慶応義塾大学ストレス研究センター副センター長の白波瀬丈一郎先生は精神療法をご専門とされ、KEAP(KEIO Employee Assistance Program)という、職場復帰支援を中心としたメンタルヘルス支援プログラムを開発されました。今回は力動学的精神療法についてお話をうかがいました。
精神医学はこれまで職場のメンタルヘルスに医学モデルで対応してきました。「この人はうつ病だから働けなくなりました」「うつ病がよくなれば働けるようになる」というのが医学モデルです。したがって精神科医は「うつ病がよくなったか、よくなっていないか」という点で判断をしていました。
しかし、現場で起きていることは単純ではありません。ある種の不適応が起きているために働けなくなっているのであり、うつ病というのはその要因のひとつに過ぎません。したがって、うつ病だけがよくなったからといって、その人が働けるようになるわけではないのです。
そこにはある種のギャップが存在しており、職場で起きているメンタルヘルス不調に対応するには医学モデルだけでは不十分であると考えます。不適応ということ自体をどう扱うか、つまり、職場に適応できていない現状をどうやって適応させていくかが問題なのです。
ここでも固定的な因果関係―原因があるから結果があるという考え方を持ち込んで「何が原因なのか」「何が悪いのか」という犯人探しをしてしまいがちです。しかし、実際の世の中では、たとえばトヨタの「カイゼン」がそうであるように、何が悪いかではなく、ここをよくしたら全体がよくなるのではないか、ということを考えるべきなのです。
われわれのアプローチも同じことです。本当にそれが原因かどうかは分からなくとも、この不適応状態の中で改善しうるものは何かということを見つけ、それを実践してみる。そのことにより状況のフェーズが変わってうまくいくことがあったり、あるいは新たな問題点や課題が発生したりします。
この場は常に動き続けており、その中で対応できるものには対応しながら、全体としては良い方向に進めていこうという、日々の繰り返しの中で進むプロセスが重要なのだと考えます。
元々の医学モデルは非常にシンプルなもので、感染症はその最たるもののひとつです。悪い原因(微生物)があり、これをやっつければ人間は元気になる、というものです。現在もなお産業の場において、そのような考えにとどまっている部分が見受けられますが、今やそういった単純な図式で解決できる局面は少ないでしょう。
さまざまな因果関係の中で「今」ができあがっていて、ある部分が動けば今の状況も変わっていき、常に動き続けているものであるととらえたときに、われわれが精神医学的な考え方でどうやって関わっていけるのか、それが「力動的精神医学」という考え方です。
動き続けている中で、全体をいかにより望ましい方向へ持っていくかということを試行し続ける、ある種の精神医学的なアプローチであるといえるでしょう。
東京都済生会中央病院 健康デザインセンター センター長
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