情報化社会が進展し、現在では私たち一般市民が個人レベルで医療に関する情報を発信することもできる時代になりました。そのため、WEB上には医療機関から提供された医学的に正しい情報と、正確性に欠けた情報が混在しています。専門的な知識を持たない非医療従事者は、正しい情報をどのように選び取っていけばよいのでしょうか。国立がん研究センター理事長の中釜斉先生と、がん医療情報サイト「がん情報サービス」を運営する国立がん研究センターがん対策情報センターの若尾文彦先生にお教えいただきました。
まず、がん情報サービスの見せ方に工夫を加えることが必要です。がん情報サービスには、膨大な量の正しいがん情報が掲載されています。しかし、専門家ではない患者さんやそのご家族ががん情報サービスのトップページにたどり着いたとしても、それは分厚い百科事典を前にしたような状況であり、本当に欲しい情報を見つけやすいかというとそうではないかもしれません。
より使いやすいWEBサイトを目指し、医療の専門家目線ではなく、国民の視点に立ったコンテンツの配置などを進めていくべきでしょう。(中釜斉先生)
また、より広い視野で、インターネット上の医療情報の見せ方についても考えるべきときが来ているように思われます。WEB検索窓にがんに関するワードを入れると、がん情報サービスが最も上位に来ることもあれば、そうでないこともあります。
このようなとき、たとえば一般の方が科学的な根拠のある情報にたどり着けるよう、検索結果の表示時に何らかの目印がつくとよいのかもしれません。しかし、すると今度はどの機関がその認証をするのかという問題も生じます。
一時期、検索結果を政府機関が発信源のWEBサイトのみに絞るという仕組みがありました。しかし、これにより医学的に不正確な情報を排除することはできたとしても、一般の方が本当に欲しい情報を得られたかというと、そうとは限りません。
最近では、特定非営利活動法人の日本インターネット医療協議会(JIMA)などが、インターネットと医療情報の問題を解消するための活動を行っていると聞きます。
情報化社会が急速に進展するなかで、医療情報の提供法についても、情報の専門家間で議論が進んでいくものと期待しています。(中釜斉先生)
私たちは幼いころ、学校などで「新聞などの情報は必ずしも正しいわけではないこと」、「批判的な目で読むこと」の重要性を教わりました。
しかし、情報過多といわれる時代に入り、教育の場でも情報の捉え方を指導することは少なくなったように感じます。
昨年末に医療情報サイトの問題が大きく報道されましたが、この問題はユーザーに情報の取捨選択の重要性を喚起するよいきっかけになったのではないかと考えています。
民間から発信される情報のなかには必ずしも医学的に正しくはないものもありますが、これらを規制するだけでは、問題の根本的解決には繋がりません。
「情報をどう読み、どう理解するか」、これは個々人のリテラシーに関わる問題であり、教育で向上させることが可能なのではないかと考えます。(中釜斉先生)
ただし、情報とは著作権法の範囲のなかで使用せねばならないものというルールも存在します。これは医療情報に限った話ではありません。
そのため、がん情報サービスが提供する情報が、そのままコピー&ペーストされて使用されていた場合には、著作権法違反の警告を出すようなこともしています。(若尾文彦先生)
とはいえ、私たちは教育の専門家ではありません。私たちの主たる使命は、医療者としての立場から正しい情報を収集・発信し続け、正しい情報が得られる場の認知度を向上させていくことです。
しかし、医療情報の発信とは一朝一夕にできるものではなく、以下に述べるたくさんのプロセスを経ねばなりません。
一人の研究者や医師の医療行為により、複数の患者さんの状態がよくなったとき、一見それは正しく信頼度の高い医療のようにみえるかもしれません。
しかし、本当に正しいかどうかは、臨床研究で証明されるまでわかりません。最も信頼度の高い研究試験はランダム化比較試験(RCT)ですが、RCTには高いコストと長い時間がかかります。そのため、医療情報は一般的な情報と異なり、その信頼度に応じてピラミッド構造をなしているのです。(中釜斉先生)
ランダム化比較試験という客観性をもった手法でデータが検証されているもの。-これが、エビデンスレベルの最も高い医療情報です。
※エビデンスとは=科学的根拠
しかしながら、ランダム化比較試験を実施するのは、多くの時間やお金が必要です。比較がない研究や後ろ向き研究は、エビデンスのレベルがやや低いものになります。
さらに、専門家の意見は、もっとエビデンスレベルが低いものとなります。
私たちががん情報サービスなどで発信している情報は、皆さんに参照していただけるエビデンスレベルの高いものなのです。(中釜斉先生)
ここまでに、インターネットを介した医療情報の発信と受け取り方についてお話してきました。がん対策情報センターは、このほか冊子による情報発信なども行っています。
しかし、最も重視していただきたい医療情報とは、主治医からもたらされる情報なのではないかと考えます。
これはあくまで個人的な意見ですが、がんに限らず病気とは多様で個別的なものです。そのため、主治医とのコミュニケーションによって築いた信頼関係こそが、患者さん一人一人を支えるベースになると考えます。もしも主治医から十二分以上の説明ができていれば、がん情報サービスやがん相談支援センターを利用する必要はないのかもしれません。
しかし、実際の臨床現場では医師不足など様々な事情があり、患者さんが真に安心できるまでお話する時間がとれないケースもあります。
主治医の説明を補佐する道具として、がん情報サービスやがん相談支援センターを活用していただくのがよいのではと考えます。(若尾文彦先生)
私も若尾先生と同じ考えを持っています。がん対策情報センターは、全国の医療者が正しい医療情報を仕入れる場であり、同時に患者さんの不安や疑問を解消するための場でもあります。ですから、私たちは同じ情報を異なる噛み砕き方をし、医療者と患者さんの双方に向けて発信しているのです。
しかし、やはり最終的には医療者と患者さんの信頼関係が治療に臨むための基盤となります。これは、過去から現在に至るまで変わりません。
時代が進み、今後ますます情報化社会が進展したとしても、医療者と患者さんの信頼関係なしには、本当によい医療は成立しないと考えます。(中釜斉先生)