生まれつきの病気により、生まれてすぐに手術が必要になる子どもがいます。また、成長していくなかで鼠径ヘルニアや虫垂炎などを発症し手術が必要となることもあります。子どもはこれから成長、発達していきますが、手術によって傷跡が残ったり、手術の身体的負担が大きくなりすぎる場合はこの成長発達を妨げ、日常生活にハンディキャップを課してしまう危険性が高まります。子どもがこれから長い人生を送るうえでは、手術による心と身体の傷を最小限に抑えることが重要になります。だからこそ、小児外科では低侵襲手術の積極的な適応が求められます。
名古屋大学医学部附属病院小児外科教授の内田広夫先生にお話しいただきました。
外科的手術が必要となる子どもの病気は様々で、同じ病気でも手術が適応になる場合とならない場合がありますが、名古屋大学医学部附属病院小児外科では、主に下記の疾患を対象としています。
とくに鼠径ヘルニアは、小児で最も手術症例が多い病気ということが知られています。
(鼠径ヘルニアの手術については記事2『鼠径ヘルニアが内視鏡手術で完治する? 「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術」の開発』で詳しくご紹介します)
小児外科と成人を対象にした外科との違いは「診る患者さんと対象疾患の幅広さ」にあります。成人の体格や骨格はある程度定まっており、基本的にそこから成長することはありませんが、子どもは1歳年齢が違うだけでも体格や骨格が異なってきます。小児外科では非常に小さな赤ちゃんから体重50㎏前後の大きな子どもまでを診療し、またひとつの診療科で全身の多種多様な疾患を担当しています。
たとえば首の嚢胞性疾患(のうほうせいしっかん:膿や唾液、血液などが袋状に貯留する病気)の場合、大人では内分泌代謝科や耳鼻科が担当となり、また、肺の疾患であれば呼吸器外科、腹部の疾患では消化器外科や肝胆膵外科、腎臓や膀胱などでは泌尿器科,生殖器系であれば婦人科など、病気になった臓器に対して担当診療科が定められています。一方、小児外科はこれらの外科疾患をすべてカバーしなければなりません。
ですから、小児外科は麻酔科、小児科、産婦人科をはじめとして、あらゆる診療科との協力と連携が必要不可欠です。
私は、子どもにこそ最も低侵襲手術(身体的負担が少ない手術)が必要であり利点も大きいと考えています。その理由は、子どもが成長・発達する時期であり、侵襲性の高い手術は子どもの発達に影響する可能性があるからです。
成長期である子どもはこれから大きく発達していきます。手術でその健全な発達過程を阻害してしまうと、その子どもの将来に身体的・精神的なハンディキャップを背負わせてしまうことになります(たとえば「体の傷を他人に見せたくない」など)。これはあってはならないことです。
たとえ自分自身があまり気にしていなかったとしても、大きな傷があることはそれだけでハンディキャップとなり得る可能性があります。
私は、手術創(手術のきず)を小さくすることでこうしたハンディキャップをなくしていきたいと考えており、実際にその信念のもとで手術を行っています。
では、低侵襲な手術にはどのような方法があるのでしょうか。
小児外科における低侵襲手術では内視鏡手術(記事2『鼠径ヘルニアが内視鏡手術で完治する? 「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術」の開発』でご紹介する鼠径ヘルニアへの腹腔鏡下手術など)が代表的で、名古屋大学では、全症例のうち約半数を内視鏡手術で行っています。
内視鏡手術以外には、たとえば腸閉鎖症という病気に対する手術の場合、おへそから小さな機械を使用して行う方法などもあります。腸閉鎖症は先天性の病気であり、生まれつき腸の一部が途切れてしまっている状態です。この病気に対する手術では、おへそにごくわずかな傷をつけて治療を進めていきます。侵襲性が低く手術の跡もほとんど残りません。
また腸閉鎖に対して、私たちは積極的に機械吻合(機械で縫い合わせること)を取り入れています。一般的には手縫いで吻合されるのですが、手縫いの吻合は腸のむくみの原因となり、腸の流れを悪くしてしまう危険性があります。
一方、機械吻合を行うと腸は浮腫まず、簡単に腸の流れをよくすることができます。また、手術を誰が行っても同じように速く、なおかつより安全に進みます。
機械吻合については最近子どもでも少しずつ適応が広がってきており、成人と同様に、手術時に安全に用いることが可能です。
