前置胎盤に合併することの多い「癒着胎盤」は、母体死亡の原因にもなり得る非常に危険な疾患です。分娩前にあらかじめ癒着胎盤を診断することはできるのでしょうか。また、癒着胎盤の可能性は、どのような時に上昇するのでしょうか。央優会レディースクリニックの院長、種元智洋先生にお話しいただきました。
通常、胎盤は分娩時に自然に剥がれ、体外へと排出されます。しかし、前置胎盤のうちの5~10%は、胎盤が子宮(子宮筋層)に癒着してしまい剥がれていかない「癒着胎盤」を合併する可能性があります。
癒着胎盤は、癒着した胎盤の一部が剥がれたり、分娩後に胎盤を取り出す際に大量出血を起こす可能性が高い、非常に危険な合併症です。母体死亡率も低くはない疾患であり、分娩時に生命にかかわる大量出血を起こした場合は、動脈血流遮断や子宮摘出の処置をとることもあります。
現在のところ、前置胎盤に癒着胎盤が合併しているかどうかを、術前に診断あるいは否定できる方法は存在しません。超音波所見やMRI検査から癒着の可能性を疑うことはできますが、あくまで「疑い」であり、出血の程度なども分娩時まで正確にはわかりません。しかし、たとえ空振り(癒着胎盤ではなかった)でも良いので、術前に最も回避すべきリスクを把握しておき、それに備えた管理・手術を行うことが重要であると私は考えています。具体的には、前回も述べましたが、術前より癒着が疑われる場合は、帝王切開の際に縦切開を選ぶなど、万が一の時を考慮した対応をしています。
前置癒着胎盤(前置胎盤に癒着胎盤が合併していること)の可能性は、帝王切開の回数が増えるごとに上がります。初回の帝王切開では3%であるのに対して、2回目の帝王切開の時は11%、3回目では39%と、どんどん上昇していくという報告もなされています。
また、帝王切開だけではなく筋腫の手術など、子宮切開の既往も前置癒着胎盤のリスク因子となります。このほか、全前置胎盤の場合や、前回の帝王切開の傷に胎盤がかかっている時も可能性が高くなるため、癒着胎盤の合併を考慮して慎重に対応する必要があります。
前置胎盤については、ぜひ次の2つのことを同時に知っておいていただければと思います。ひとつは、癒着胎盤のような危険な合併症や、場合によっては輸血や子宮摘出の必要もあるというリスクについて。もうひとつは、これとは逆に、妊娠20週前後に疑いがあると言われた場合でも7~9割は前置胎盤ではなく、そのように見えているだけであるということです。
また、今現在は妊娠を考えていない方や若年層の方にも、出産適齢期は20代後半ごろであるということと、高齢出産のリスクについては知っていて欲しいと考えています。高齢出産は、前置胎盤だけでなく、妊娠高血圧症候群などのリスク因子でもあります。高齢出産の定義は35歳以上とされていますが、体はある年齢に達したら急にスイッチが切り替わるというものではありません。リスクはゆっくりと少しずつ上がっていき、妊娠しやすさも低下していってしまいます。
こういったことをご存知でない方もまだまだいらっしゃるので、まずは「知ってもらう」ことが大切だと感じています。もちろん、妊娠や出産の年齢は、社会的な背景やその人の仕事や結婚など、様々な事情が関係するので、必ず適齢期に出産をすべきというわけではありません。けれども、リスクを知る機会がないまま出産が遅れていってしまうといった状況は、改善していくべきものであると感じています。
央優会レディースクリニック 院長
央優会レディースクリニック 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本周産期・新生児医学会 指導医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本超音波医学会 超音波専門医日本臨床細胞学会 細胞診専門医
東京慈恵会医科大学を卒業後、町田市立病院、国立成育研究医療センター 周産期診療部産科医員、東京慈恵会医科大学附属病院 総合母子健康医療センターの産科病棟医長を経て、現在は央優会レディースクリニック 院長および千葉大学大学院医学研究院総合医科学講座 特任准教授を務めている。出生前の超音波診断などを専門とする周産期医療のエキスパートであり、正常分娩から合併症妊娠まで、日々あらゆる症例に対応している。
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