希少がんの一種である神経内分泌腫瘍(NET)。稀な病気ですが、膵臓や消化管に生じる膵・消化管神経内分泌腫瘍をはじめとして、その患者数は年々増加傾向にあるといいます。神経内分泌腫瘍の診断や治療において、世界レベルでは最先端技術が導入されており、早期診断や早期治療が可能となっています。しかしながら本邦では、神経内分泌腫瘍に対する最新の診断技術や治療法の幾つかが導入されていないため、最新の治療に関しては多額の費用を支払って患者さんが海外で治療を受けている現状があります。日本で神経内分泌腫瘍の患者さんを救うためには、専門医を筆頭に、多くの方が神経内分泌腫瘍診療の実態を知り疾患啓発を進めていくことが大事です。世界的に神経内分泌腫瘍診療の専門家として活躍される、関西電力病院学術顧問/神経内分泌腫瘍センター長の今村正之先生にお話しいただきます。
神経内分泌腫瘍(NET)とは、人体の様々な部位に広く分泌している「神経内分泌細胞」という細胞から発生する腫瘍のことを指します。
神経内分泌細胞は全身にあるので、神経内分泌腫瘍(NET)は膵臓や消化管、肺、胸腺など全身の臓器に発生する可能性があります。統計的調査の結果、日本人の場合は膵臓や直腸や胃などの消化器および肺に多く発生しますが、欧米で多い小腸NETは日本では全体の5%程度と少ないことがわかりました。韓国や台湾の統計調査でも小腸NETは少ないので、欧米との違いは人種的な違いによるのではないかと推測されています。
神経内分泌腫瘍(NET)はもともと頻度の高い病気ではありませんが、患者数はこの数年間で増加してきています。
下記は日本人に多い消化管NETと膵NETの患者数の推移です。2005年から2010年までの5年間で、消化管NETの有病患者数は3.45人/年から6.42人/年へ(人口10万人当たり)、膵NETの有病患者数は2.23人/年から2.69人/年へと増加しています。
私は1970年から約35年間にわたって神経内分泌腫瘍(NET)を研究し続けていますが、1970年当時と比べると有病患者数は5倍以上に増加しています。ただし、純粋に患者数が増えた以外にも、診断技術の進歩と病理診断の進歩、それにここ10数年間の専門家たちによる啓もう活動の成果によると考えています。
非常に進行が速く予後が悪い膵臓がん(膵管がん)と較べると、膵・消化管NETは進行が遅く予後が良好であるといえます。
NETは100年前(1916年ごろ)に「カルチノイド(がんもどき)」と名付けられました。良性と考えられていたのです。しかし、実際には悪性で転移するので、現在では悪性腫瘍と考えられています。ただし、肝転移が起こってもすぐに死に至ることは少なく、治療を受ければ長く延命することができています。
機能性NETはホルモン症状で患者さんを苦しめる神経内分泌腫瘍(NET)で、1cm以下の大きさでもホルモン症状が出るので、腫瘍がどこに発生しているかを診断することが困難です。一方、非機能性NETは、症状を発現しないために偶々撮影したCT検査などでみつかったり、リンパ節や肝臓に転移した状態でみつかることも約50%の確率であります。
また、少し専門的になりますが、病理学的に悪性度の高い神経内分泌腫瘍(NET)の場合には、NETG3と神経内分泌がん(NEC)の2種類をはっきり区別して診断することが重要であることもわかってきました。どちらに属するかによって治療法が全く異なるため、医師は両者をしっかりと区別して診断する必要があります。
神経内分泌腫瘍の専門的な知識を持つ医師の数が少ないことも患者さんにとっては不利なことです。
(神経内分泌腫瘍と神経内分泌がんの区分については関連記事『増加傾向にある神経内分泌腫瘍(NET)とは。膵臓だけではなく全身の臓器に発生する希少疾患』を参照)
本邦における現在の神経内分泌腫瘍診療上の課題は、最新の診断技術と治療技術の幾つかが承認されていないことです。
ひとつめは海外で神経内分泌腫瘍(NET)の最新の診断技術と認定されている「68Ga-DOTATOCPET/CT」で、これは日本では未承認(臨床研究段階)であるため、NETの全身的分布について正しい診断ができない状況にあります(詳細は後述します)。もうひとつ、遠隔転移巣の治療に有用なPRRTも未承認です。
本邦では、2016年1月よりソマトスタチン受容体シンチグラフィー(SRS)が保険適用となりました。ソマトスタチン受容体シンチグラフィー(SRS)とは、神経内分泌腫瘍(NET)に特有の診断技術(局在診断法)です。NET細胞が細胞膜にソマトスタチン受容体を有していることを利用して、ソマトスタチン類似化合物を静脈内に投与して神経内分泌腫瘍(NET)を画像化します。精度の良いソマトスタチン受容体シンチグラフィーでは肝臓や骨への集積が映し出されるので、肝転移や骨転移の発見に有用だと考えられています。
