日本におけるがん中枢病院である国立がん研究センター中央病院の役割は、がんの治療の開発だけではありません。これまでのがんの診療のあり方を見直すことや、がん患者さんが求めるサポートの研究まで、がんにかかわるさまざまな問題について積極的に取り組んでいます。国立がん研究センター理事長特任補佐(前中央病院病院長)の荒井保明先生に、今後の国立がん研究センター中央病院の取り組みについてお話しいただきました。
国立がん研究センター中央病院は、我が国のがん治療における中枢的な病院と位置づけられています。その役割には、新規の治療を開発したり、現在の標準的治療(外科手術や化学療法など)を行うだけでなく、それが社会全体として見た時に本当にどの程度の意味があるのかを自ら確認してゆく作業も含まれます。
漫然とただ前へ進むだけではなく、総合的な判断も行い、更に突き進めるべき事柄、あるいはやめるべき事柄などを明らかにし、その結果を社会に還元することが必要です。このような活動にはリスクや負担も伴いますが、これこそ国立がん研究センター中央病院が行わなくてはいけない使命であると考えています。
日本の医療費はいまや40兆円を超えており、高齢化にともない今後ますます増加すると予測されています。とはいえ、ひとりのお年寄りにかける医療費はいくらまでという答えを出すことはできませんし、また何歳以上は治療しなくてもよいなどという乱暴なことを言うこともできません。
しかし、がんを治すためならどれだけお金をかけてもよいというわけにはいきませんし、社会が崩壊してしまっては元も子もありません。そこには一定のバランスがどうしても必要です。平たく言えば、がんの治療においても無駄を省き、安く抑える努力や工夫が必要なのです。
これまで当たり前と思い行っていたがん診療にも見直すべき点は数多くあると思われます。例えば、採血検査やCT検査なども、ただ頻回に行えば良いわけではなく、費用対効果という視点から適切な頻度を考える必要があります。このため、国立がん研究センターでは、2017年から費用対効果に配慮したがん治療のあり方を検討する研究グループを立ち上げて研究を行うことにしました。
一般に、国立がん研究センターというと、新しい診断や治療法の開発ばかりを行っているように思われがちですが、一方でがんに苦しむ方々のサポートやケアについての取り組みも行っています。
がんを経験された方々をサバイバーと呼ぶことが多いのですが、抗がん治療を継続して受けておられる方もあれば、一応治癒してはいても再発におびえている方もおられます。このようなサバイバーが全国で毎年約40万人ずつ増加しているのです。医療者側は「良かれ」と思ってサポートやケアを行っていますが、それが本当に「痒いところに手が届く」ものであるかについても、謙虚に検証する必要があります。
治すことに注力するばかりでなく、よりよい生活(QOL)を維持するためにはどのようなサポートやケアが必要で、今、何が足りないのか、われわれは何をすべきかを知らなくてはなりません。これも極めて重要な、取り組まなくてはならない課題です。中央病院では2016年夏までに、病棟のひとつをベッドを取り除くとともに病院とは思えない異空間に改築して、サポートセンター(仮称)を開設します。
病院経営の観点から言えばチャレンジングな試みですが、そこで患者さんの本当のニーズを探るとともに、より良いサポートやケアを開発し実践し、そして評価する予定です。これも中央病院がやらねばならない極めて重要な研究であり開発であると考えています。