三叉神経痛と同じような激しい発作性の片側の痛みを喉や耳に生じるのが舌咽神経痛です。三叉神経と間違われることも多いため、鑑別診断は非常に重要です。三叉神経痛と比べるとまれな疾患ではあるものの、耐え難い痛みであることは同じであり、効果的な治療が求められています。福岡山王病院 脳神経機能センター長の松島俊夫先生に舌咽神経痛の診断と外科治療についてお話を伺いました。
痛みの部位が異なるのみで、 三叉神経痛と同じような症状を呈するのが舌咽神経痛です。鋭く刺すような激痛を伴い、痛む箇所は違うものの発作性であることから三叉神経痛と誤診されることも少なくありません。三叉神経痛と同様に会話をしたり、食事や嚥下をしたりすることで誘発され痛みが起こります。咽頭や喉頭、中耳や外耳道および扁桃にかけて痛みが起こるため、耳鼻科を受診される方もいます。
舌咽神経痛の診断においては、病歴の聴取および症状を詳しく聞き取ることが重要となります。神経痛特有の短時間で鋭い発作性の痛みがあるか、どの部位が痛むのかなどを詳しく聞き取ります。特に、三叉神経痛と舌咽神経痛は原因や症状が似ていることが多く、また同時に発症することもあるため、ときに鑑別することが困難な場合も少なくありません。舌の痛みがある場合には鑑別が非常に難しくなります。
局所麻酔薬であるキシロカイン®で痛みが消失するか確認することも、診断を行う上では有用です。咽頭や扁桃などへの局所麻酔薬の塗布によって痛みが消えれば舌咽神経痛と診断されます。また、同時に頭部MRI(磁気共鳴画像)検査を行って腫瘍の有無を確認します。多くの場合、神経が血管に圧迫されることで痛みが起きるのですが、まれに腫瘍などによって舌咽神経が刺激されることで出現することがあるからです。舌咽神経周囲に太い後下小脳動脈がループを作っていれば、血管圧迫による舌咽神経痛が強く疑われます。
舌咽神経痛には、原因となる他の疾患によって起こる「症候性舌咽神経痛」と「本態性舌咽神経痛」があります。症候性舌咽神経痛の原因疾患としては、咽頭や喉頭の腫瘍・頭蓋底や頭蓋内の腫瘍・多発性硬化症・ページェット病・シェーグレン症候群などが報告されています。
このように原因となる病気が判明している場合は原因疾患の治療を優先して行い、それ以外の舌咽神経痛に対しては薬物治療が行われます。薬物療法の第一選択薬は、三叉神経痛をはじめとする神経痛の治療と同様に抗てんかん薬であるカルバマゼピンです。
薬物治療で効果が十分でない場合には外科的治療が検討されますが、手術は三叉神経痛と同じく神経血管減圧術(記事3「三叉神経痛の治療——手術療法とは」)が行われます。神経血管減圧術にはいくつかのアプローチ法があり、その中でも私が考案した「顆窩経由法」という術式を用いています。
(図:福岡山王病院 松島先生より提供)
舌咽神経周辺は観察しづらい領域であるため、手術では下位脳神経への障害の危険性が高まります。しかし、顆窩経由法では小脳を後方から持ち上げるようにアプローチして行うため、術野(手術を行う時の視野)が広がり、圧迫している後下小脳動脈などの血管の移動がしやすくなり、脳神経の障害を減らすことができます。
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古賀病院21 脳神経外科
古賀病院21 脳神経外科
微小外科解剖の研究で世界的な権威であるフロリダ大学ロートン教授のもとに留学し、微小外科解剖を学んだ。それ以降、後頭蓋窩の微小外科解剖と手術をライフワークとしてきた。第四脳室病変への「小脳延髄裂経由法」、三叉神経痛に対する「小脳テント吊り輪牽引法」や小脳延髄槽病変や舌咽神経痛に用いる「顆窩経由法」など、微小外科解剖を学んだからこそできる手術アプローチ法をあみ出した。後進への指導も熱心で、微小外科解剖と手術の手引き書「後頭蓋窩の微小外科解剖と手術(日本語)」を2006年に、またそれを改編し、英語版として2014年に出版している。また微小外科解剖に加えて、日本人に多いもやもや病の専門家でもある。
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