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世界で能力を発揮できる人材育成-聖路加国際大学公衆衛生大学院の特色と今後の医学教育

世界で能力を発揮できる人材育成-聖路加国際大学公衆衛生大学院の特色と今後の医学教育
福井 次矢 先生

聖路加国際病院院長・聖路加国際大学学長

福井 次矢 先生

2017年4月に第一期入学生を迎えた聖路加大学の専門職大学院公衆衛生学研究科(通称:公衆衛生大学院)は、世界で活躍できる人材を養成すべく、多様な国籍の教員を採用し、全ての講義を英語で行っています。

理系・人文系を問わず幅広い職業に就く社会人の方を対象とし、世界標準の教育プログラムを実施することで、活躍の場はどのように広がるのでしょうか。カリキュラムの特色や修了後の進路について、聖路加国際大学学長の福井次矢先生にお伺いしました。

公衆衛生学は、日本国内だけでなく世界のあらゆる問題を解決していくための学問です。本研究科では、日本のみで通用する基準ではなく、グローバル・スタンダードで物事を捉え、世界で活躍できる人材を育成するために、全ての講義を英語で行っています。そのため、語学面でのサポートにも力を注いでいます。

外国人の教師

教員は世界公募し、16人中6人の外国人教授を採用しました。(2017年4月時点)

16人の教員たちの有する実務経験は非常に豊富です。たとえば、疫学の講義を担当しているバングラデシュ人の教員は、アメリカの大学で教授として活躍していた経歴を持っています。国籍も韓国人やアメリカ人などと幅広く、講義もディスカッション中心で行うなど、従来の日本の学術機関では得難い視野を獲得していただけるよう工夫しています。

壮大な目標ですが、本研究科は世界トップの公衆衛生大学院であるジョンズホプキンス大学やハーバード大学に並ぶ公衆衛生大学院となることを目指しています。そのために、数年以内には公衆衛生分野の世界標準とされるアメリカの認定機関、米国公衆衛生大学院協会(CEPH:Council on Education for Public Health)の認証を受けたいと計画しています。

日本の医学研究科博士課程では30単位以上の修了を取得要件と定めていますが、CEPHの修了要件単位数は42単位であることから、本研究科も42単位以上の取得を前提としたカリキュラムになっています。

さらに、CEPHがコア科目として求める疫学、統計学、行動科学、環境科学、医療政策管理学などを全てカリキュラムに組み入れるなど、開設当初から世界基準による評価を受けられる素地が整っているという強みがあります。

社会人が勉強しているようす

本研究科は実務経験を有する社会人を対象としているため、働きながら必要科目を修めることのできる授業スケジュールを組んでいます。

原則平日の授業は夕刻から夜間とし、土曜日は1日を通して授業を行います。また、出席できない方のためにE-ラーニングも提供しています。

経歴や現在の就業状況にも差があることを考慮し、1年コース、2年コース、3年コースと修業年限にも幅を持たせ、それぞれの年限内に42単位を修了できるようなプログラムを用意しています。

聖路加国際大学公衆衛生大学院は、日本で5番目に開設された公衆衛生大学院です。

京都大学や東京大学では、公衆衛生大学院は医学研究科(医学系研究科)の一分野として、医学研究科に組み込まれています。そのような環境下では、公衆衛生大学院を柔軟に運営・発展させる上で、様々な限界に直面せざるを得ないようにも思います。この背後には、記事1『1人の人を細分化して捉える視点と人を集団で捉える視点を』の項目でも述べた、医学と公衆衛生学の間に横たわる価値観や視点の違いがあります。医学研究科内に設置されていると、教員数を増やす上でも制限がかかるでしょう。

世界で初めて公衆衛生大学院を設置したジョンズ・ホプキンス大学や、私が学んだハーバード大学など、アメリカの名だたる公衆衛生大学院はほとんどが医学部(メディカルスクール)から独立しています。この背景には、前述した価値観の違いなど、様々な経緯があったのでしょう。いずれの大学院も学生は一学年に100名以上おり、教員はハーバード大学で400~500名と日本の医学部に相当する規模を誇っています。

聖路加国際大学の公衆衛生大学院は、「学生の数に合わせ、規模はいくらでも拡大する」という覚悟を持って創設しました。

医学部から独立した公衆衛生大学院とはいえ、第一期生として入学された学生の約70%は医師です。そのほとんどは、将来、質の高い臨床研究を行いたいという思いで入学されています。

記事1『公衆衛生学が臨床医の能力を向上させる-聖路加国際大学公衆衛生大学院の開設にあたって』でも述べたように、公衆衛生学(疫学や統計学等)を学ぶことは、エビデンスを作ることや科学的手法に正しく則って臨床研究を行うにあたり極めて有用であるため、臨床医の方々のスキルアップに直結する学問分野であることは事実です。