内視鏡手術の流れは開腹手術と基本的に同じで、違いは傷の小ささのみです。
しかし内視鏡手術は視野を拡大して詳細にみることができる一方、他者(助手)が手伝うことができないので、執刀医にはより高度な技術が必要とされます。
また小児外科には内視鏡手術だけではなく、そこで得た技術や知識を開腹手術に応用する心構えも重要です。
実は内視鏡手術は開腹手術よりも解剖的な知識が必要とされるため、内視鏡手術の豊富な経験は開腹手術の技量向上に結びつきます。つまり、内視鏡手術から開腹手術にステップアップすることで、開腹手術も速く確実に行うことができるようになると期待されるのです。
一般的な開腹手術と変わらず、特別な対策は必要ありません。
(内閣府より引用)
小児外科は外科に特化した小児科ですから、小児科が多様な疾患を診療するのと同様、我々小児外科も多様な疾患を診療します。
そのため、小児外科医には症例の豊富な経験が必要です。しかし、現在の日本では出生数が減少傾向にあり、小児外科手術の年間発生数も成人に比べて圧倒的に少ないため、経験を積む機会がかなり限られたものとなっています。
1年間に日本全国の小児外科で行われている手術総数は、食道閉鎖症130例、胆道閉鎖症160例、胆道拡張症220例、鎖肛450例程度しかなく、日本全国の症例数を合わせても一施設あたりの成人胃がんの手術数しかありません。
一方、このように小児外科の主要手術の件数が限られているにも関わらず、小児外科施設の数が多くてアンバランスとなっているという問題もあります。
たとえば東京都における年間出生数は10万といわれていますが、東京都には小児外科施設が約20あり、出生数と施設数のアンバランスが著しく見られています。全国的にも地域による格差が大きくなっています。そのうえ、小児外科分野では現在でも未確立の手術法が多々あり、日々変化しています。
このような環境下で小児外科医は修練を積まなければならず、現状は非常に厳しいといえます。
出生率が減少する将来に向けて、若い小児外科医の教育体制を新たに作る必要がありますが、これについては、まだうまくいってないのが現状です。
愛知県周辺では、小児外科医が小児外科手術を経験するための症例の集約が形作られつつあります。
愛知県は小児外科専門施設と小児科外科医の数が少ないため、症例の集約化がすすんでいます。特に名古屋大学医学部附属病院は多くの経験を積む環境が整っており、小児外科医の育成においては適した場所だと考えています。
実際、名古屋大学医学部附属病院では圧倒的な数の小児外科手術を手掛けており、2015年の新生児外科手術は83件と日本で最も多い件数を行っている施設の一つとなっています。その他の手術に関しても、東京では数年間かけてやっと経験できるような症例数を一年間で経験することができます。
また、名古屋大学医学部附属病院小児外科においては内視鏡手術の割合が多く、全手術のうち半数以上が内視鏡手術です。さらに新生児科がとても精力的で、外科疾患もいとわず積極的に診療を行っているため、新生児外科手術の件数も非常に多くなっています。
東京都における小児がん拠点病院としては成育医療センターと小児総合医療センターがあげられますが、これらの施設と同様に小児がん拠点病院である名古屋大学医学部附属病院には中部地区の固形腫瘍(細胞の固まりを作るがん)の患者さんが集約化されています。集約が実現できる理由としては、名古屋大学医学部附属病院では小児科部門が非常に強力で、骨髄移植などの移植治療を多く手掛けている点も大きいでしょう。このような集約化により、患者さん側も「経験豊富な医師に診てもらえる、治療してもらえる」という安心感をもって受診していただくことができます。
現在は名古屋大学医学部附属病院に小児外科医が少ないため、幅広い地域から人材を集めている最中ですが、これから徐々に人が増えてきたとき、いかにこの環境を保てるかが課題となります。各地域に人材を配布すると東京の状況と同じになってしまうでしょう。ただ、人が増えていくなかで小児外科医をどのように育てていくかという課題の解決法を考えることは楽しみでもあります。
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名古屋大学大学院医学系研究科 小児外科学教授
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