目指すは難病の克服。基礎研究を極め、患者さんを救いたい

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目指すは難病の克服。基礎研究を極め、患者さんを救いたい

不可能と言われていた神経の再生医療に挑み、新たな道を切り開く岡野 栄之先生のストーリー

慶應義塾大学医学部生理学教室 教授
岡野 栄之 先生

医学部に進んだのは、生命科学への興味から

高校生のころは、数学や物理に興味がありました。そして、物理学者のシュレディンガーが『生命とは何か』を書いたことに象徴されるように、物理学者が生命科学を探求するという大きなトレンドがあり、私も徐々に生命科学に興味を持つようになったのです。また、将来はインフォマティクス(情報科学)によって生命科学のあり方も変わっていくだろう、という予感もありました。

当時の私は「医師というのは、皆、医学部を卒業後に開業するのだろう」と思っていました。しかし、臨床だけではなく基礎研究の道もあることを知りました。そして、医学の分野から生命科学を追究するという道にとても魅力を感じて、医学部への進学を決めました。

基礎研究を極め、その成果を難病の克服につなげたい

私が医学部を卒業したのは、1983年です。当時、がんを取り巻く世界は未成熟なものでした。診断技術も発展途上であり、抗がん剤の種類も少なく、今のように遺伝子情報に基づいてがん治療を行うようなゲノム医療もない時代。

私は医学生ながらに「これではまずい」という危機感を抱きました。よい医療を実現するためには、研究の分野、特に基礎研究がしっかりとしていなければいけないと思ったのです。このような思いが基礎研究へ進む大きなきっかけになり、そして、基礎研究の成果がいつか病気の克服につながることを夢見て、生理学教室へ進むことを決めました。

近年、難病のひとつであるALS(筋萎縮性側索硬化症)は、RNA代謝異常との関連が注目されており、RNA研究を行っている分子生物学者が、ALSの研究に取り組んでいます。医学生のころ、遺伝子発現調節や細胞分化のメカニズムなど、病気の根源的な部分を極めることが難病克服につながる予感がしていましたが、ようやく今、そのような時代が到来したのだなと感じています。

医学部時代に臨床で学んだことが、その後の基礎研究に生きる 

私は、医学部の6年間でさまざまな病気を学びました。この経験は、基礎研究をするうえでの大きな武器になったと認識しています。

病気とは、正常な状態が損なわれることで起こります。人がどのようにして病気になるのかを解明するためには、まず人体のメカニズムについて深く理解している必要があるのです。そして、人体のメカニズムを理解するためには、臨床の場であらゆる病気とそれによる体の変化を実際に目で見て治療にあたる経験は必要不可欠と言えるでしょう。このように、基礎研究に携わる者として、単に生命科学の研究をするだけではなく、臨床を通じて実際に病気を学び、理解する機会を得られたことは非常に貴重な経験でした。

パイオニアを目指して神経系の研究へ

先生

医学部生のころはがん遺伝子に興味を抱き、がんの研究に携わりたいと思っていました。ところが、大学卒業の直前に、分子生物学的ながん研究の成果が次々と出たことで、自分がこれから参入する余地はないかな、と考えるようになりました。一方、神経系の研究には分子生物学はまだ適応されておらず「自分がパイオニアになれるかもしれない」という可能性を感じたのです。脊髄損傷の知人がいたこともあり、当時、再生は不可能と言われていた神経再生の研究に取り組むことにしました。

神経発生については、御子柴 克彦(みこしばかつひこ)先生(理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー、東京大学 名誉教授)のもとで学びました。御子柴先生は、研究者としてもっとも影響を受けた存在です。彼が大阪大学の教授になられたときには、私も一緒に慶應義塾大学から移りました。御子柴先生のもとで研究を続け、その後、1989年に米国のジョンス・ホプキンス大学で研究をするため渡米しました。

ターニングポイントとなった、RNA結合タンパク質“Musashi”の発見

ジョンス・ホプキンス大学ではショウジョウバエの遺伝子の研究に取り組み、そのなかで、ショウジョウバエの神経発生に関わるRNA結合タンパク質“Musashi”を発見しました。そして、日本に帰国後もMusashiの研究を続けるなかで、Musashiは種を超えて存在することを発見し、ヒトの脳の幹細胞(組織や臓器のもととなる細胞)にも関わることが明らかになったのです。この研究結果は、アメリカの研究グループと論文発表しています。

このMusashiの発見によって、私の研究者としての人生は大きな転換期を迎えました。発表した論文について、突然、新聞やニュースなどで報道され、患者さんからもお手紙をいただく機会が増えました。そのとき私は、社会における再生医療への注目度や期待感を感じ、それらに応えるべく「再生医療をとことん追究しよう」と決意を固めました。

そのようにして本格的に再生医療の研究を開始し、2001年に慶應義塾大学に戻ってきて、整形外科のグループと脊髄再生チームを立ち上げるに至りました。それ以来、再生医療の研究を続けて、約20年になります。

基礎と臨床の垣根が低いからこそ、ブレイクスルーとなる研究成果が生まれる

今、私の研究室には、さまざまなバックグランドを持つ大学院生が在籍しています。もともと臨床にいて基礎研究をしたいと考えて来られた方もいれば、医学部出身ではないけれど神経の研究をしたいという方、本学の卒業生で基礎研究に携わりたいという方もいます。基礎研究に携わる医師が増えるは、とても大切なことです。なぜなら、基礎研究なくして新たな医療をつくることはできないからです。

臨床を何年か経験した後に基礎研究を始める人は、最初から基礎研究に進んだ人と比べるとスタートは遅くなりますが、才能と努力次第でどんな成果でも出せるでしょう。臨床の現場で治らない病気に直面した経験があり「基礎研究を通じてなんとか病気を治したい」という思いがモチベーションとなっている場合、そのぶん基礎研究への情熱が大きいことも特徴です。

このように、研究を志すタイミングは人それぞれですし「臨床と基礎の垣根が低い」というのは慶應義塾大学の特徴だと思います。

研究室にさまざまな分野の専門家、しかも臨床を経験した医師がいることは、基礎研究を行ううえでも有益です。たとえば、研究の中で「脳のオルガノイド(特定の組織、臓器をモデルとして試験管内で構成された立体構造体)に海馬を移植したらどうなるか?」という新しいアイデアが出たときに、脳神経外科出身の大学院生が率先してやってくれたりします。このような連携は、ひとつの研究室だけの閉じた世界ではなかなか実現できません。基礎研究と複数の診療科が一緒に研究をしているからこそできたことです。基礎研究と臨床の活発なコラボレーションは、ブレイクスルーとなる研究成果や新たな発見につながると確信しています。

神経の再生医療にかける思い

神経の再生医療に関しては、今後、実用化に向けてますます進化させて行く必要があります。実用化のためには、まず少数の臨床研究という第一ステップから始め、安全性と有効性を確認していくという第二ステップがあります。神経の再生医療は、その第二ステップにようやくさしかかったところです。

しかし、ごく一部の人にしか使えない医療ではまったく意味がありません。私たちには、再生医療を実用化し、さらに適応を広げていくという使命があります。その使命を全うするためには、さまざまな患者さんの病態を新たな手法で分類し、それぞれの病態に適した治療を見出していく過程を、もっと体系化していくべきだと考えます。

神経発生研究を始めてから30年余り。今、ようやく再生医療を通じて患者さんを治すことが期待できるレベルまで到達しようとしている。ですから、私は一人の医師、研究者として、なんとしてもそれを成し遂げたいという思いで、日々挑戦し続けています。

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