患者さんが1年でも長い人生を送るために

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患者さんが1年でも長い人生を送るために

超音波を駆使し肝臓がんの早期診断・治療を追究し続ける沼田和司先生のストーリー

横浜市立大学附属市民総合医療センター 消化器病センター 診療教授
沼田 和司 先生

「長生きさせてくれてありがとう」

以前、末期肝臓がんの患者Aさんから、こんな言葉をかけられる機会がありました。

「先生のおかげで長生きできました。どうもありがとうございました」

そのとき私は、少しでもAさんの人生の役に立てたのかもしれないと感じると同時に、心の底から嬉しさがこみ上げてきたのを覚えています。1年でも、1か月でも、1週間でも、1日でも、患者さんが長く生きられるように力を尽くすことが、医師としての私の役割だと考えています。

肝臓がん治療の進歩を感じながら歩んだ日々

かつて、肝臓がんは現在よりも予後(治療後の経過)の悪い病気でした。医師になって3年目だった1987年当時は、治療技術も未発達であり、医師がどれだけ手を尽くしても、肝臓がんの患者さんを救うことは非常に難しかったのです。なかには、複数回にわたり手術を受け、術後のフォローアップもしっかりと受けていたにもかかわらず、肝破裂からショック状態に陥ってそのまま命を落としてしまった患者さんもいらっしゃいました。私自身、寝る間を惜しんで治療にあたっても患者さんを救うことができずに、悔しい思いを経験したことが幾度とありました。

翻って現在では、C型肝炎ウイルス治療薬が登場、ラジオ波焼灼術や分子標的治療薬などの治療技術も進歩し、肝臓がんの予後は改善され、5年生存率も向上してきています。

このように振り返ってみると、私は消化器内科医として、肝臓がんの治療の進歩と共に、これまでの医師人生を歩んできたように思います。

私が「肝臓がんの治療が変わってきている」と実感し始めたのは、2004年に「ラジオ波焼灼術(RFA)」という穿刺局所療法が保険下で実施されるようになった頃です。ラジオ波焼灼術が広く用いられるようになるまでは、肝臓がんの穿刺局所療法といえば「経皮的エタノール注入療法(PEI)」が標準的に行われていました。

経皮的エタノール注入療法は、エタノール(アルコール)をがん細胞に注入して科学的にがんを殺すという治療法です。手技が簡便で使用する薬品も安価であるため、地方医療機関を含め多くの施設で実施できるというメリットがあります。その一方で、腫瘍の周りに障害となる物質がある場合にはエタノールが上手く入らず、再発のリスクがあるというデメリットもあります。

そして、こうした欠点を克服した穿刺局所療法として登場したのが、ラジオ波焼灼術です。ラジオ波焼灼術は、超音波ガイド下に皮膚の表面から腫瘍まで針を刺し、ラジオ波によって腫瘍を焼く治療法で、2019年10月時点では穿刺局所療法の代表的治療法とされています。このほか、最近では一定の条件を満たす肝細胞がん患者さんに、定位放射線治療が適応されるケースも出てきました。肝臓がんの治療は、今後もさらなる発展が期待されています。

私は肝臓がんの治療を専門とする消化器内科医として、これらの手技を一通り習得・経験し、肝臓がん患者さんの治療に邁進してきました。なかでも、最近特に力を入れているのが、超音波を活用した早期肝臓がんの診断・治療です。

超音波は「分かりにくい」からこそ面白い

もともと手先が器用だったこともあり、若手時代から、繊細な技術が求められる内視鏡や超音波を積極的に学びたいと考えていました。卒業後に勤めた国立がんセンター(現・国立がん研究センター中央病院)や東京都老人医療センター(現・東京都健康長寿医療センター)では、内視鏡の技術を磨くために、内視鏡的粘膜切除術(EMR)(現在の内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の少し前の治療です)の経験を積みましたが、その一方で超音波の専門技術習得のために、超音波ガイドが必要になる経皮的エタノール注入(PEI)や、カラードプラの勉強にも励みました。こうした勉強と訓練を重ね、内視鏡と超音波の技術の両方を習得した後は、先輩医師や上司から超音波検査や超音波を用いた治療を任される機会が増え、やがて肝臓の超音波診断を専門的に行うようになりました。

