三叉神経痛の根本的治療法は手術療法です。第一選択薬のカルバマゼピンは催奇形性があるため、患者さんが若い場合や妊娠を希望され薬を服用したくない方、薬でコントロールができない程痛みがひどい方などに行われます。三叉神経痛の手術療法は、病態の解明や手術用顕微鏡を用いることで格段に進歩したといいます。神経血管減圧術を確実なものにする「小脳テント吊り輪牽引法」を考案された福岡山王病院 脳神経機能センター長の松島俊夫先生にお話を伺いました。
三叉神経痛の治療には、薬物療法・神経ブロック療法・外科的療法・放射線療法があります。どの治療法を行うかは、患者さんの症状・病態や年齢や希望などを考慮して判断します。三叉神経痛には薬物治療が非常に有効なため、まずは第一選択薬であるカルバマゼピンを投与します。通常100〜200mgから開始して、300〜400mgを常用量として使いますが、注意しなければならないのはカルバマゼピンには眠気、ふらつきや発疹といった副作用があることです。
常用量では痛みが消失しない場合、日に400〜500mgまで増量することもありますが、そうするとかゆみや発疹などの副作用が出てきます。600〜800mgまで処方は可能ですが、発熱を起こすなど重篤な副作用が現れてしまうため、カルバマゼピンの用量は慎重に決めなければなりません。一般的には400〜500mg投与しても痛みが完全に消失しない場合には、手術を検討することになります。その他手術の対象となるのは、仕事などで車の運転をしなければならない方であるとか、若い女性の方でこれから妊娠・出産を希望しているといった方です。また副作用のことを考慮すると、長期に渡って内服しなければならないことが予測される若い患者さんの場合も手術を積極的にお勧めします。
三叉神経痛の手術治療で行われるのが、神経血管減圧術(MVD)という手術です。神経を圧迫している血管の圧迫を取り除く手術法で、1970年代にアメリカのジャネッタ医師によって報告されて以降、普及した術式です。私は神経血管減圧術でも独自の外科解剖に基づいた手術手技を用いています。
たとえば「infratentorial lateral supracerebeller approach」、後述する「小脳テントつり輪牽引法」や「顆窩経由法」などです。これらの手技を考案した背景には、若い頃に米国フロリダ大学へ留学し、外科解剖研究の世界的権威者であるアルバート・ロートン教授のもとで後頭蓋窩の研究を行ったことが大きく影響しています。その研究以来、私は三叉神経や舌咽神経が存在する後頭蓋窩領域の手術を専門として行ってきました。また私が留学した1980年頃の米国は、ピーター・ジャネッタ教授が三叉神経痛・片側顔面痙攣・舌咽神経痛に対する神経血管減圧術を提唱し、普及させている時代でもありました。そのような背景で勉強した私は、両者の影響を強く受け、帰国後はジャネッタ教授の神経血管減圧術を自分で研究した外科解剖に基づいた術式に改良し用いています。
圧迫血管減圧法には、「挿入法」と「転移法」があり、当初は圧迫している血管と神経の間に綿のようなものを詰め込む挿入法が行われていました。しかし、手術後10年ほど経つと再発する症例が増えてくることがわかってきました。そこで考え出されたのが転移法です。転移法とは、神経を圧迫している血管を他の場所へ移動させる術式で、いくつかのやり方があります。その中でも、私が考案したのが「小脳テント吊り輪牽引法」という方法です。
「小脳テント吊り輪牽引法」とは、糸で吊り輪をつくり、圧迫の原因となっている動脈を移動させ小脳テントに固定する術式です。この手術法によって、95%ほどの典型的な症例で痛みを消失または著明に改善することが可能となり、また術後の再発率も減少させることができました。
三叉神経痛に対する神経血管減圧術の課題は、「いかに再発を減らすか」「いかに錐体静脈を損傷せずに手術するか」という2点でした。錐体静脈は後頭蓋窩(こうずがいか)の三叉神経近傍深部にあり、損傷を与えて凝固するとごくまれに小脳出血を起こし植物状態に陥ることもあるほど危険な静脈です。錐体静脈を露出させない手術アプローチ法は難しく、誰もが手を出せる領域ではありませんでした。それ故、私はアメリカで研究してきた錐体静脈の外科解剖知識の普及に努めました。
再発防止のために私が考えたのが、顕微鏡下に小脳テントという大脳半球と小脳半球を分けている膜に針糸をかけ、縫い付けて、吊り輪にして引っ張る方法です。この術式を考え出すことができた背景には、先述したとおりフロリダ大学に留学して微小外科解剖と手術を学んだことにあります。それ以来、私は後頭蓋窩の中でも特に脳幹・小脳半球・第四脳室周辺を専門としました。解剖を学んでいたからこそ、小脳半球という非常に狭い範囲の中で安全にアプローチできる手術を可能にできたと考えています(※下図イラスト参照)。とはいえ、神経血管減圧術は開頭術です。手術による合併症を起こすなど、リスクを伴う手術であることも理解しておくことが必要です。
(図:福岡山王病院 松島先生より提供)
(図:福岡山王病院 松島先生より提供)
古賀病院21 脳神経外科
古賀病院21 脳神経外科
微小外科解剖の研究で世界的な権威であるフロリダ大学ロートン教授のもとに留学し、微小外科解剖を学んだ。それ以降、後頭蓋窩の微小外科解剖と手術をライフワークとしてきた。第四脳室病変への「小脳延髄裂経由法」、三叉神経痛に対する「小脳テント吊り輪牽引法」や小脳延髄槽病変や舌咽神経痛に用いる「顆窩経由法」など、微小外科解剖を学んだからこそできる手術アプローチ法をあみ出した。後進への指導も熱心で、微小外科解剖と手術の手引き書「後頭蓋窩の微小外科解剖と手術(日本語)」を2006年に、またそれを改編し、英語版として2014年に出版している。また微小外科解剖に加えて、日本人に多いもやもや病の専門家でもある。
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