慈恵大学の創設者・高木兼寛(たかき・かねひろ)は、英国で医師と看護婦が協力して診療にあたることの重要性を学びました。帰国後、1881年5月1日に医師育成のための成医会講習所を開設しました。その4年後には、日本で最初の看護婦教育所を創立し、医師と協力して働く看護婦(師)の育成を始めました。また、脚気(かっけ)の原因が栄養の欠陥にあることを指摘し、ビタミンの発見につながる研究として海外でも高く評価されています。教育の重要性を説き、臨床を支える研究の振興に尽力した高木兼寛の建学の精神は、今日に至るまで慈恵大学の基盤となって受け継がれています。慈恵大学の教育理念と今後に向けた取り組みについて、栗原敏理事長にお話をうかがいました。
私はこれからの医師にはより高度な判断力が求められるようになると考えます。手術支援ロボットの開発などによって、ある面では機械化や自動処理に置き換わる部分もあるかもしれません。しかし、最終的な決断を行うのは人間であり、人間としての英知を身につけた医師が求められるのではないでしょうか。
ところが医学部での6年間の教育の中で教養課程が短縮され、教養教育が十分とは言えません。教養を身につけられるような教育を、卒後教育も含めて行っていく必要があると考えます。病に悩むさまざまな患者さんを診るために必要なことです。慈恵大学では人としてより洗練された医師を育成することを目指しています。
この西新橋キャンパス周辺は近年環境の変化が著しく、東京都はこの周辺を国際的な新都心と位置付け、2020年の東京オリンピック開催に向けて開発を進めています。羽田国際空港も近いことから、国際的にも対応していかなければならないという課題があります。現在建設中の新病院と新外来棟が完成するときには、外国から患者さんが来ても安心して医療を受けられるような病院にするとともに、それに対応できるだけの人間力のある医師と看護師を育てることが急務となります。
卒後教育についてもいくつかの問題があります。厚生労働省や文部科学省は卒前・卒後のシームレスな(切れ目のない)教育を提唱していますが、今は研修マッチング制度になりコンピューターのアルゴリズムで希望者と研修先の組み合わせを決めるようになっています。そのため、卒業生のうち5~6割は外部の病院へ研修に行ってしまい、およそ半分は慈恵以外の大学の卒業生という現状があります。また、レジデントも他大学卒業生が6割ぐらいを占めています。
もちろん、同じ組織の中に長くいることの弊害もありますし、外の世界を経験するということも必要であると考えています。しかし、慈恵で教育を受けた卒業生が最終的に本学に残って伝統を継承していって欲しいと願っています。
一方、他大学卒業生には良いところもありますが、「慈恵としての教育」を行っていく必要があります。私立大学医科大学にはそれぞれ固有の文化・風土がありますが、他大学卒業生は6年間の卒前教育を慈恵で受けていないため、慈恵の文化・風土をよく理解していません。そのため、病院での診療に際し、患者さんとの接し方やスタッフ間のやりとりなど、さまざまな面で問題が出てくることがあります。卒後教育をしっかりと行っていく必要があると考えています。
医師としての基本的な態度や診療能力を涵養することが重要で、基本的なことから教育する体制を構築していくことが病院に求められています。
慈恵大学は1885年に日本で最初に看護婦教育所を作ったことで知られています。学祖・高木兼寛はイギリスで看護婦と医師が協力して患者を診ていることを学びました。しかしその当時、日本では看護婦の社会的地位が低く、看護教育が行われていなかったため、看護教育の必要性を痛感して看護婦教育所を作ったのです。
高木兼寛は「医師と看護師は車の両輪である」という言葉を残していますが、その精神を継承し、学生時代から医師と看護師がお互いの理解を深めるため、1992年(平成4年)に医学部の中に医学科と看護学科を併設し、日本で最初の試みとして注目されました。それが東京都狛江市にある国領キャンパスの医学部看護学科です。
看護師を養成する看護専門学校には、教育管理者として教務主任という方たちがいますが、厚生労働省がその教育研修の事業をやめてしまったため、公益社団法人東京慈恵会が受け皿となって「教務主任養成講習会」を開催することになりました。この事業は、高木兼寛の精神を継承するという意味で、公益社団法人東京慈恵会にふさわしい事業だと考え、平成24年度から行われている厚生労働省認定の「教務主任養成講習会」を学校法人慈恵大学が支援しています。
*参考リンク:公益社団法人東京慈恵会教務主任養成講習会
講習会は東京慈恵会医科大学の中で約半年にわたって行われます。そこでは全国から参加した受講者が毎日のように講義を受け、またワークショップやセミナーなどを通して学び、看護教育の指導者としてそれぞれの看護専門学校に帰っていきます。この講習会で知り合った受講者の皆さんの間には強い絆ができて、その後もネットワークでの交流が続いています。
特色ある息の長い研究を行うには継続と積み重ねが必要です。そのような研究は大学の講座で行っていけばよいというのが私の基本的な考え方です。しかしその一方で、新しい研究に取り組むことも必要です。本学の総合医科学研究センターでは、先端的な新しい研究を推進・支援しています。
講座の研究の中で私が着目しているのは、熱帯医学講座の嘉糠洋陸(かぬか・ひろたか)教授の研究です。彼はマラリアの研究をはじめとする医動物学のエキスパートで、社会的にも注目されています。
総合医科学研究センターでは、2011年(平成23年)に新設された再生医学研究部の岡野ジェイムス洋尚教授は、遺伝子改変による霊長類モデル動物の作成やiPS細胞などを利用した疾患の病態研究などを行っており期待しています。また、痛みの科学に関しては神経科学研究部の加藤總夫教授を中心に、基礎医学と臨床の連携を図りながら研究が推進されています。
新しい研究の中で、遺伝子解析や再生医療などはこれからも注目される分野であると考え、その中で慈恵として臨床医学への応用を考えていきます。新しく建てる外来棟にはそのためのスペースを用意してあります。臨床医学を支える基礎的研究は、学祖・高木兼寛の“脚気”の研究の流れを継承するものと考えています。
※記事内に使用している写真は、弊社撮影分を除き慈恵大学より提供いただいております。