インタビュー

特発性正常圧水頭症の治療。世界をリードしている日本の診断・手術・術後マネジメントとは

特発性正常圧水頭症の治療。世界をリードしている日本の診断・手術・術後マネジメントとは
梶本 宜永 先生

大阪医科大学附属病院 脳神経外科 特任教授

梶本 宜永 先生

この記事の最終更新は2016年02月04日です。

正常圧水頭症の治療はこれまで脳室腹腔シャントというシャント手術が代表的でしたが、最近では医学の発展と研究の進歩により、正常圧水頭症を治療するための手術法やサポート器具、診断方法など、様々な分野で病気を早期発見・早期治療する取り組みが進んでいます。正常圧水頭症における日本の貢献を交えて、正常圧水頭症の治療について大阪医科大学脳神経外科特任教授の梶本宜永先生にお話をお聞きしました。

正常圧水頭症は歴史的には難治性水頭症といわれていました。

1964年、正常圧水頭症という病気の最初の報告が、有名な医学雑誌であるニューイングランド・ジャーナル・メディスンに出されました。その後多くの脳外科医が治療をチャレンジしましたが非常に合併症が多く、良くならない症例も多いという結果でした。そのように非常に予後(治療後の容態の経過)が悪いことから、かつては難治性水頭症という異名が付いていました。この状況を打破すべく、1980年代から厚生労働省の治療研究班が立ち上がり、日本の正常圧水頭症の研究と治療が発展する礎となったのです。

大阪医科大学もこの研究班で、次に述べますシャントバルブ調整について研究を行っていました。

正常圧水頭症は、MRIなどで画像を撮影した際、画像上では脳室が拡大しています。つまり、正常圧水頭症の画像所見は脳萎縮と非常によく似ているのです。

水頭症と脳萎縮を上手く見分ける特徴としてDESH(Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus)という提案が日本でなされ、SINPHONI(多施設共同研究)によって非常に診断に役立つことが証明されました。

脳の水は1日に3回ほど入れ替っており、川のように常に流れています。川が堰き止めらると、上流にはダムのように水が溜まり、下流の水は枯れます。正常圧水頭症もこれと同じで、上流である脳室が拡大し、下流であるくも膜下腔というすき間が狭くなるのです。このような変化はMRIなどの画像でも捉えられますし、それを整理したものがDESHです。これは日本で初めて提唱された所見であり、日本は世界各国と比較しても、最も画像診断の領域で進歩している国といえます。

正常圧水頭症の治療は従来、脳室腹腔シャント手術という手法が取られていました。これは頭蓋骨に小さな穴をあけ、脳室から腹腔までカテーテルを挿入するという手術方法です。脳室腹腔シャントは最も普及している手術であり、カテーテルで脳室から腹腔に髄液を流しだすことで症状の改善を図ります。

しかし、頭に穴を開けて脳にチューブを刺すという行為は、患者さんにとって負担や不安感が伴います。そこで、日本で初めて腰からチューブを入れるという低侵襲な手術が確立されたのです。これを腰椎腹腔シャントと呼びます。

腰椎腹腔シャントは、腰椎のくも膜下腔から腹腔へ髄液を排出させる仕組みであり、脳室腹腔シャントと腰椎腹腔シャントでは、治療成績が同等であることも証明されています。最近では、頭や脳を傷つけない手法として腰椎腹腔シャントが選択されるようになってきています。大阪医科大学においても、手術に伴うトラブルの原因を一つ一つ突き止め、術式を改良しましたので手術成績は非常に良好です。また、日本のSINPHONI-2という研究では、この腰椎腹腔シャントの治療成績が非常に良いことが証明され、2015年にランセットという有名な欧文雑誌に報告されました。

脳室―腹腔シャントと腰椎―腹腔シャントの比較図

シャント術とは、余分に溜まった脳の水をお腹に流すための通り道となるチューブを入れる手術です。手術が治療のスタートであり、症状が改善するかどうかは、チューブの中を過不足なく適切な水が流れるのかによります。流れ過ぎると頭痛慢性硬膜下血腫という合併症がおこります。また、流れが不足すると水頭症の症状は十分に改善しません。

1980年代までは、バルブ圧が固定されているタイプのシャントシステムが使われていました。しかし、流量が上手く合わない場合には、流れを合わせるための再手術しか方法が有りませんでした。そこで、その髄液の流れを微妙に絞ったり開けたりして調整できるバルブ(圧可変式バルブ)が、1980年代に開発されました。製品にもよりますが圧可変式バルブでは3〜18段階に流れを調整できるようになったのです。

この開発により、流れを調節するために手術をしなくて済むようになりました。しかし、どの段階に合わせるかに関して、科学的な指針はありませんでした。外科医の経験や見解をもとに試行錯誤することで流れを調整していたのです。これでは、合併症も増えてしまいます。

この状況を打破するために、大阪医科大学では1990年代から難治性水頭症の治療研究班員として最適なバルブ設定についての研究を行いました。

シャントとは、脳の水とお腹をつなぐ単なるチューブです。その水の流れは脳とお腹の圧力差と落差よって決まります。このうちお腹の圧力は、肥満度に影響を受けます。太った太鼓腹の方では腹圧は高く、逆に痩せた方では腹圧は低いのです。落差も背の高い方は大きく、背の低い方は小さくなります。

つまり、痩せ型で背の高い方では非常に流れやすく、肥満で背の低い方が流れにくいのです。

多くの患者の圧力を詳細に調べた結果、身長から落差が、身長と体重の肥満度によってお腹の圧力が推定できました。同時に、身長と体重から最適なバルブの設定を割り出すことができるようになりました。さらに先ほどのSINPHONI研究では、体格によるバルブの調整が非常に優れていることが証明されました。

まとめると、適切な画像診断と低侵襲手術とバルブの管理、この3点が、日本が初めて開発した技術といえます。

特発性正常圧水頭症であるかどうかは、専門医であればCTを一枚撮るだけでわかってしまいます。だからこそ、MRIが世界一普及しており画像診断が発展している日本は正常圧水頭症を発見しやすいといえます。しかし、病気自体が多くの医師や社会全体に知られていないことが問題なのです。

正常圧水頭症の患者さんのうち5人に4人は未治療です。その方々に、どのようにして治療段階まで至っていただくかが今後の課題です。一般の方や周りのご家族も正常圧水頭症を疑う症状が出ている方がいたら、よく注意する必要があります。早く気づけば気づくほど正常圧水頭症は軽症で済みますし、後遺症も残ることはありません。一人一人が正常圧水頭症についての理解を深め、身の回りに疑わしき方がいらっしゃったら、是非一度、正常圧水頭症を専門に取り扱う脳神経外科を受診されることをお勧めします。

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