人生はやったもの勝ち

東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野 教授
井上 彰 先生

人生はやったもの勝ち

発展途上の緩和医療分野に身を投じた井上彰先生のストーリー

公開日 : 2017 年 06 月 05 日
更新日 : 2017 年 07 月 14 日

「井上先生のおかげで、毎日穏やかに過ごせているんです」

若き日に呼吸器内科を志し、肺がんの専門医として長年研究や治療に携わってきた私が、緩和科にフィールドを移したのは、医師になって20年目となる2015年のことです。

「先生は、なぜ肺がんから緩和ケアへと専門領域を移したのですか?」と過去の同僚や友人から驚かれることも多いです。

僭越ながら、これまで私は肺がん専門医として、治療法や薬剤などに関して自分なりに研究を続け、それなりの実績を積み重ねてきた自負があります。それだけに、肺がんから緩和医療への方向転換は、他の医師から驚きの目で見られてしまうのかもしれません。しかし私からすると意外なことではなく、むしろ若い頃、がん医療の道に入ろうと思ったときから緩和医療への関心を抱いていたのです。

私が最初にがん医療の道に進むと決めたのは、まだ若手だった頃に受け持った末期のがん患者さんが亡くなったときでした。患者さんが亡くなられるその瞬間まで、自分なりにさまざまなことを考え、安らかな最期を迎えられるように手を尽くしました。

そしてとうとう患者さんの容体が悪化し、いよいよ、と私自身もご家族も患者さんの死を覚悟するときがきました。そのとき驚くことに、患者さんは私に向かい、「先生が診てくれたおかげで、穏やかに過ごすことができました。本当にありがとう」とお礼を言ってくださったのです。自分には患者さんの死を防ぐことはできなかったけれど、患者さんに喜んでもらえる医療をすることができたという充実感がありました。

肺がんは、数多くあるがんのなかでも治らず亡くなってしまう方が多いのが現実です。ですから、がんを治すことと同じくらい、治る見込みのない患者さんを如何に診るかが求められる領域です。そのような難しい分野ではありますが、あのときのように患者さんに満足してもらえる医療がしたいと思った私は、肺がん専門への道を選び、修練に明け暮れました。私にとって、抗がん剤による肺がん治療と患者さんへの緩和ケアは最初から同列だったのです。

発展途上の緩和医療というステージで、もう少しできることがあるのでは

それから東北大学病院や国立がんセンターで呼吸器内科や肺がん治療に携わり、10年以上の歳月をかけて研究をし、論文を執筆しました。あるとき、ふと「肺がんの領域はもう十分やり切ったのではないか」との思いが頭をよぎりました。

肺がん治療はこの数年での進歩が著しく、次々と新薬が登場しては画期的な発展を遂げてきました。肺がん専門医を目指す若手医師は山のようにいて、彼らへの教育体制も整っています。

そのような環境のなか、果たして本当に私は肺がん治療の世界に必要とされているのだろうか。私がいなくても、この分野は今後も発展していくのではないか―。悩んだ末、私は十分に発展を遂げた肺がんの世界から少し外れて、いまだ発展途上段階にある緩和医療の分野に自分の情熱を注いでいこうと決意したのです。

実は、肺がん専門医を目指して国立がんセンターで研修をしていたときから同センター東病院のホスピスで緩和医療の経験を積んでいたのですが、そこで私の恩師である志真泰夫先生から指導を受けました。

志真先生はコミュニケーションの取り方が上手で、日常的な何気ない会話から患者さんやご家族との信頼関係を構築し、心の奥底にある患者さんの不安や悩み、苦しみを引き出していく人徳の溢れる医師でした。志真先生の診療を見て、この世にはこんな医師がいるのか、と目から鱗が落ちる思いがしました。今思うと、国立がんセンター東病院のホスピスでの経験が、後日私に緩和医療への転換を決意させたのかもしれません。

志真先生は、緩和医療専門医としての私の根幹を作ったも同然です。東北大学で教授になった今でも、私は志真先生の姿を意識して患者さんに接するようにしています。

緩和医療では日常的な会話のなかに大事なことが含まれている

緩和医療専門医は人に感謝されること、人の役に立てたと思える機会が多い仕事だと思います。

緩和ケアとはその人の人生に寄り添うことで成立する医療であり、一人の患者さんとご家族を広く見守る役割を担っています。つまり、すべての患者さんにオーダーメイドの医療を提供することが求められており、緩和医療専門医は、患者さんやご家族が一体何を望んでいるのか、そしてどのような生き方をしたいのかを読み取って、その人にとってできる限りよい選択肢を提案することが大事です。

現代の医療では、薬ひとつをとってみても医師の一方的な判断で処方がなされ、患者さんは医師の指示のまま治療を進められることも少なからずあります。しかし、患者さんの心には治ること以上に大事にしたいものや、伝えたい主張が必ずあるはずです。私はそのような患者さんとご家族の思いを汲み取って、できる範囲で叶えたいと思っているのです。だからこそ、コミュニケーションを最も大切にしています。

私の場合、回診も外来も、世間話の時間をかなり多くとっています。特に外来においては、私自身の娘たちの話をすることもあります。長年私の外来に通っている肺がん患者さんは、私のプライベートなことについてもよくご存じで、会話が弾むこともよくあります。

このような一見医療行為と無関係に思える会話は、その人との関係を作るにあたり非常に重要です。世間話ができる間柄であれば、やがてはその人の価値観や死生観(その人の望む死に方)といった深い話もすることができるからです。

逆にいえば、世間話すらできない間柄の相手に、価値観・死生観を話せるわけがありません。

こうした会話のなかから患者さんの思いを推察し、その人にとって最適なケアのあり方を考え出しています。

私が行った緩和医療が十分に納得いただけるもので、なおかつ患者さんが極めて自然な形で穏やかに最期のときを迎えられたときは喜びとやりがいを感じますが、なかには病の苦しみから抜け出せずに亡くなってしまい、ご家族から「先生がいい治療をしてくれなかったから、あの人は死んでしまった」と厳しいお言葉をいただくこともあります。

このような場面では、やはり私自身も相当つらくなります。いくら全員に満足してもらおうと思っても、なかなかそうはいかない現実があります。しかし、日本のあらゆる診療科に緩和医療の概念は必要だと信じていますし、私は今後もこれを広めていきたいと考えています。

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東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野 教授

井上 彰 先生

秋田大学を卒業後、国立がんセンター、東北大学病院呼吸器内科などを経て、東北大学病院緩和医療科教授。肺がん治療と緩和医療という2つの専門分野を持ち、病気の治療と緩和ケアの双方から患者さんを診療する。肺がんの患者さんを数多く診療してきた経験を活かし、緩和ケアをすべての診療科に広めていきたいという思いで日々活躍している。

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