなか病院に行くきっかけがなく、診断を受ける機会がないまま経過して発見が遅くなってしまう方もいるかもしれません。

また、ASMDは肝臓や脾臓の腫れ、発達の遅れなど、同じライソゾーム病の1つであるゴーシェ病と似た症状が現れます。類似した症状がみられる病気はほかにもあり、それらと鑑別してASMDと診断されるまでに時間がかかるケースもあるでしょう。

クリニックを受診した際や健康診断で、肝臓や脾臓が腫れていると指摘された場合は、大学病院や、こども病院などで専門の医師に診てもらうことをおすすめします。実際に健康診断で肝臓と脾臓の腫れ、および肝機能の異常があるとの指摘を受け、検査した結果ASMDと診断された方もいます。ただし、肝臓や脾臓の腫れが急激に進行した場合には、感染症や悪性腫瘍(あくせいしゅよう)ウイルス性肝炎、血液疾患などのほかの病気の可能性もあります。

気になる症状があれば、まずは医療機関を受診してください。かかりつけのクリニックでも、腹部超音波検査などで肝脾腫があると分かったり発達の遅れに気付いたりすれば、ASMDなどの先天代謝異常症*を専門とする医師がいる大学病院などを紹介してくれるでしょう。紹介を受けたら必ずその病院で検査を受け、早期診断につなげていただきたいと思います。

*先天代謝異常症:ライソゾーム病のように、特定の酵素のはたらきが弱く不要な物質が体内に蓄積することなどによりさまざまな症状が現れる遺伝性の病気。

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写真:PIXTA

ASMDを診断するために、まずは問診や腹部超音波検査、血液検査、胸部X線検査などにより、肝臓や脾臓の腫れ、肺の症状、脂質異常症などASMDで現れやすい症状を確認します。赤ちゃんであればミルクを吸う力が弱い、吐きやすい、筋肉が軟らかいといった症状があればASMDを疑います。

そのうえで、それらの症状が感染症、悪性腫瘍、肝疾患、心不全、血液疾患やASMD以外のライソゾーム病など、別の病気によるものでないと判断できれば酵素活性の測定に進みます。この測定は一般の病院では実施していないため、採取した血液を血液ろ紙に垂らして乾燥させたものを、対応している医療機関に送付して測定してもらうのが一般的です。酵素活性が弱いと分かったらSMPD1遺伝子の検査を受け、確定診断となります。

ASMDの進行を抑える治療法として、2022年に酵素補充療法が登場しました。これは、ライソゾームの中ではたらきが弱くなっている、あるいは欠損している酸性スフィンゴミエリナーゼを点滴で補ってスフィンゴミエリンの分解を促し、細胞の機能回復を目指す治療法です。肝臓や脾臓、肺などの内臓の症状を治し、患者さんの生命予後やQOL(生活の質)を改善させることが期待できます。患者さんは2週間に1回の頻度で通院し、継続的に点滴を受ける必要があります。この治療では急性期反応やアレルギー反応が起こる恐れがあるため、少量から投与を開始し徐々に増やしていきます。

すべての病型で肝臓、脾臓や肺など内臓の症状への効果が期待できますが、神経症状の改善は望めません。神経症状に効果が見込める治療については研究段階であり、現状では対症療法が行われています(2024年4月時点)。

ASMDと診断されたら、病気について医師とよく相談しながら継続的に治療を受けることが大切です。治療の効果はゆっくりと現れてくるため、患者さんにもご家族にもそのことをよく理解していただき、辛抱強く治療に向き合っていただきたいと思います。

また、ASMDは希少疾患で同じ病気の方が少ないため、患者さんやご家族は診断がついたときから不安な気持ちを抱えることも多いでしょう。前向きに治療に取り組んでいただくために、ライソゾーム病の患者会などへの入会も検討してみてください。同じ病気の患者さんやご家族との交流を通じてさまざまな情報を得ながら、安心して治療に取り組んでいただければと思います。

ASMDは治療を受けなければ症状が進行していく病気です。そのため早期に診断を受け、治療を開始して症状をコントロールすることが重要です。

少しでもASMDを疑う症状があれば、酵素活性を測定することが重要になります。この測定は限られた専門の医療機関でしか行っていないため、ハードルが高いと感じられるかもしれません。患者さんからも医師に酵素活性を測定したいという意思を伝え、早期診断につなげていただきたいと思います。また、医師の皆さんにはASMDを疑う症状がある患者さんがいれば酵素活性の測定を前向きに検討していただきたいです。

治療に関しては2022年に酵素補充療法が登場し、保険適用になったことを喜ばしく思っています。1人でも多くの患者さんが早期に診断を受け、この治療にたどり着くよう願っています。また、今後は内臓症状に対する治療のさらなる進展とともに、中枢神経の症状に効果が見込める治療法の登場にも期待しています。

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