女性にとっての大きなライフイベントである妊娠・出産は、ときに生命をおびやかすほどのリスクを伴います。その中でも、分娩時や分娩後の大量出血は、医療技術が進歩した現代においても妊産婦死亡原因のトップを占めており、妊婦さんだけでなく産科医も常にリスクを念頭に置き、最悪の事態を防ぐための努力を続けています。今回は、母体からの大量出血の原因として知られる「前置胎盤」の治療法について、順天堂大学医学部婦人科講座准教授の牧野真太郎先生にお話しいただきました。
冒頭でも述べたように、周産期(妊娠22週から生後満7日未満までの期間)の母体死亡の主な原因は「出血」であり、生命を左右するほどの分娩時・分娩後の出血は妊産婦の300人に約1人という割合で起きています。
2015年に「妊産婦死亡検討評価委員」として、49例の産科危機的出血(分娩時・分娩後の大量出血のこと)による母体死亡の原因疾患を調査したデータからは、次のような疾患が原因であることがわかりました。
(平成27年8月「母体安全への提言2014 vol.5」より)
これらの疾患により大量出血を起こした妊婦さんの命を守るためには、手術中の素早い止血や輸血が必要になります。
本記事では、止血が難しいとされる「前置胎盤(ぜんちたいばん)」に焦点を当て、分娩後の大量出血に備えて産科医が行う準備についてお話しします。
「前置胎盤」とは、通常子宮の天井側に形成される胎盤が低い位置に形成され、胎盤の一部もしくはすべてが子宮内口にかかってしまう「ハイリスク妊娠」のひとつです。
正常妊娠の場合は、赤ちゃんが生まれて胎盤が剥がれた後、子宮の筋肉による収縮が起こり、自然に出血が減少していきます。これを「生物学的結紮(けっさつ)」といいます。しかし、前置胎盤の場合に胎盤が形成される子宮の下部や頸部は、もともと筋組織が少なく収縮が弱いため、生物学的結紮がうまく機能しません。この結果、胎盤が剥がれた部分(胎盤剥離面)から出血が止まらないという危険な事態に陥るのです。
前置胎盤により起きた出血のコントロールは、正常妊娠で起こる出血(子宮体部の出血)に比べ難しいものになります。この原因を理解するには、妊娠時に子宮周囲のどの大動脈が使われているかを理解する必要があります。
妊娠していないときに子宮へと酸素や栄養を届ける役割を果たしているのは、内腸骨動脈という大動脈から枝分かれする血管であり、妊娠中でもほとんどの血液供給は内腸骨動脈系により行われています。そのため、分娩時や分娩後に出血したときには、内腸骨動脈の血流を遮断することで出血量を抑えることができます。しかし、前置胎盤の場合は、栄養を供給すべき胎盤が子宮下部にできるため、内腸骨動脈系だけではなく、本来は足(下肢)へと血液を導く外腸骨動脈系の血流も増加します。このため、前置胎盤や前置胎盤に合併することが多い癒着胎盤による出血量を減少させるのは困難なものになるのです。
前置胎盤には予防法や妊娠中の治療法は存在しないため、分娩時の大量出血に備えた対応をすることが重要になります。前置胎盤と診断された方は、貧血や低体重などでなければ、あらかじめ2、3回の自己血貯血(自分自身の血液を手術に備えて採血し、貯めておくこと)をします。病院では、自己血では足りないほどの出血が起きた場合に備えて、帝王切開前に同種血輸血の確保を万全にしておきます。
母体は出血量が1500mlを超えると頻脈や低血圧を呈し、3000mlを超えると顕著な血圧低下や無尿が進行して、出血性ショックからDICに至ります。
本来であれば、血管内の血液は固まることなく流れ、体外へと出た血液は自然に固まります。DICとは、多量の出血により血液を凝固させる成分が流れ出てしまい、上記のように自然に止血することができなくなって、出血が止まらなくなる状態のことをいいます。
