国立がん研究センター がん対策情報センター がん臨床情報部では、がんの均てん化のために全国でどのようながん治療が行われているのかを調査しています。具体的には標準治療の実施率ですが、この測定結果がどのように均てん化に活用されているのか、国立がん研究センター がん対策情報センター がん臨床情報部 部長 東尚弘先生にお話しいただきました。
診療の質の指標には大きく、設備や人材の充実などの「構造」指標、標準治療の実施率に代表される「過程」指標、生存率や在院日数などの「結果」指標があります。
そのうち、がん治療の均てん化をすすめるうえで重要な指標は「過程」であると考えています。「過程」とは、具体的には患者さんが何を医療として受けたのかということです。それを評価するために、患者さんに対して標準的な診療がどの程度行われているかを調査しています。
標準治療は、現状わかっている知識水準において、もっとも効果が期待できてリスクが少ないというコンセンサス(合意)が得られている治療です。標準治療がもれなくすべての患者さんに実施されることが必ずしもよい医療なのか、標準治療ではなく患者さんに合わせた治療も重要ではないか、という議論はあります。
しかし、医師が標準治療を知らずに標準治療を患者さんに行っていないケースと、標準治療を知っているうえで、患者さんに合わせてアレンジして標準治療以外のものを行っているケースには大きな差があります。ですから、均てん化を進める第一歩として標準治療の実施率を調査しています。
その方法としては、「全国がん登録」とレセプト(診療報酬明細書)をリンクさせて測定しています。全国がん登録は2016年1月から始まり、日本でがんと診断されたすべての人のデータを国で1つにまとめる、いわゆる患者さんの台帳のようなものです。項目には年齢、がんの種類、がんの進行度、診断日などがあります。
しかし、この内容だけではどのような治療が実際に行われたのかがわかりません。そこで、レセプトの情報を全国がん登録と照らし合わせることによって、どのような患者さんにどのような治療が行われたのかがわかります。
たとえば、あるがんには手術後に化学療法を行うことが標準とされている場合、そのとおり実際に行われているのかどうかが標準治療の実施率となります。また、診断を行う際にどのような検査を行ったのかということも、標準治療の実施率に含まれます。
測定された標準治療の実施率データは、データを提供してくれた施設にフィードバックしています。現在、がん拠点病院は全国に約420施設ありますが、そのなかの約300施設が、現在の日本のがん医療の状況を把握するために協力してくださっています。
標準治療の実施率の測定によって、がん治療の実態がわかるといえます。あえて標準治療を行わず、患者さんにあわせた治療を選択しているかどうかは、標準治療の実施率からはわかりませんので、直接施設にお聞きする必要があります。しかしながら実施率の調査によって、標準治療に注意が向いていなかった場合などは、その普及を進めることができます。
また標準治療が行われていなくても、その理由が判明すれば患者さんに合わせた治療が全国でどの程度行われているのかもわかります。がん治療の理想は、全国で標準治療を受けられるのが当たり前になり(=均てん化)、さらに加えて患者さんに合わせた治療が広く行われることです。標準治療の実施率だけでは理想の半分までしか行えていませんが、そこを見ることによって理想に少しでも近づくことができればいいと考えています。
また、標準治療といわれているものも絶対ではありません。「標準未実施」の理由を収集することで現場が感じていることが明らかになることがあります。そのような例に抗がん剤治療のおける制吐剤(吐き気止め)の使用方法があります。制吐剤適正使用ガイドラインでは、化学療法の副作用のひとつである嘔気嘔吐(おうきおうと)を予防するために、高リスクの化学療法に対しては、3種類の制吐剤を抗がん剤と同時に投与することが勧められています。
しかし、ガイドラインに記載されている通りの制吐剤の使用の実施率は6〜7割程度という結果でした。各施設に実施率が6〜7割にとどまっている理由を収集したところ、3種類の制吐剤を使用することは少し行き過ぎであると考えている施設があるということがわかりました。
これはガイドラインが正しいのか、現場の意見が正しいのかは、そのためのデータを取って検証しないと結論が出ませんが、このように標準治療の実施率の測定は、標準治療の均てん化のみならず、現在標準治療とされているものの見直し、さらなる治療の向上につながることも期待できます。結果的に、日本の医療の全体的な底上げにつながっていくのではないかと期待していますし、それが目標でもあります。
国立がん研究センター がん対策情報センターがん臨床情報部部長
日本内科学会 認定内科医
臨床医になるため医学部に入学。卒業後、研修中に黎明期のEBMに出会ったことで、正しい医療とは何かということに疑問をもち臨床研究を学ぶために渡米を決意。誤解により、実際には臨床研究ではなく“医療の質”の研究者が集まるヘルスサービス研究のプログラムに参加するが、研究手法に共通部分が多く留学の動機ともより一致していたため、アメリカでヘルスサービスを学ぶ。がん対策基本法の施行と時期を同じくして国立がんセンターに勤務し、以来がん医療をよくするための研究とがん対策実務の有機的な融合を目指し、尽力している。
東 尚弘 先生の所属医療機関