岩中督先生は東京大学で小児外科学の教授を務めた後、現在は埼玉県立小児医療センターで病院長を務めながら、日本の小児医療と外科医療双方の向上を目指し日々尽力されています。これまでに、先天異常をめぐる以下の4記事をご紹介しました。
「先天異常と小児外科医(1)―先天異常はとても幅が広い」
「先天異常と小児外科医(2)―先天異常のひとつひとつの頻度は低い」
「先天異常と小児外科医(3)―小児外科医を育てるために」
「先天異常と小児外科医(4)―手術の工夫と効果の検証」
これらの記事ではそれぞれ、岩中先生が小児外科医として後進の育成に尽力し、少しでも子どもに良い医療を提供できるようさまざまな工夫をされていたことについてもお話し頂きました。そのなかで岩中先生がご指摘されたのが、一人の小児外科医としての研鑽だけではどうにもならない部分を解決していくための「ビッグデータ」の必要性です。
ここからは、外科医療全体の向上を目指したお話になります。2011年から始まり、岩中先生が代表理事を務める、すべての外科領域学会によるビッグデータの集約である「ナショナルクリニカルデータベース」についてお話しいただきました。
「どの手術が本当に子どもにとって有益かをきちんと検証していかなくてはならない」という意識から、日本の小児外科医すべてが手術をきちんと記録していくことが必要であるという点については、「先天異常と小児外科医(4)―手術の工夫と効果の検証」でお話ししたとおりです。
2011年より、すべての手術において、合併症・患者背景・執刀医など200近くの項目を記録していくという作業が開始されました。この作業は「ナショナルクリニカルデータベース」と言われており、私が代表理事を務めています。日本小児外科学会だけではなく、日本外科学会系すべての学会にも参加してもらうことができました。現在までで、すでに560万件のデータが集まっています。今日では、日本外科学会系ではなかった日本脳神経外科学会も参加しております。
ひとつの例を挙げると、肺がんの開胸手術では「ベッセルシーリングシステム」という器具が保険適応にならず、手術時に有効活用できない状況でした(しかし、その他の内視鏡外科では使われていました)。このシステムは、血管やリンパ管も結ぶことができる画期的なシステムです。これにより手術の所要時間が短縮されることだけは分かっていたのですが、それだけでは健康保険には通りません。
この器具に対して、医療経済の観点からプラスになるのかどうかを、データベースを用いて検証しました。検証したことは、「退院が早くなるのかどうか」ということです。退院が早くなるかどうかは、「胸腔ドレーン」という肺がんの手術後に入れておく管を、手術後どれだけの時間経過で抜けるようになるかが指標になります。
この結果、「ベッセルシーリングシステム」という手術器具の代金を上乗せしたとしても、胸腔ドレーンが早く抜けることが分かりました。つまり、結果として、医療経済においてもプラスになることが分かったのです。良い手術器具を使うことによって退院が早くなれば、患者さんにとっても医療経済にとってもプラスになります。データベースを活用したことで、検証を非常にスピーディーに行うことができました。
上記の例では、データベースが“新たな技術の導入”と“医療費抑制”、2つの観点での提言を可能にしたことを示しました。その他にも、ビッグデータを元にすれば、成績が悪い手術に対してはどのようにプロセスを改めていけばいいのかなどを検証していくことができます。
何か新しい試みをするにも、やはり科学的な検証は常に大切であり、根拠を持って話をすべきだと考えています。
今後、外科領域はナショナルクリニカルデータベースを用いてどんどん進歩していくことが予想されています。また、何か技術革新があった際にはそれがどのような効果を及ぼしていたのかを迅速に計測することができ、それによりPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善のサイクル)を適切にまわすこともできます。