報道者

しかしながら、本研究科は医師のみを対象として創設したわけではありません。経済界やマスコミ業界などを含む、あらゆる領域で専門を持つ方にプラスアルファで公衆衛生学を学んでいただき、ご自身の仕事に還元していただきたいと考えています。

例として、報道関係者が公衆衛生学の基礎知識を持つことの意義が挙げられます。

現在、わが国ではがんの予防接種に関する報道に問題があるように思われます。

予防接種とは、その疾病を発生しやすいリスク因子を持つ人々を対象とし、集団全体の病気を予防する目的で行われる「ポピュレーション・アプローチ」です。そのなかで副反応と思われる症状が現れた人が生じた場合は、報道に携わる方々が広く知らせることが大切です。しかし、その際に「分母」と「有効性」を書き漏らしてしまうと、予防接種による恩恵は伝わらず、いたずらに不安と恐怖心のみを煽る報道となってしまいます。

日本の医学・医療に関する報道では、副作用発生率の「分子」のみを強調する傾向があり、その背景には統計学や疫学のノウハウの欠如があるのではないかと考えてしまいます。

公衆衛生の向上や予防医療の進展のためにも、ぜひマスメディアを担う方々にも学びに来ていただきたいと願っています。

もちろん、発信者ばかりではなく受け手にも情報を正しく理解する力が必要です。近年、アメリカでは公衆衛生学をより幅広く多くの人が学ぶべき学問分野と捉える動きが活発化し、高校のカリキュラムに導入するところも出てきているようです。

公衆衛生学という学問分野が抱える問題点のひとつに、公衆衛生大学院を修了した先にはどのような未来があるのか、「出口」の部分が外部からみえにくいということが挙げられます。前項までに、臨床医やメディア関係者が公衆衛生学を学ぶ意義を記しましたが、私が創設に加わった京都大学の公衆衛生大学院や聖路加国際病院で研修後、欧米の公衆衛生大学院を卒業された方の進路は非常に幅広いものです。

たとえば、医学部以外の学部を出て公衆衛生大学院で学び製薬メーカーで治験に携わられている方、医療関係の公益法人に就職した方、大学教授になられた方など、多種多様です。

特に厚生行政を牽引する立場に就く方が多く、また、海外へと医療教育に行かれる方も多数送り出してきました。

ハーバード大学公衆衛生大学院の掲示板には、WHOからの人材募集告知が貼られていました。ここ聖路加国際大学において世界標準の公衆衛生学を学ぶことで、将来的にはWHOなどで活躍する人材も出てくるのではないかと期待しています。

福井先生

さて、1984年にハーバード大学で公衆衛生学を学び終え、日本へと帰る飛行機内で私は4つの決意を胸に刻んだと述べました。

(1)総合診療を日本に根付かせる

(2)臨床疫学(現在のEBM)を普及させる

(3)公衆衛生大学院を日本に作る

(4)メディカルスクールを日本に導入する

次なる目標はメディカルスクールの創設です。

日本の医学部は、理系科目を得意とする高校卒業後の若者(18歳前後)が入学するという特徴があります。また、医学教育では生物医学に重きが置かれ、患者説明やコミュニケーションといった診療現場での実技教育はおろそかにされてきました。この結果、常に一定数の“患者さんとうまく接することのできない医師”を作り出してしまっている点が、日本の医学部教育の問題点であると考えます。

一方、アメリカのメディカルスクールは4年制大学を卒業した大人(平均22歳~24歳)が入学する大学院レベルの医師養成課程であり、出身学部は理系と人文系がほぼ同数と聞いています。

大学卒業後、一度会社勤めを経験された方や海外へボランティア活動に行かれた方も多く、入学時には皆メディカルスクール卒業後の医師としての具体的イメージを持ち、医師になることへの強い決意を持っています。

このように、ある程度完成された大人の学生に対し、日本の卒後研修に相当する内容の臨床実習を課しているため、卒業後の臨床医としての質は極めて高いものとなります。

「医学教育」とは、実践の場で活躍できる医師を養成するものであるべきでしょう。上記の理由から、私は自身の教育者としての最後の目標として、日本にもメディカルスクールを作りたいと考えているのです。日本の医学教育制度全体を変えることは非現実的ですから、1学年40~50人ほどの小規模なメディカルスクール開設を、トライアルとしてでも認めていただきたいと考えています。

公衆衛生大学院の増設とメディカルスクールの導入、これらが日本の医学教育と医療レベルをさらに向上させ、世界で活躍できる人材を作り出す鍵になるものと確信しています。