食道がんの手術を胸腔鏡や腹腔鏡*を用いて行う内視鏡外科手術には大きなメリットがある一方で、外科医の技術力の向上が難しいといった課題があります。そのため、食道がんの内視鏡外科手術の「集約化」を行うことが重要であると、國崎先生はおっしゃいます。
今回は、横浜市立大学附属市民総合医療センター病院の副病院長/消化器病センター外科 教授・部長である國崎主税先生に、食道がんの内視鏡外科手術についてお話を伺いました。
お胸やお腹の中を確認するための小型カメラ
食道がんの内視鏡外科手術とは、胸腔鏡や腹腔鏡を用いて、食道の切除や胃管の再建などを行う手術のことです。
食道がんの標準的な手術方法は、胸壁を切開して行う開胸手術です。開胸手術では、右胸壁の肋骨と肋骨の間を15㎝ほど切開して行うのですが、肋骨があるため傷口を大きく広げることはできません。さらに、食道は体の真ん中よりやや左側に位置しており、なおかつ術者の視線の手前には肺もあるため、助手が肺を圧排(除けること)しないと食道は見えません。
食道がんの開胸手術は、まるで壺の底を覗き見るような手術なのです。
一方、内視鏡外科手術では、胸腔鏡を用いることで食道の拡大視・近接視ができます。そのため、開胸手術では遠くに見えていた食道を、すぐ近くにあるように確認することが可能です。食道の周りには肺や心臓、大血管、神経など重要な組織が集中しており、拡大視・近接視によって、正確性の高い手術を行うことができるのは、食道がんを鏡視下で行うことの最大のメリットであると考えます。
さらに、手術の様子はモニターに映し出されるため、手術室にいるスタッフ全員が手術の進捗状況を確認できます。
食道がんの内視鏡外科手術では、患者さんには腹臥位(お腹を下にする体勢)または左側臥位(体の左側を下にする体勢)で手術を受けていただきます。
これらの体位にはそれぞれにメリットとデメリットがあるため、どちらで手術を行うかについては病院によって見解が分かれます。当院では、基本的に左側臥位で手術を行っています。
お腹を下にして行うことで肺が自然と下がり、食道が見えやすくなるというメリットがあります。一方で、上縦隔リンパ節や反回神経周囲のリンパ節にがんが転移している場合、腹臥位ではリンパ節郭清(リンパ節の切除)を行いにくいというデメリットがあります。
体の左側を下にして行う左側臥位では、上縦隔リンパ節や反回神経周囲のリンパ節をしっかりと確認することができるため、リンパ節郭清を行いやすいことがメリットです。
また腹臥位とは異なり、肺によって食道が見えにくいため、肺を避けながらの手術を行わないといけない点がデメリットといえます。
食道がんの内視鏡外科手術では、「胸腔鏡下食道切除術」と「腹腔鏡下胃管再建術」の大きく2つの手技を行います。
まずは、胸腔鏡下食道切除術を行います。右胸壁にいくつか穴を開けて、そこから胸腔鏡や鉗子類を挿入し、がん部分の食道を含め胸部食道を切除します。また食道を切除すると同時に、転移がある、または転移の可能性のあるリンパ節を切除するリンパ節郭清も行います。
そのあと、患者さんを仰向けに体位変換して、腹腔鏡下胃管再建術を行います。これは、切除した食道の代わりに、胃を使って食べ物の通り道を作る手術です。
胃管再建術では、お腹に小さな穴を開けて腹腔鏡や鉗子類を挿入します。また、当院ではお腹を6㎝ほど切開して、そこから術者の片手を挿入して鏡視下手術を行う「HALS(hand-assisted laparoscopic surgery)」という方法を用いています。HALSを併用することで、臓器の触感を確かめながら手術を行うことができ、手術時間の短縮にもつながるためです。
そして、首の部分にも小さな切開を加え、そこからチューブを胸腔内に挿入し、胃を頭側方向に吊り上げます。そのあと、頸部食道と挙上胃管を手縫いあるいは器械でつなぎ合わせます。
当院の場合、術後は、翌日まで集中治療室(ICU)で過ごしていただいています。
