DOCTOR’S
STORIES
心不全の治療に果敢に挑戦し続ける猪又孝元先生のストーリー
大学生のころ、父が亡くなりました。病名は白血病。白血病であることがわかってからわずか一週間後に亡くなるという、あまりにも唐突な死でした。
父の死は私に大きな影響を与えました。
「父のように白血病で命を落としてしまう患者さんを助けたい」
そう考えた私は血液内科医になることを目標にし、新潟大学第一内科(現・新潟大学医学部・大学院医歯学総合研究科 血液・内分泌・代謝内科学分野)に入局しました。しかし、私はそこでひとつの挫折を経験したのです。
当時は白血病など、難治性で致死率の高い悪性疾患は患者さんに告知をしないことが当たり前の時代です。私も白血病の患者さんの担当になることがありましたが、患者さんに病名を尋ねられても「再生不良性貧血ですよ」と、指導された通り、ごまかして説明していました。
患者さんに本当のことを伝えられないもどかしさにひどく心が痛んだものです。日増しに患者さんの病状が悪化するにつれ、病室に向かう足が重くなります。そして、真実を知らないまま亡くなっていく患者さんをみて、「どんなに最高の医療を提供しても、患者さんに嘘をついていたら意味がない」と私は強く思ったのです。
「私は患者さんに真実を伝えたうえで、それでも一緒に、前向きに治療に励んでもらえる医療をしたい」
そう決意したときに目に留まったのが、同じ新潟大学第一内科の循環器グループでした。
循環器内科はある意味、「シンプル」な診療科に思えました。たとえば循環器内科が主としてみる心臓。止まれば蘇生を行いますし、血管が詰まれば風船を広げて血管を広げます。症状に対する治療が明瞭で、また、循環器には悪性疾患が少ないことから、患者さんへ病名の告知をまっすぐに行う風土がありました。
循環器内科の裏表のない診療の姿勢に私は強く惹かれ、間もなく循環器のグループに転属しました。そして循環器内科の勉強と診療に励むうち、あるひとつのことに気がついたのです。
「あれもこれも、血液内科で学んだことを生かせるじゃないか!」
そう、私が過去に挫折した血液内科の世界で得た知識は、循環器内科の領域と密接にリンクしていたのです。
たとえば、心筋梗塞は血のかたまりが血管に詰まることなどによって引き起こされる疾患です。血が固まるという現象はまさに血液内科の領域。血が固まるメカニズムがわかれば、心筋梗塞を予防することができます。
もともと興味があった血液内科の知識が、新たに飛び込んだ循環器内科という世界で応用できることに気づいたとき、目の前の扉がぱっと開いたような高揚感に包まれました。それから、私はますます循環器内科の世界にのめり込んでいきました。
循環器内科を専攻して2年が経ち、日々研鑽に励んでいたころ、循環器内科学の常識を覆す報告がされました。当時、心不全の治療にベータ遮断薬の使用は禁忌とされていたのですが、海外のある医師が心不全の患者さんにベータ遮断薬を投与したところ、症状が改善したというのです。
はじめは世界中の医師がその報告に疑問を呈しました。しかし、2例、3例とベータ遮断薬が有効だった事例が報告され、その投与例の多くが予後良好だとわかってきました。
奇妙なこともあるものだな、と静観していた私に、上司が声をかけてきました。
「猪又、心不全患者へのベータ遮断薬の投与だが、うちでの一例目を担当してみないか?」
重大な症例を任せてもらえることに嬉しさを覚える反面、病状が悪くなってしまったら……という不安が強くありました。しかし、不安を抱きながらも、私は新潟大学で一例目となる心不全患者へのベータ遮断薬治療に参画しました。結果は、大成功。重度の心不全で寝たきりだった患者さんの病状が劇的に改善し、ついには職場復帰まで果たしたのです。元気にされている姿をみて、嬉しさと安堵がこみ上げました。
患者さんも、以前は禁忌といわれていた薬を服用することはとても不安だったと思います。それでも担当医である私たちを信じ、治療に踏み切ってくれた。患者さんに真実をきちんと伝え、ともに治療に励み、苦難を乗り越えるという目標を実現できた瞬間でした。
ベータ遮断薬の初投与を担当してから心不全治療に興味を持ちはじめ、今では心不全を専門として日々診療を行っています。
循環器内科の扱う疾患において、心不全は非常に重篤なものです。日本人の死因の第2位は心疾患、そのなかには心不全で亡くなった方が多くいます。
心不全の治療は難しく、患者さんの命を助けられずに悔しい思いをすることも多々あります。それでも毎日多くの心不全の患者さんを診療しているのは、今、心不全で苦しむ患者さんを一人でも多く救いたいという思い、高齢化で今後ますます増える心不全の謎を解きたいという興味、そして循環器内科医としてその謎を解かねばならないという使命感があるからです。
心不全はがんと異なり、ある日突然病状が悪化して死に至ることも少なくありません。また心臓の治療をしすぎると他の臓器を傷めて心臓移植のチャンスを逃してしまい、一生懸命した治療がかえって患者さんを苦しめることもあります。つまり、どこまで治療するか、どのタイミングで治療から手を引くかの見極めが重要なのです。これが心不全治療の難しさといえるでしょう。
ときには治療を諦めなければならないことから、患者さんへの治療説明に難しさを感じるときもあります。しかし、たとえ厳しい局面で治療を諦めることになっても前向きに余生を過ごせるよう、しっかりと真実を患者さんやご家族に説明することをとても大事にしています。
決して言葉を濁さず、一度で確実に現状や治療のことを伝え、一緒に治療を頑張れるように。偽りなき医師の説明に説得力があれば、患者さんは医師を信頼して、前向きに治療に励んでくれるのですから。
「猪又先生の説明を聞いて、先生と一緒に治療を頑張ろうと思えました。これからもよろしくお願いします」
そんな言葉を患者さんからいただくと、私は必ずこの人が幸せになれる医療をしよう、と力が湧いてきます。私の医師としての原動力です。
心不全の治療をメインに循環器内科医として走り続けてきたこの二十数年間、嬉しいことも苦しいこともたくさんありました。私が今、循環器内科医としてここにいられるのは、私を支えてくれた同僚や患者さん、自分の家族はもちろん、時代にも恵まれたのだと思います。
私が循環器内科医になったと同時に、循環器内科の治療は大きく変わりました。先ほどのベータ遮断薬の治療も、もし私が循環器内科医になってからも発見されなければ、心不全の治療にこんなにのめり込むこともなかったでしょう。
たまたま、時代が私に寄り添ってくれた、といえるかもしれません。
この恵まれた環境に身を置ける幸福を噛み締めながら、これからも一人でも多くの患者さんを幸せにするため「患者さんに真実を伝え、ともに頑張る」という医療を実現していきます。
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新潟大学医歯学総合病院
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