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川崎市民の健康と安全を守る!感染症に対する健康安全研究所の役目とは

川崎市民の健康と安全を守る!感染症に対する健康安全研究所の役目とは
岡部 信彦 先生

川崎市健康安全研究所 所長

岡部 信彦 先生

この記事の最終更新は2017年04月26日です。

全国の医療機関には、感染症に定められたウイルスや細菌などによって引き起こされる感染症の発症状況を定期的に報告することが求められています。神奈川県川崎市では、川崎市と川崎市健康安全研究所が、市内各医療機関より寄せられたデータの取りまとめを行ない、市民への情報還元および国への報告をしています。

今回は川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦先生に、川崎市健康安全研究所が持つ機能や、川崎市内の健康安全にどのように関わっているのかについて教えていただきました。

細菌やウイルス・真菌(酵母やカビ)などの微生物は、空気中や水中、ヒトを含む動物の体内に存在しています。微生物はときにヒトの体内に侵入し、何かしらの病気を引き起こす原因になることがあります。こうして生じた病気のことを感染症といい、感染症の原因となった微生物は病原体と呼ばれます。

感染症にならないようにするためには、やたら無闇に恐れるのではなく、まずはその感染症について正しく知ることが必要だと思います。

岡部信彦先生

川崎市健康安全研究所とは、全国約80か所に設置(都道府県、政令指定都市などに設置)されている地方衛生研究所のひとつです。地方衛生研究所では、当該地域の市民の健康を守るをキーワードに、

・理化学部門(飲食物や家庭用品類の安全性のチェックなどを行う)

・微生物学部門(感染症や食中毒に対する病原診断などを行う)

・感染症情報センター部門(感染症情報の収集・解析・還元提供などを行う)

が中心となり、各種の試験・調査・研究を実施しています。

川崎市健康安全研究所では、試験検査、調査研究、情報発信研修指導、を4つの柱として、平常時から健康危機管理や、感染症や食中毒発生時に対する問題解決、再発防止や予防対策を通じて川崎市民の健康・安全をサポートしています。

第一線の医師は、自分の目の前の病人を診察、必要な検査を行うなどして診断し、治療を行います。医師のみならず医療従事者は毎日の診療の積み重ねにより、その感染症の流行具合を経験として把握できますが、周辺地域あるいは国内外の状況全体、つまりその病気が海外を含めた世の中でどのくらいのレベルで流行しているのかまでは把握できません。

こうした感染症の流行状況を把握するため、国・自治体は地域における感染症の発生状況を感染症法という法律に基づいて医師・医療機関に報告してもらい、自治体が取りまとめた各地の感染症発生に関する情報は、国(国立感染症研究所、厚生労働省)に集約されてオールジャパンの情報となり、さらにWHO(世界保健機構)などの国際機関とのやりとりによって世界の感染症情報となります。

全国の状況については国立感染症研究所(感染研)から情報が提供されますが、各自治体の様子は、それぞれの自治体から情報提供が行われます。川崎市の場合、こうした感染症のサーベイランス(感染症に関する情報の収集・分析・還元)は川崎市健康安全研究所感染症情報センターが担当し、市内の医療機関から寄せられたこれら感染症情報をもとにして、川崎市における感染症発生状況報告として速やかに情報提供をし、また健康危機管理に関する対策についての基本的なデータとしています。

全国的・地域的(局地的)な感染症の動向がわかるようになると、今度はそのデータをもとにして各種対策を講じることが可能になります。たとえば、インフルエンザノロウイルスのように毎年大流行をおこす感染症の報告件数が増加しはじめると、早期の注意喚起や予防方法の発信などを行い、また麻疹デング熱やジカ熱など稀なしかし注意すべき感染症が生じたら、その早期発見や拡大防止のための対策を行い、あるいは長期的な観点からみた感染症対策を立案したりすることに利用されます。

連携

食中毒が疑われる事例が発生した場合、医療機関者や食品衛生関係者は保健所に連絡を入れ、保健所が対応しますが、地方衛生研究所には検体が搬入され、原因物質や病原体の検査、保健所が行う積極的疫学調査の技術的支援などを行います。

最近の食中毒は、外食チェーン店、大規模な弁当や給食の一括提供システム、広範な食材の販売などから、広域・大規模になりがちです。そのため、同様の食中毒が隣接する地域や遠隔地で確認されていないかについて、自治体や地方衛生研究所間の横の連携、あるいは国(感染研や厚労省)通じて情報を共有し、それぞれの地域および総合的な対応・対策に役立てます。またそれぞれの経験の集積や、データの分析研究などは、再発防止、規模の縮小などに役立ちます。

臨床現場(医療機関)、保健所、自治体の担当課、地方衛生研究所は、当然ながらそれぞれの役割に違いはありますが、各所が連携することによって大きな視点でみた人々の食の安全に結びつくことになります。

地方衛生研究所では、調査や検査だけでなく、科学的な研究を行うことも重要な役割のひとつです。

たとえば食中毒や腸管感染症の場合、まずは通常の検査で病原体などの原因を特定することが求められます。そこで例えばノロウイルスが見つかった場合、ノロウイルスによる食中毒ないし腸管感染症というところまでで回答として、基本的な役目は果たしたことになります。

しかしそのノロウイルスの遺伝子型は何なのか、さらにその遺伝子の配列はどのようなものかを追及することによって、原因、発生場所、地域性、広域の場合の共通性の有無などが分かってくることが多々あります。