検査には[111In]ペントテレオチドという薬剤が用いられますが、[111In]ペントテレオチドで表示される画像では腫瘍が1㎝以上の大きさであれば発見できます。海外ではさらに精密な診断技術が導入されているので、まだ遅れをとっているのが現状です。
68Ga-DOTATOCとはソマトスタチン受容体に対して非常に高い親和性を持つ薬剤です。この薬剤を用いてPET/CT検査を行った場合、[111In]ペントテレオチドよりもはるかに鮮明に神経内分泌腫瘍腫瘍(NET)の居場所や集積を診断できるとして、現在世界的に注目を集めています。
先ほども触れたように、海外では神経内分泌腫瘍(NET)の検査として68Ga-DOTA-TOC PET/CTが用いられていますが、日本ではまだこの技術が導入されていません。
海外では、神経内分泌腫瘍(NET)に対してペプチド受容体放射性核種療法(Peptide receptor radionuclide therapy;PRRT)という治療が広く行われています。
PRRTとは、ソマトスタチン受容体(レセプター)の仕組みを利用した治療法です。
神経内分泌腫瘍(NET)の細胞表面には、ソマトスタチン受容体というものがたくさん出ています。この受容体に核物質で標識したソマトスタチン類似化合物を静脈注射すると、神経内分泌腫瘍(NET)上のソマトスタチン受容体と結合して、核物質が放出するガンマ線を検出します。このような流れで神経内分泌腫瘍(NET)を画像化することができます。
PRRTでは、ソマトスタチンに類似した物質(ペプチド)と放射性物質(RI:ラジオアイソトープ)を結合させた薬剤を静脈注射で体内に投与し、腫瘍細胞だけを狙って破壊します。最近では、ルタセラ(Lutathera®、Lu-177-DOTA-TATE)いう薬を使ったPRRTが有効であるという報告が国際学会で発表され、現在FDA(アメリカ食品医薬品局)で承認待ちの段階に至っています。
(関連記事:『欧米で実績のある神経内分泌腫瘍(NET)の新しい治療-ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT)とは』)
PRRTは神経内分泌腫瘍(NET)に有効な治療法であり、海外でも有用性が報告されています。しかし、本邦ではPRRTはまだ治験の準備段階であり、保険適用となっていません。そのため、日本の神経内分泌腫瘍の患者さんは海外に渡航して治療を受けなければならないのが現状で、総額500万円以上の費用が掛かります。
日本でもPRRTが保険適用されれば患者さんの金銭的負担は大幅に減少します。国内で神経内分泌腫瘍(NET)の治療が受けられるように、早急に治験を進めて、患者さんの治療に役立てたいものです。
2012年9月、日本における神経内分泌腫瘍(NET)の調査及び研究を行い、診療の質を高めていく目的で、日本神経内分泌腫瘍研究会(JNETS)が設立されました。現在では310施設が研究会に加入しており、悉皆登録研究や膵・消化管内分泌腫瘍診療ガイドラインの作成など様々な取り組みを行っています。
最近まで、神経内分泌腫瘍(NET)の診断はエビデンス(医学的な知見に基づいた根拠)のない基準で判断されていました。この状況を改善するため、日本神経内分泌腫瘍研究会から2013年11月、膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドラインの第1版が公開されました。2016年現在、本ガイドラインを実際にどれだけの医師が活用しているかはまだ不明ですが、本ガイドラインが普及すれば、膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET)の診療は一歩進むといえるでしょう。
膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドラインはこちら
患者悉皆登録研究(NETレジストリ)は、日本神経内分泌腫瘍研究会の設立時から掲げてきた事業の一つです。
希少疾患である神経内分泌腫瘍(NET)の臨床上の課題を解決するためには、実際の患者さんの診療経過を集積して将来診療に役立てることが重要となります。現在、NETレジストリには約640名の患者さんのデータが集まっています。
より多くの医師が、診療時に神経内分泌腫瘍(NET)の存在に気づくことができれば、神経内分泌腫瘍(NET)に対する診療はますます発展していくでしょう。
多くの神経内分泌腫瘍(NET)の患者さんを救うためには、我々専門医を筆頭に、神経内分泌腫瘍診療の啓発を進めていくことが大事です。
関西電力病院 学術顧問、関西電力病院神経内分泌腫瘍センター センター長、京都大学 名誉教授
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