特に、前置胎盤に癒着胎盤を合併している場合は、ほとんどの症例で自己血では補いきれないほどの出血を起こすため、輸血用の血液を十分に確保して帝王切開に臨むことが大切です。また、「セルセーバー」と呼ばれる、自己血を回収して輸血するための装置も用意します。セルセーバーは、手術中に体外へと出た血液を回収し、必要な処理をしたあと、再び体内に戻すための装置です。産科の手術においては、羊水が血液に混入する危険があるとして使用範囲は限られていますが、前置胎盤や癒着胎盤など、大量出血のリスクが高い帝王切開術では使用されています。
アメリカでは、前置胎盤以外の帝王切開時においても、出血に対する処置にセルセーバーが使用されています。実際に順天堂大学でも5人のデータをとって基礎研究を行ったところ、どの赤血球からも羊水は検出されませんでした。日本でも、出血を伴う様々な産科手術に、セルセーバーを導入できるようになればと願っています。セルセーバーでは血液の凝固因子は補充できませんので、あくまで「貧血の改善」のために使用することになります。
順天堂大学大学院医学研究科 産婦人科学教授、順天堂大学医学部附属浦安病院 産婦人科科長
関連の医療相談が5件あります
8センチの無症状漿膜内筋腫をとるべきか
不妊外来に通っていて、先日MRIで漿膜内筋腫が8センチ超あるため、妊娠を考えるなら開腹手術が必要だと言われました。しかし、開腹手術をしたあとの妊娠での子宮破裂のリスクや半年避妊が必要なことなどから躊躇っております。現在無症状ですが、手術すべきなのでしょうか。
うすいピンクのおりものが出ます
本日で、妊娠4週6日になります。 昨日から、ピンクのおりものが出たり、出なかったりします。 胎嚢確認前なのですが、このまま妊娠継続に問題はありますでしょうか。 よくあることなのでしょうか。 強い腹痛はありません。 よろしくお願いいたします。
妊娠検査薬
妊娠検査薬について質問です。 4回検査し全て陽性反応が出ましたが、毎回時間がかかります。 ・1回目…受精日から11日目(生理予定日2日前)に早期妊娠検査薬で陽性。最初はうっすら見えていたのが10分後くらいにみるとはっきり見えていた。 ・2回目…受精日から12日目。(生理予定日前日) 前日の判定に自信がなくもう一度早期妊娠検査薬で検査。 前日と同じような状況で陽性。 ・3回目…受精日から14日目。(生理予定日の次の日) 生理予定日1週間後から使用できる検査薬にて陽性。 最初はうっすらだったが約3分後に少し濃くなる。 ・4回目…受精日から19日目。(生理6日遅れ) 最初はうっすらだったが約5分後に少し濃くなる。 何度検査しても妊娠検査薬の陽性判定が濃くならないこと、判定に少し時間がかかることが気になります。 まだ病院には行っていませんが、どのような可能性が考えられるでしょうか。 一度、稽留流産を経験しており不安です。 よろしくお願い致します。
5年前に出産後に弛緩出血。次の分娩スタイルは?
初めまして。 なかなか生理が来ないと思い妊娠検査薬をしたところ陽性反応がでました。 嬉しい反面、不安も。 5年前に次男を出産した際、弛緩出血を起こしてしまいました。 41週での出産で、微弱陣痛だった為促進剤を使用しました。 胎盤を取り出した後、出血が収まらず処置。その後退院して自宅に帰った翌日に大量の出血。 緊急入院→手術といった流れでした。 そして、最近新たに命を授かったのですがやはり前回の弛緩出血が怖くて無事に出産できるか不安です。 弛緩出血を起こした次の出産では帝王切開になるのでしょうか。 または経膣分娩になるのでしょうか。 出産は第二子を出産した産婦人科でしたいと考えています(大きな病院で体制は整っています)。 因みに1人目は産後すぐ膣壁血腫になり手術しました。 宜しくお願い致します。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「前置胎盤」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。