慶応義塾大学ストレス研究センター副センター長の白波瀬丈一郎先生は精神療法をご専門とされ、KEAP(KEIO Employee Assistance Program)という、職場復帰支援を中心としたメンタルヘルス支援プログラムを開発されました。今回は産業精神医学の成り立ちやその概要についてお話をうかがいました。
産業医学の発祥は産業革命にあったと考えられます。労働者の権利を守るということのひとつの側面として、労働者の健康を守るという発想が出てきました。その具体的な方法論として、産業の場面に医学の専門家が入っていき、労働にまつわる健康被害を防ごうというのが元々の発想であろうと考えられます。
したがって、アプローチとしてはまず「予防」が先にあります。危険を伴う現場にいる労働者が、その危険に遭遇しないように「予防」するということであり、その点が医学・医療との違いでもあります。
産業医学が、病気をどうやって起こさせないようにするかというアプローチであるのに対し、一般的な医学の場合は、かかった病気をどうやって治すかというアプローチが中心となります。予防医学と治療医学の違いと言い換えることもできます。
労働現場で病気を起こさせないようにするための方法論として、労働衛生の「三管理」と呼ばれるものがあります。1.作業環境管理 2.作業管理 3.健康管理の3つです。この三管理においては順序も重要です。健康被害を引き起こすような環境(作業環境)を改善することから始まり、最後に労働者個人の健康を管理するという流れになります。
以上のことをまとめると産業医学の特色は、「予防」というアプローチ、そして作業環境改善から入って個人の健康管理に至る「三管理」の流れという2点に集約されます。
産業医学において、結核などの感染症の流行をどう防ぐかといった問題が大きなテーマとなった時代がありました。呼吸器科や内科の医師が産業医として関わることが多かった理由のひとつには、そういった背景があると考えられます。
やがて時代が進み、職場環境が改善され、感染症のコントロールもできるようになってくると、労働現場には別の変化が起こりました。業務のオートメーション化や高度化によって精神的なストレスを被る人が増加したのです。
メンタルヘルスが注目されるようになった背景には、精神的ストレスの増加という側面もありますが、感染症対策が一段落して他のテーマに注意を向けるようになったという要因も入り交じっていると考えます。
もちろん、生産現場では現在も事故防止は重要な位置を占めています。しかし、社会全体の傾向として、一般的なオフィスなどでは物理的に事故やけがを引き起こす要因が減少しています。そのほかには、日本型の終身雇用・年功序列社会からグローバリゼーションへの流れなども、精神的ストレス増加の一因になっていると考えられます。
現在はメンタルヘルスの重要性がクローズアップされており、産業医学の場でも精神科医のニーズが高くなっています。しかし、かつて呼吸器科や内科を専門としていた産業医がメンタルヘルスへの対応を求められているように、産業医学の領域に入ってきている精神科医もまた、社会全体のニーズが変わるとともに別のテーマへ向かっていくことになるのかもしれません。
東京都済生会中央病院 健康デザインセンター センター長
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