小児外科の中で一番患者数が多いといわれる鼠径(そけい)ヘルニアは、腸などの内臓が元ある位置を越えて外側にはみ出てしまう疾患です。小児の鼠径ヘルニアは生まれつき(発生学的)の原因で起こるため、膨らんだ部分を手で押し戻すことで、脱出していた臓器を元の位置に戻すことができます。ところが症状が進行し病状が悪化すると、脱出した臓器が戻らなくなり、痛みや腫れを伴う嵌頓(かんとん)を引き起こすことがあります。脱腸がみられるだけであれば緊急の治療は不要ですが、万が一嵌頓を発症した場合は手術治療が適応となります。嵌頓は1歳以下の乳児に起こりやすいため、親御さんが子どもの様子をよく観察することが大事です。今回は小児鼠径ヘルニアの原因・症状・診断・治療法について、名古屋大学小児外科 教授の内田広夫先生にお話しいただきます。
鼠径ヘルニアは、腸などの内臓の一部が本来あるべき位置を越えて皮膚の下に飛び出てしまう疾患で、脱腸とも呼ばれます。小児外科を受診される患者さんの中で一番多い疾患といわれ、子どもの約30人に1人は鼠径ヘルニアを発症するとされています。
鼠経ヘルニアは、外鼠経ヘルニアと内鼠経ヘルニアの2種類に大別されます。
外鼠径ヘルニアとは、お腹のなかから内鼠経輪というところを通って腸が出てきてしまう病態です。一方内鼠径ヘルニアは、内鼠経輪を経由せずに腸が飛び出てきます。
小児鼠径ヘルニアの99.5%以上は外鼠経ヘルニアといわれています。
胎児期には、お腹の中から陰部に達する腹膜鞘状突起(腹部の内側を覆っている腹膜の一部が突起状に伸びたもの)というトンネルが存在します。腹膜鞘状突起の付近には、男児であれば精巣血管や精管、女児であれば子宮を支える靭帯が通っています。男児の場合、精巣はまず腎臓の下に発生します。そこから腹膜鞘状突起を引き伸ばすような形でゆっくりと降下し、満期ごろにようやく陰嚢まで到達します。
通常であれば陰嚢の降下後、腹膜鞘状突起も産まれる前に自然と閉鎖されます。しかし、何らかの原因で腹膜鞘状突起が出生前に閉じられず、出生後も残ってしまうことがあります。この状態が鼠経ヘルニアです。鼠径部に穴が開いているので、腸や卵巣がこの部分に飛び出したり戻ったりしてしまいます。
発生学的にみた小児鼠径ヘルニアの原因
鼠経ヘルニアは、男児女児同様にみられます。また、鼠径ヘルニアを発症するほど腹膜鞘状突起は大きく開いていないものの、根元が閉じておらず腹水が通る程度のトンネルが残っている場合は、男児で陰嚢水腫(陰嚢に水が溜まる病気で、多くは片方だけで起こる)や精索水腫、女児でヌック管水腫を発症する恐れがあります。
鼠径ヘルニアと精巣水腫、精索水腫
陰嚢水腫や精索水腫は腹膜鞘状突起に水が出入りする疾患で、早朝には水腫が小さく夜間に大きくなるという特徴を持ちます。
前項で述べた通り、小児鼠径ヘルニアは発生学的な要因によって発症するため、生じたトンネルを閉じるだけで治療できます。一方、大人の鼠経ヘルニアは、加齢に伴う筋肉の低下が原因で生じます。そのため鼠径部を閉じるだけでは再発してしまいます。大人の鼠径ヘルニアの場合は、弱くなった筋肉を補強しなければなりません。
鼠径ヘルニアの最も特徴的な症状は「鼠径部の膨れ」です。脱腸しているだけであればその他の症状はなく、手で押すことで簡単に元に戻ります。
男児の鼠径ヘルニア(画像提供:名古屋大学小児外科)
女児の鼠径ヘルニア(画像提供:名古屋大学小児外科)
ただし、この症状が繰り返された結果、後述するヘルニア嵌頓(かんとん)に症状が進行すると、腫れがひどくなり強い腹痛が起こります。
膨れた部分がカチカチに堅くなり、手で押しても元に戻らないときは早急に病院を受診しましょう。
通常、まずは視診及び触診を行い、鼠径部の膨らみと脱腸が確認できれば鼠径ヘルニアと診断されます。
エコー検査で別の疾患の可能性を除外し、何の臓器が飛び出ているかを確認する場合もあります。ただし、腹膜鞘状突起自体をエコーでみることはできないため、無症状のときにエコー検査を行っても何も確認できないことも多くあります。