超音波の面白さは、その「分かりにくさ」にあると思っています。

内視鏡検査の場合、カメラでとらえた映像はカラーで立体的に表示され、器具を直接操作しながら対象を観察することができます。これに対して超音波検査の場合、装置が読み取った画像は原則として白黒で、内視鏡と比べれば影絵のようにややぼんやりと映し出されるため、画像から病態を推測し、仮説を立てて、患者さんが持つ病気や体の異変を読み解くという工程が必要になります。

いってしまえば、超音波検査は、内視鏡検査に比べて得られる情報が分かりにくいのです。しかし、「分かりにくい」からこそ、私はそれを証明する過程に面白さを感じるのです。

「その医療は本当に正しいのか」、自分で確かめ判断する

私が日々の診療で大切にしているのは、何事も「本当に正しいのか」を常に問い、決めつけず、真実を自分の目で見て確かめてから、正しいかどうかを判断するということです。そして、自分の正しいと信じる道を行くよう、意識しています。

現時点で「正しい」と思われている医療であっても、それは時代の変遷とともに「正しい」医療ではなくなることがありえます。実際に、医療の世界は、そのような変化を積み重ね進歩してきた面があるといえるでしょう。たとえば、肝臓がんの治療法のひとつである肝動脈(化学)塞栓療法(TACE)のケースをご紹介しましょう。

TACEは日本で開発された肝臓がんに対する治療法で、2019年10月時点でも広く行われている治療法のひとつです。しかし、肝臓がんが肝臓の両葉に多発する場合、全ての腫瘍に選択的にカテーテルを挿入できないので、結果として薬をまいてくるだけに終わり、かえって肝機能を低下させてしまう可能性が高いことが分かってきました。

TACEを繰り返して肝機能が下がった後には、分子標的薬を十分に飲めません。そのため近年、当院ではこの順番を逆に、すなわち、分子標的薬を最初に使用し、その後にTACEを行っています。これについては、現状では明確なエビデンスは取得できていませんが、今後エビデンスが構築される可能性はあると考えてよいでしょう(2019年10月時点)。

このように、たとえ世間的に常識だと考えられていることでも、本当にそれが正しいとは限りません。私はその意味を込めて、後進の若手医師には、「僕が言っていることが本当かどうかは分からない。だから、きちんと自分で事実を確かめてから判断してください」と教えることを心掛けています。

最期まで、患者さんに寄り添い、話に耳を傾ける

研修医時代に、末期がんを患う70歳の男性患者さんと話す機会がありました。会話の過程で、何気なくその患者さんに「今、何がしたいですか?」と聞いてみました。すると患者さんは、「今いちばんしたいのは、恋ですね」とおっしゃったのです。あまりにも純粋なその回答は、ずっと忘れることができませんし、その答えを聞いて、「人の原点は、人とつながりたいという思いなのかもしれない」と考えました。私は今でも、「人は人間とつながりたいという原点をいつまでも忘れない。だから、患者さんの話をしっかりと聞くことが大切だ」という思いで患者さんに向き合うようにしています。

肝臓がんの治療はこれからも進歩を遂げ、患者さんはより長く生きられるようになっていくでしょう。かつては、患者さんの寿命が1年でも長くなることをひとつの目標値にしていましたが、将来的にはそれが5年となるように、診断・治療法の研究や後進の育成を進めていきたいと考えています。

私自身の年齢を考えると、現役医師として患者さんに関わることができる期間はあまり多くは残されていません。それでも、だからこそ、できる限りのことに全力で取り組んでいきたいと思っています。

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  • 横浜市立大学附属市民総合医療センター 消化器病センター 診療教授

    信州大学医学部を卒業後、国立がんセンター中央病院、旧都立老人医療センター、横須賀共済病院などを経て、2003年からは横浜市立大学附属市民総合医療センターに勤務。20...

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