山口県宇部市にある山口大学医学部附属病院は、県下の地域医療をリードする特定機能病院として各医療圏の病院と緊密に連携する一方、三次救急(命に関わる重症患者に対応する救急医療)を担う最後の砦としても機能しています。
同院は、コロナ禍では全診療科が対応に参加する柔軟な組織運用で全国の注目を集め、柱の一つと定めるがん治療では高齢者に特化したセンターを設置するなど、大学病院としてできることを次々に打ち出し、実績につなげています。病院長の松永 和人先生は、旧来の大学病院の在り方に何が足りないかを正面から見つめ、新たな方向性を示そうと意欲的です。松永先生にお話を伺いました。
山口県の人口分布をほかの都道府県と比較すると、一極集中していない、という特徴があります。人口が中心都市に集中しておらず、県内に広く分散しているのです。こうした特徴がみられるのは山口県以外では、福島県、三重県くらいではないでしょうか。
一極集中傾向にある都道府県では高度な医療機能が中心都市に集まりがちですが、山口県ではそのような偏りがありません。ですから、地域医療を支える診療機能や医師派遣において、大学病院と各医療圏の基幹病院との一層緊密な連携が求められています。そうした中で、山口大学医学部附属病院は地域医療構想の推進にリーダーシップを発揮するだけではなく、県内の三次救急では、全県的な医療の最後の砦として機能しています。国立大学病院で初めて設置された“高度救命救急センター(先進救急医療センター)”を中核とした三次救急ではドクターヘリや小児用ドクターカーも備え、県内全域の救急要請に応えています。
当院はほかにも、さまざまな面で県の先頭に立って医療を提供しています。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった時、当院がECMO(対外式膜型人工肺)での対応を全面的に担ったこともその一例と言えます。また、始まったばかりの最新治療や、ロボット支援下内視鏡手術、高度先進医療の導入と進歩に寄与することも、われわれ大学病院の責務でしょう。総合周産期母子センターで県内のハイリスクな分娩に対応したり、県内唯一の特定機能病院として優れた医療人を育てることも当院の役割の一つです。
一方、当院は、大学病院であり、県下の基幹病院の一つであって、なおかつ山口県医師会と連携する山口大学医師会を設置しているため、地域医療構想の中心として機能しやすい環境を有していることも特徴の一つです。例えば医師派遣を考えた場合、他県では同じ市内の病院であってもそれぞれ派遣元である大学の医局が異なるなど、連携の調整が複雑になることもあるようです。しかし、山口県では山口大学が多くの基幹病院に医師を派遣しているため、大学病院と自治体の連携がスムーズに運びやすいというメリットを感じています。
さて、病院内の各診療科に目を向けると、当院の強みとしてアピールしたいことの一つは、新興感染症に対応した診療体制の完成度です。新型コロナウイルス感染症がパンデミックへと発展した2020年から翌年にかけ、多くの病院では感染者への診療対応に混乱が生じる状態となりました。当時の状況の険しさは、全国の大学病院がコロナ対策の組織をまとめるのに一定の月日を費やしたことからも分かります。そんな中、当院はWHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言した直後の2020年4月、いち早く多職種からなる新型コロナ対策チーム(YUMECO)を設置し、全診療科で感染者に対応する方針を決定しました。重症者の受け入れのために行った院内の感染対策および体制整備、発熱トリアージ外来の設置、ECMOに対応した病室の整備など、数々の施策は大きな成果につながったと自負しています。
私自身、呼吸器・感染症内科の科長としてコロナ禍の毎日を鮮明に記憶していますが、あの時の闘いは山口大学医学部附属病院が一丸となって難局に立ち向かうことができる大きな自信となりました。大学病院が率先して変わることによって、その気運は地域の医療機関にも伝わっていくのではと感じました。
もう一つ、強みとしてご紹介したいのは、がん治療です。例えば、2023年6月に設置した高齢者がん治療センターでは75歳以上のがん患者さんを対象に、手術、化学療法、放射線治療といったがんの3大療法を組み合わせた集学的治療を行います。高齢だからという理由だけで、手術や治療を断るようなことはありません。
がん治療の方法も幅広く整備しています。化学療法では、免疫チェックポイント阻害薬の進歩により、抗がん剤で懸念される副作用が少なくなってきました。放射線治療ではリニアック(直線加速器)と呼ばれる外部照射装置が稼働していますし、手術治療も低侵襲手術センターにてダヴィンチシステムによるロボット支援下内視鏡手術で実績を重ねています。私たちはがんをコントロールするという考えに立ち、多様な選択肢の中から患者さん一人ひとりに最適な治療を提案し、複合的な治療で成果を上げていきたいと考えています。
他方、当院が歴史的に取り組んできた肝疾患についても、肝疾患診療連携拠点病院として、地域の中で重要な役割を果たしています。内科も外科も肝臓に強い医師が揃い、非常に活発です。再生医療などの先端研究にも熱心で、この病院をリードしている分野の一つと言えるでしょう。このほか、今後は膠原病、腎臓病の治療や、リハビリ、総合診療などにもさらに力を入れていきたいと考えています。
次に、今後の計画も含めて当院独自の取り組みに触れたいと思います。一つは、領域横断的なセンターの設置です。現在、当院には先に紹介した高齢者がん治療センターなど8つのセンターがありますが、各分野の専門医が揃う大学病院の強みを生かすため、領域横断的な診療機能の連携をさらに推進していきます。具体的には病院全体のセンター化構想であり、これが実現すれば、同一領域を担当する内科と外科の間で診療科同士の連携が進み、医療提供の効率化、臨床教育の強化を図ることができます。
独自の取り組みはほかにもあります。当院では現在さまざまな規模での再開発整備事業を展開しており、例えば、ホスピタルアートを新たなコンセプトとして導入する試みにも挑戦中です。多様なアートで院内を飾ることによって、とかく無機質になりがちな医療機関に彩りや楽しみが生まれ、患者さんやご家族の方に少しでも心安らかに過ごしていただけたらと願っています。
最後は、サンクスカードです。面と向かって言うのは照れくさい日ごろの感謝の気持ちをカードに書いて相手に伝えるもので、もともとは職員同士の取り組みとして、心理的安全性を高める目的で始められました。これが好評だったため、現在は患者さんと職員の間でもサンクスカードによる交流ができるようになっています。
私たちは大学病院に課された3つの使命──診療、教育、研究を達成するため、一人ひとりの健康と安心の探求と実現を理念とし、医学・医療の発展と医療人の育成に取り組んでまいりました。この理念を反映した基本方針は次の5つです。
①患者さんに寄り添い、安全で良質な医療を提供する
②個性や価値観を尊重し、安心して能力を発揮できる職場環境を創る
③豊かな人間性を持ち、多様な場で活躍できる医療人を育成する
④世界に誇れる先端医療を探求し続ける
⑤持続可能な地域医療の実現に貢献する
これらの理念と基本方針は私の院長就任後に新しく掲げたものです。上の②や③にある、職員にかかわる方針をうたっている大学病院は少ないかもしれません。コロナ禍への対応によって全職員がまとまる経験をしたことで、今、当院は非常に連携を取りやすい状態にあります。これを生かし、今の時代に即した新しい大学病院像を目指して進化していきたいと考えています。皆さまには引き続き当院の変化と発展を見守っていただければと思います。
山口大学医学部附属病院 病院長/山口大学大学院医学系研究科 呼吸器・感染症内科学 教授
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