食道がんの手術では、右肺の空気を抜いた状態(脱気)で手術を行ううえに、もともと肺の機能が悪いヘビースモーカーの患者さんも多い*ため、術後に肺炎を発症するリスクが高いといえます。そのため、翌日までは人工呼吸器をつけてICUで過ごしていただき、問題がなければ一般病棟へ移動します。
喫煙は食道がんの発症要因であるため、食道がんの患者さんにはヘビースモーカーの方が多い
胃管再建術で食道と胃を縫合した部分が、うまく繋がらない「縫合不全」を起こすことがあります。これは、胃の上部の血流が悪くなっていることが主な原因です。
胃の血流は、主に右胃大網動脈と右胃動脈から送られており、いずれの血管も胃の下部にあります。そのため、食道をつなぎ合わせている胃の最上部は、血の巡りが悪くなってしまっていて、縫合不全が起きやすくなっているのです。
縫合不全が起こると、縫合不全が起きたところから唾液や胃液が漏れ出してしまい、それが胸の中にたまると膿瘍となります。縫合不全が起きている場合に膿瘍を防ぐためには、胸にチューブを挿入して、そこから唾液や胃液を排出する処置を行う必要があります。
反回神経麻痺とは、声を出したり、食べ物を飲み込んだりする動きを司る「反回神経」に起こる麻痺のことです。
食道がんでは、反回神経周囲にあるリンパ節にがんが転移する可能性が高く、手術ではそのリンパ節を摘出(郭清)する必要があります。
しかし、反回神経は糸ほどの細さしかなく、少し触れただけで傷ついてしまうことがあります。リンパ節郭清をする際、できるだけ反回神経を傷つけないように細心の注意を払いますが、結果的に反回神経麻痺を起こしてしまうことがありえます。
反回神経麻痺が起こると、声がかすれたり、食べ物や飲み物がうまく飲み込めなくなったりする症状が起こります。重症例では、呼吸がうまくできなくなり、気管切開*が必要となる場合もあります。
しかしながら、反回神経が切れずに損傷しているだけであれば、徐々にではありますが術後自然と治っていきます。
気管切開…切開した気管からカニューレとよばれる管を挿入して、気道を確保する方法。
食道がんの内視鏡外科手術は、消化器疾患の中でも難易度の高い手術です。なおかつ、食道がんは胃がんや大腸がんに比べて年間の発症患者数が少なく、それゆえ手術件数も多くありません。そのため、食道がんの内視鏡外科手術の技術力がなかなか身につかないという課題があります。
この課題を解決するためには、食道がん症例の「集約化」が重要だと考えています。食道がんの鏡視下手術を、いくつかの決まった病院でのみ行うことで、医師は症例数を重ねることができます。これによって技術力も向上するため、患者さんに対しても質の高い手術を提供することが可能です。
食道がんの内視鏡外科手術の恩恵を多くの患者さんが受けることができるよう、日本全体で集約化の仕組みを整えていく必要があるでしょう。
横浜市立大学附属市民総合医療センター 副病院長、消化器病センター 外科 教授
横浜市立大学附属市民総合医療センター 副病院長、消化器病センター 外科 教授
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医日本食道学会 食道外科専門医・食道科認定医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本臨床腫瘍学会 暫定指導医日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医
1986年より消化器外科医師としてキャリアをはじめる。2008年には横浜市立大学附属市民総合医療センター消化器病センター外科教授に就任。上部消化管外科学を専門とし、臨床・研究ともに日本をリードすべく、精力的に取り組んでいる。2013年から2019年6月まで日本外科系連合学会理事を務め、2016年からは日本胃癌学会理事に就任。
國崎 主税 先生の所属医療機関
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