インタビュー

職場復帰支援がめざすもの―メンタルヘルス支援プログラムのなかで

職場復帰支援がめざすもの―メンタルヘルス支援プログラムのなかで
白波瀬 丈一郎 先生

東京都済生会中央病院 健康デザインセンター センター長

白波瀬 丈一郎 先生

この記事の最終更新は2015年10月15日です。

慶応義塾大学ストレス研究センター副センター長の白波瀬丈一郎先生は精神療法をご専門とされ、KEAP(KEIO Employee Assistance Program)という、職場復帰支援を中心としたメンタルヘルス支援プログラムを開発されました。今回はメンタルヘルス不調になった人の職場復帰支援とその社会的意義についてお話をうかがいました。

職場復帰支援のためのプログラム:KEAPを実践していく中で、「先生たちは厳しすぎます」「もう少しゆっくりやらせてください」といった声もあります。しかし、われわれはこう考えています。

メンタルヘルス不調になる要因には、職場の作業環境や作業そのもの、あるいは本人の健康状態といったさまざまなことが重なっていますので、けっして本人だけのせいにはできませんが、つまずいた本人にも要因はあると考えます。

つらい思いをされ、傷ついて休まなければならなくなったことについては、大変な思いをされたことを十分汲みとって接する必要はあろうと思います。しかし、われわれがただ優しくしていれば、その方がまたいきいきと仕事ができるようになるわけではありません。

今後もその会社で、あるいは社会の中で働き続けられるようになるためにわれわれができることは何かと考えたときに、このつまずきから何を学び、どう変わるかをお手伝いすることがわれわれの役割であると考えます。そのことがKEAPというメンタルヘルス支援プログラムの中にもあらわれています。

つまずかないように職場復帰できることは一番望ましいことですが、つまずかなければならない課題をまだ持っている人は、われわれが支援している間にちゃんとつまずいて、しっかりと直していただくということが大事です。

復帰後、われわれが支援する半年間を、周囲が腫れ物に触るように過ごして乗り切ったとしても、その後の長い年月をその場で働き続けるだけの力を身に付けていなければ意味がないのです。

一方でこのような考え方には、冒頭に述べたように職場のメンタルヘルス不調にさまざまな要因がある中で、その理由をあたかも個人の病気の問題であるかのように扱い、医療によって対処することで、企業側が努力すべき課題を免責することにつながるのではないかという批判もあります。

実際にそういった危険性があることは認識していますし、支援を行うにあたってわれわれは十分に注意を払う必要があります。しかし、一定のリスクを冒してもわれわれがこの領域に足を踏み入れた理由のひとつに、社会保障制度の問題があります。

皆さんご承知のとおり、社会保障費は増加の一途をたどり、国家財政を圧迫しています。この社会保障費、医療費の財源は何かといえば、それは企業とそこで働く人たちが生み出しているものです。

社会保障制度を維持するためには、働く人が不可欠です。メンタルヘルス不調になって働けなくなった人たちを少しでも働けるようにすること、言い換えれば、今まで社会保障制度を支えていた人たちが、制度によって支えられる側に回ってしまうのをひとりでも減らすよう努力すべきではないかと考えるのです。

あえて誤解を恐れずに申し上げるならば、精神科の治療においても、われわれが持っているあらゆるスキルを駆使して、患者さんが納税者になるところまでが治療である、ということです。

精神科医療の現実として、相当数の患者さんにおいて、社会的支援を受けながら生活することが治療のゴールとなるという限界が存在しています。言い換えれば、われわれの医療は社会の理解と協力があってはじめて成立するという側面があります。その意味で、上記の目標は、すべての患者さんを納税者にするということではありません。

社会的支援を受けながら生活することをゴールとせざるをえない患者さんを、社会が引き受けることのできる、その「席」を社会に確保するために、われわれ精神科医療に携わる者には努力、貢献をする義務があると考えるのです。

精神科医療が社会に貢献できることには、精神疾患の原因の究明、治療法の精緻化などさまざまなものがあると考えます。その中で、私は患者さんの「働く能力」を再生し最大限に高める支援を行うことを通して、一人でも多くの患者さんに「働く人」、「税金を納める人」になってもらうことで、上記の「席」を少しでも多く確保できるよう、貢献したいと考える次第です。

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