形成外科とは、体の変形や欠損を治療することで何らかの身体症状を取り除くだけでなく、患者さんの生き方や心、性格をも変える診療科であると、和歌山県立医科大学付属病院・形成外科教授の朝村真一先生はおっしゃいます。容姿が原因となる精神的劣等感を取り除くための診療科と聞くと「美容外科」を思い浮かべる方も多いと思われますが、形成外科と美容外科に明確な違いはあるのでしょうか。上まぶたが瞳孔にかかる眼瞼下垂症の治療と、美容外科で行われる二重瞼形成術の違いなどを例に挙げながら、朝村先生にご説明いただきました。
形成外科とは欠損や変形などの「異常」や、その異常により体に何らかの症状が現れている疾患に対して外科的治療を行う診療科です。これに対し、美容外科とは医学的には「正常」な部位に対して何らかの処置を施します。このような前提があるために、形成外科では保険診療で手術などの治療を受けられることが多く、対する美容外科ではほとんどの手術を自由診療(自己負担)で受けることになる、といった違いが生じます。
より理解を深めていただくために、眼瞼(まぶた)に対する手術を具体例に挙げてご説明しましょう。多くの形成外科で保険適用での手術を受けられるまぶたの疾患に、「眼瞼下垂症」があります。
眼瞼下垂症とは、上まぶたが瞳孔(黒目の中心)に覆い被さり、上まぶたがそれ以上持ち上げられない疾患のことを指し、先天性のものと後天性のものにわけられます。
後天性の眼瞼下垂症には、コンタクトレンズの使用時に眼瞼の皮膚を引っ張る習慣が原因となるもの(機械的)や、加齢により腱膜が伸びて眼瞼が下垂したままになる退行性眼瞼下垂症があります。高齢社会である日本において、この眼瞼下垂症は、最も形成外科領域で多い疾患で、私も年間200例ほどの手術を行っております。
眼瞼下垂症の患者さんは、瞳孔に上まぶたがかぶっているため前方が見えにくくなり、車の運転が困難になるなど、日常生活に様々な支障が出る問題を抱えています。また、“ものをみる”という日常的な行為に際し、健常な人よりも肩や首、額の筋肉を酷使するため、慢性的な肩凝りや頭痛などの「症状」も現れます。
これに対し、美容外科で行われる二重瞼形成手術の場合、手術を受けられる方の一重瞼や奥二重瞼は症状を来さない「正常」なものです。眼瞼下垂症には次項で述べる定義も存在しており、正常な一重瞼などとは異なる「疾患」に分類されます。
眼瞼下垂症の重症度は、瞳孔中心と上まぶたの距離(単位:mm)により、軽度(1.5mm)・中等度(0.5mm)・重度(-0.5mm)に分類され、いずれに該当するかによって手術法は変わります。しかし、どの場合でも保険適用で手術を受けられる施設がほとんどです。
実際に手術を受けられた患者さんのほとんどは、頭痛などの症状から解放されており、QOL(生活の質)が大いに改善されています。また、術前には前髪で目を隠そうとしていた患者さんが、術後には額を出してアイメイクをされているといった様子を拝見することも多々あります。こういった経験を通し、形成外科とは患者さんが前向きに生きることに貢献する科であると実感します。
ただし、眼瞼の皮膚がたるみ、見た目は眼瞼下垂症のようにみえる「偽眼瞼下垂」など、形成外科の範疇なのか美容外科の範疇なのか、境目が非常にあいまいな「中間型」の方もいらっしゃいます。
和歌山県立医科大学付属病院に来院された偽眼瞼下垂の患者さんには、目を開きづらいというその方の仕事に支障を来す症状が現れていたため、眼瞼の皮膚を切除する手術を行いました。しかし、このような中間型の症例に対し、保険適用で手術をするか否かは医師や施設の考え方によって変わります。私個人の意見としては、ものが見にくいと訴えていたり、肩こりなどの慢性的な症状が出ている場合は、形成外科で保険適用の手術を行ってよいのではないかと考えます。
また、上眼瞼挙筋(じょうがんけんきょきん)の発育不全などによる、生まれつき上まぶたが下がっている(先天性眼瞼下垂症)の手術を行うかどうかの判断も容易ではありません。先天性眼瞼下垂症では、乱視による屈折異常・斜視を伴うこともあります。眼の屈折力を表す「ディオプター(近視度数の単位)」が-2.0Diopter以下であれば絶対手術適応となりますが、-1.5Diopterのお子さんに対し手術を行うかどうかはケースバイケースです。
よって、このような先天性眼瞼下垂症患者さんに関しては、施設や担当医により回答が変わる可能性がありますので、複数の施設で相談するのもよいでしょう。
和歌山県立医科大学 医学部形成外科学講座担当教授
朝村 真一 先生の所属医療機関
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