ほとんどの方がヘルスサービス研究という言葉を耳にしたことがないかもしれません。ヘルスサービス研究は、医療を必要とする人にどのように医療を届けるかを研究する研究分野です。研究が及ぶ範囲は非常に広く、前の記事「がん治療の均てん化を進めるために必要なこと」で述べた標準治療の実施率の測定もヘルスサービス研究のひとつといえます。本記事では、ヘルスサービス研究とは何か、具体的なヘルスサービス研究の内容について、国立がん研究センター がん対策情報センター がん臨床情報部 部長 東尚弘先生にお話しいただきました。
非常に広域な範囲をカバーしており、目的のみで定義されているのが特徴です。目的は、「現在ある医学的な知見を必要とされる患者さん(国民)にどのように届けるか」というものです。その目的の達成のためにさまざまな分野の手法を駆使して研究を行います。
臨床研究と混同されることもありますが、臨床研究はEBM(evidence-based medicine・根拠に基づく医療)においてエビデンスを作る役割を持っているものであり、一方、ヘルスサービス研究は、世の中に医学的な知見をどのように広めるか、つまりエビデンスを広く現場で使われるようにする、言い換えれば均てん化を推進するにはどうすればよいかを研究する分野です。
ヘルスサービス研究がうまれた背景には、アメリカにおける医療技術と国民の健康とのギャップがありました。その当時のアメリカの医学は世界一であると評価されていました。しかし、実際の国民の平均寿命は先進国に比べて短く、乳幼児死亡率も高いというのが現状でした。
つまり、医療の技術や知識は世界一にも関わらず、国民は健康ではないというギャップがあったのです。そのギャップは医学的な知見やそれを応用した技術(治療)が国民に届いていないためであると考えられ、それらをきちんと国民に広める方法を制度なども含めて研究する必要があるということから始まりました。
逆にそれぞれの分野の手法や知見を応用して、あまねく必要とする人たちに医学の知識や技術を届けるための研究をするというものです。疫学・心理学・法律・組織論(ビジネス)の知識も用いる場合もあります。このような知識を総合しながら、先述した目的を果たすための研究を行います。繰り返しになりますが、必要とされる医療を必要としている人に医療が届く(医療が受けられる)というのがヘルスサービス研究の最終的な目的です。
「がん治療の均てん化を進めるために必要なこと」でも述べた、がん拠点病院における標準治療の実施率の調査もヘルスサービス研究のひとつです。実施率を上げるための研究、実施率が上がらないのであれば上がらない理由の検証・研究を行います。
他にも、ガイドラインがどの程度活用されているのかを研究することや、知識が患者さんに届くことがちゃんとした医療を受けることにつながるという前提のもとであれば、マスコミが適切に報道しているかということ、それによって患者さんの行動がどのように変わったのかということもヘルスサービス研究に含まれます。
このようにさまざまな切り口で非常に広範囲に研究を行っているため、患者さんには見えづらく、わかりづらい研究ではありますが、非常に重要な分野であると考えています。
国立がん研究センター がん対策情報センターがん臨床情報部部長
日本内科学会 認定内科医
臨床医になるため医学部に入学。卒業後、研修中に黎明期のEBMに出会ったことで、正しい医療とは何かということに疑問をもち臨床研究を学ぶために渡米を決意。誤解により、実際には臨床研究ではなく“医療の質”の研究者が集まるヘルスサービス研究のプログラムに参加するが、研究手法に共通部分が多く留学の動機ともより一致していたため、アメリカでヘルスサービスを学ぶ。がん対策基本法の施行と時期を同じくして国立がんセンターに勤務し、以来がん医療をよくするための研究とがん対策実務の有機的な融合を目指し、尽力している。
東 尚弘 先生の所属医療機関