背骨の骨折や脱臼である「脊椎損傷(せきずいそんしょう)」は、腕の骨折などと同じように、適切な治療により快癒するものです。しかし、脊椎の中には脊髄神経が通っており、脊椎損傷に脊髄の損傷を合併してしまった場合には後遺症が残ることもあります。また、脊椎以外の複数個所の損傷を合併することもあり、このようなときには治療もやや複雑なものになります。この記事では、脊椎損傷の合併症について、国際医療福祉大学三田病院・脊椎脊髄センター副センター長の朝本俊司先生にお話しいただきました。
脊髄神経は、脳からの指令を体の隅々まで伝達し、また、感覚器官から受けた刺激を脳へと伝える役割を持っています。このように、脊髄神経はあらゆる動作や知覚を可能にする神経であるため、損傷が及ぶと、その部分より下部が麻痺してしまうといった障害が残ってしまいます。特に多くみられるのは四肢麻痺や肺炎です。肺炎が起こるのは、頚椎損傷など、脊椎の中でも上部に損傷が起こることで呼吸機能が低下してしまうことが原因です。
このほか、膀胱直腸障害(膀胱と直腸の機能障害が同時に起こること)により、膀胱炎や排尿障害などが後遺症として残ることもあります。
また、脊椎を損傷するような交通事故や転倒・転落事故に見舞われた場合、多くは脊椎のどこか一か所のみではなく、全身の複数部位の骨折や、臓器の損傷も伴います。
複数の臓器に損傷が及ぶことを「多臓器損傷」といい、検査や診断時に見落とされることが多いため、医師はこれらの合併損傷を常に考慮することが大切です。具体的には、脾臓や腎臓、肝臓など充実性臓器などの損傷が多くみられます。患者さんの血圧が低下しているときは、骨折や脱臼ではなくこれら臓器の損傷による出血などが考えられるため、医師は「腹痛はないですか」というように、積極的な質問で迅速に情報を集めていかねばなりません。
体を頭部・頸部・胸部・腹部・骨盤・四肢に区分したとき、このうちの二つ以上の身体区分に損傷が及ぶことを「多発外傷」といいます。脊椎損傷に伴って、骨盤骨折や頭蓋骨の骨折など、重要な部位の骨折が起こることもあります。
このほか、脊椎損傷やその他の部位の骨折に付随して、主要な血管に損傷が及ぶこともあります(血管損傷)。救急医が搬送中に速やかな止血処置をすることと共に、外科医が検査時に体の内部で起きている大出血を見逃さずに診断し、治療することが重要です。
偽関節とは、通常3か月程度で完了する骨癒合(骨同士がくっつき、骨折が治癒すること)が途中で停止してしまい、骨折後6か月以上経過しても治癒しないという疾患です。
ここまでは脊椎を損傷したときに併発しやすい合併症を挙げてきましたが、本項で取り上げる「偽関節」と次項の「慢性疼痛」は、脊椎損傷の治療後に起こる合併症です。偽関節は、患部が関節のようにグラグラと動いてしまうため、「偽関節」という名がつけられており、脊椎損傷後の合併症としてみられます。偽関節と診断された場合には、外科的手術や超音波による保存的療法が行われます。
脊髄損傷などを合併していない脊椎損傷は数か月で治るものであり、ほとんどの患者さんは受傷以前と同じように生活を送っていらっしゃいます。ただし、脊椎損傷とは脊椎の生理的弯曲(S字カーブ)が、外部からの強いエネルギーにより一度崩れてしまうということですから、姿勢が悪化してしまったりバランス障害が残るケースは大いにあります。このバランス障害に伴って生じる「慢性疼痛」(慢性的な背中や腰、首の痛み、肩こりなど)のケアは、退院後もしばらくの間必要になります。通常は内服薬で痛みを緩和できますが、あまりに痛みが酷い場合はペインクリニックに紹介します。
私は脳神経外科医として治療を行っていますが、脊椎損傷やその合併症をみるときは、ペインクリニックなど他のクリニックの方、救急救命士や整形外科、リハビリテーション科の方など、他領域の方と連携して患者さんをみることが重要であると考えています。
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