川崎市健康安全研究所では、さらにその遺伝子配列にはこれまでのものと同様のものか否か、変異があるのかないのかといったなど、さらに先の研究まで推し進めた結果、2015年には世界で最初となる新型ノロウイルスを確認して国際的に発表し、世界中のノロウイルス研究に大きな影響を与えました。

川崎市は医学研究に対する理解が深く、世界最高水準の研究開発を進めようというキングスカイフロント構想もあって、医科学研究をより強く後押ししています。こうした背景が相まって、川崎市健康安全研究所では通常の調査・検査だけでなく、そこから一歩踏み込んだ研究を盛んに進めています。

川崎市感染情報発信システム

川崎市感染症情報発信システムとは、2014年4月から運用開始した感染症情報共有システムのことです。

川崎市健康安全研究所に集められた感染症に関する情報について、医療機関、保健行政機関の間での迅速な共有を目的としており、市内における各種感染症の流行状況や疾患の基礎情報などを中心に公開しています。

またサイト内では一般の方に向けて、そのとき流行している・もしくは世間から注目されている感染症の基礎的な内容等をわかりやすくお届けしています。

ただし感染症情報のすべてが公開されてるわけではなく、専門的な事項等については「関係者ログイン」として、パスワードを配布した関係者のみがアクセスできるようにしています

川崎市感染症情報発信システム

(スマートフォンでも“KIDSS”で検索・アクセス可能です)

届け出が行われている性感染症全体についていえば、データ上はその多くが近年減少傾向にあります。

それはそれでよいことなのですが、一方では、性感染症の届け出は人が病気になった場合、つまり症状がでて医療機関を訪れた場合であり、感染はしているけれど症状が現れにくいような場合は医療機関に訪れることはあまりないので、診断されないまま感染源にはなっているというようなことも考えておく必要があります。

また近年では、性的接触開始年齢が低下傾向にありますが、若者たちが性感染症の専門医療機関である泌尿器科や婦人科に行くのに抵抗感があるであろう、ということも考えておく必要があります。これらの場合には、いつのまにか進行して初めて気がつくということがあるので、注意が必要です。

性感染症では性的接触が病原菌の感染と密接に関係しています。川崎市健康安全研究所や行政の担当部署は、感染源や経路特定のために患者さんから検体だけでなく、ややプライベートに関わる情報などを提供していただくこともあります。

これらの情報は感染症の治療・拡大予防に必要なものですが、個人情報にかかわることであり、公開されるようなことはありません。また私達はそのことについて十分配慮し、注意するようにしています。

このことは性感染症に限らず感染症全体に共通することですが、患者さんから提供していただいた検体や情報に関する管理責任は、情報提供を受ける立場のすべての者が持つ責任であると同時に、医療・行政・研究などどの立場であれ、感染症に携わる者すべてに求められる基本的なモラルでもあると思っています。

岡部信彦先生

感染症の動向をつかむためには、その疾患のベースラインを常に把握していることが重要になります。ベースラインとは、その感染症の患者数がどのくらい今いるのか、過去にはどうであったかといういわば物差し、つまり患者数の日頃の動態のことです。

このベースラインは感染症によって異なります。そのため患者数が数字の上で増えたといっても、ベースラインが高いか低いかによって、患者数増減の意味やその後に求められる対応は全く違ってくるのです。

ベースラインを把握する作業は非常に地味ですが、感染症の動向を地域レベル、全国レベル、そして世界レベルで把握し、情報共有を行ない、必要な各種対策を講じるために、非常に重要な仕事なのです。いわば辞書作りに共通するものではないかと考えています。

全国から集められたサーベイランスデータは、全国における感染症の流行状況をつかむのに欠かせません。しかしサーベイランスから得られた情報も、そのままコンピューターから出てきた数字だけを鵜呑みにすることはできないのです。

都道府県や都市ごと、また同じ市内であっても住宅街か商業地区(繁華街)か、工業地域か、人口の大小・密度、人の移動などによって、その見方は違ってくることがあります。

またサーベイランスデータを読むときは、居住している地域外の医療機関で検査を受ける方もいらっしゃることを念頭に置く必要があります。たとえばHIVでは、自分が検査を受けていることを知られたくないと思われる方は、関東なら東京都、関西であれば大阪府といったように、あえて近隣の大都市にある専門施設を選んで検査することもあろうかと思います。

つまり感染症の場合、報告が多い地域イコール感染者が多い地域とは限らない。そしてサーベイランス上はゼロでも、その地域に患者さんがいないというわけではないということも常に意識してサーベイランスデータを読む必要があります。

データを扱う仕事をしていると数字の動向に目が向きがちですが、こうしたことも踏まえて分析をする必要があります。そのためサーベイランスを担当する者は、地域をよく歩けと言われます。

 

  • 川崎市健康安全研究所 所長

    岡部 信彦 先生

    医学部卒業後、小児科医師として各地の病院で研鑽を積む。1978年からバンダービルト大学小児科感染症研究室で知見を広め、帰国後はWHO西太平洋地域事務局や国立感染症研究所感染症情報センター所長などを歴任。
    現在は川崎市健康安全研究所所長の立場から、ジカ熱や梅毒などの感染症から川崎市民の健康と安全を守るべく、川崎市の担当者と連携して対策を講じている。

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