子どもの鼠径ヘルニアを発見した親御さんは慌てて病院に来られることが多いのですが、鼠径ヘルニアであっても、膨らんでいる部分が柔らかければ問題はありません。小児の鼠径ヘルニアは生後6か月までに自然治癒する可能性があるからです。
6か月以前にみつかった場合、重症化(後述するヘルニア嵌頓)しない限りは我々小児外科が手で整復を施すのみにとどめ、しばらくの間は経過観察となります。なお先に述べた陰嚢水腫や精索水腫、ヌック管水腫の場合はさらに経過観察期間が長く、6歳前後まで様子をみるケースもあります。
6か月経過しても腹膜鞘状突起の穴が自然に封鎖されない場合は、手術を行う必要があります。
鼠径ヘルニア手術は非常にポピュラーな手術で、本邦における16歳未満の小児の全手術数46,000件のうち、鼠径ヘルニア手術は2万件近くを占めています。ですから、小児外科手術は鼠径ヘルニア手術が中心といっても過言ではありません。
現在のところ、このうち5,000例程度が低侵襲で傷跡の残らない腹腔鏡下手術で行われているといわれています。
(小児鼠径ヘルニアの腹腔鏡下手術治療については『鼠径ヘルニア(脱腸)が内視鏡手術で完治する?「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術」の開発』をご参照ください)
鼠径部が膨らんでいるだけの状態であれば特別な治療は必要ありませんが、鼠径部が赤く腫れてカチカチに堅くなってきた場合はヘルニア嵌頓の恐れがあります。この場合はすぐに医師の診察が必要です。
ヘルニア嵌頓(腸が腹壁の隙間から脱出し、もとに戻らなくなった状態)
(画像提供:名古屋大学小児外科)
ヘルニア嵌頓とは、腸がヘルニア部分にはまり込んで首を絞められたような状態になり、押しても元に戻らなくなった状態を指します。
鼠径ヘルニアがヘルニア嵌頓に進行するとはまり込んだ腸への血流が途絶えるため、処置をしなければ腸の一部が壊死してしまいます。ただし腸が壊死に至るまでに1日以上の時間がかかるので、すぐに小児外科で整復してもらえば重篤に陥ることはありません。
ヘルニア嵌頓の発症から時間が経過しており飛び出している腸管の壊死が疑われる場合は、6か月未満の赤ちゃんであっても緊急手術を行います。
また、女児の場合は鼠径部に腸ではなく卵巣が出てしまっている場合があります。卵巣は腸よりも鼠径部でねじれやすく、壊死に進行する可能性が高いため、卵巣が飛び出していることがわかった場合も同様、早急に手術を行います。
鼠径ヘルニアの手術には鼠径部を切開する開腹手術と傷跡がほとんど残らない腹腔鏡下手術の2種類があります。私が考案した「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術(SILPEC法)」は、おへそに1つの穴を開けて(単孔式)、その中に細径内視鏡とSILPEC鉗子をいれて手術を行います。この術式は体への負担が少なく、両側の鼠径部の治療を同時に行うことができるという特徴があります。手術成績は鼠径部切開と同等の水準で、術後の痛みや日常生活への影響も少ないです。
(小児鼠径ヘルニアの腹腔鏡下手術治療については『鼠径ヘルニア(脱腸)が内視鏡手術で完治する?「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術」の開発』をご参照ください)
嵌頓になる頻度は鼠径ヘルニアの患者さんのうち10%にも満たないほどですが、嵌頓の多くは1歳以下の赤ちゃんに起こります。この時期の子どもは自分で症状を訴えることができません。そのため、親御さんが子どものヘルニアの様子をしっかりと観察することが重要です。
鼠径部が堅く、押しても元の位置に戻らない状態が数時間続いた場合はすぐに救急車を呼び、医師の診察を受けてください。
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名古屋大学大学院医学系研究科 小児外科学教授
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