突然背中や胸に激しい痛みが発生する急性大動脈解離は、発症後数時間以内に病院で治療を受けなければ命に危険が及ぶ疾患です。大動脈瘤と違って病気の発生個所が広範囲に渡り、痛みの位置も変化していくという特徴があります。ショック死してしまうことも少なくないため、特徴的な痛みの症状が現れた場合は直ちに救急車を呼ぶことが重要です。急性大動脈解離の原因と症状について、熊本大学病院心臓血管外科教授の福井寿啓先生にお話しいただきました。
動脈解離とは、血液の通り道である血管の壁(血管壁)に血液が流れこみ、内膜に亀裂が入ることで、血管の内膜と外膜が裂けていく病気です。突然解離が起こる急性動脈解離と、徐々に解離が進行する慢性動脈解離がありますが、解離は基本的に急激に発症し、解離の範囲はその時点でほぼ確定します。そのため、急性と慢性の定義は解離が発症してからの経過日数で分類されます。急性は2週間以内、慢性は2週間以降のものをいいます。
急性大動脈解離は非常に激しい痛みを伴い、重症の場合は直ちに治療介入を行わなければ死亡する危険性が高く、急性動脈解離のなかでも最も注意すべき種類の解離です。
急性大動脈解離と大動脈瘤は共に大動脈に発生しますが、これらは別の疾患であり、それぞれ症状や病態が異なります。
大動脈瘤は主に動脈硬化(動脈が硬く・脆くなること)が原因で発症する病気です。
動脈硬化によって動脈壁が弱くなっている部分に血流の圧力(血圧)が加わると、血管が外側に向かって瘤(こぶ)のように膨らんで拡大し、血管の壁が薄くなります。基本的には局所的に発生するため、どの部分に大動脈瘤が生じているのかを指摘できることが特徴です。この瘤(こぶ)が破裂した場合、動脈壁が割れて血液が血管外に流れ出ます。大動脈瘤が発生しただけであれば多くの場合は無症状ですが、瘤(こぶ)が破裂すると激烈な痛みが現れます。
一方で大動脈解離の場合、内膜の亀裂を始点に全身の血管が裂けていくため、発生個所が広範囲に及びます。
急性大動脈解離では解離が発症した際に激しい痛みが現れ、血管が裂けている箇所に応じて痛みの位置も変化していきます。その痛みは想像を絶するほど強く、意識を失うか、ひどい場合はショック死してしまう患者さんも少なくありません。
先ほどご説明した大動脈瘤は、動脈硬化が原因でしたが、この大動脈瘤と混同されがちなものに解離性大動脈瘤があります。
慢性大動脈解離の場合、弱くなった血管壁の内膜が裂けて外膜から外れ、薄くなった血管の外膜が血圧によって徐々に拡大してきます。血管の一部が解離によって拡大し、瘤状になった状態を解離性大動脈瘤と呼び、瘤が5㎝以上になると破裂する危険があります。
このように、解離性大動脈瘤は一般的な大動脈瘤と違い、解離によって発生した大動脈瘤の拡大が慢性期に発生してくることが特徴です。動脈硬化によって発生する通常の大動脈瘤と混同されてしまいがちですが、そのメカニズムは大きく異なります。
急性大動脈解離では、解離した血管が裂けて胃や腸、肝臓、膵臓、脳など内臓に向かう血流が途絶されたり血が通いにくくなったりすることで、血液が十分に供給されず、酸素不足になった結果、臓器障害が起こる場合があります。
臓器障害は、急性大動脈解離の患者さんのおよそ1割にみられる症状で、すべての患者さんが発症するものではありませんが、臓器障害をきたすと命に危険が及ぶので注意が必要です。
急性大動脈解離における臓器障害として、第一に注意すべきは心疾患です。具体的には、大動脈弁閉鎖不全症や心筋梗塞、心タンポナーデ(心臓の周りに血が溜まって心臓を圧迫する病気)などが挙げられます。
その他、左右の頸動脈が解離した場合は脳梗塞などの脳血管疾患、腹部内臓の血管が解離した場合は肝臓や腎臓、腸の虚血・壊死が起こったり、脊髄への血流が途絶して下半身麻痺が生じたり、手足の血流が悪くなって動かなくなったりすることもあります。
このように、急性大動脈解離は全身に影響を及ぼす危険性をはらんだ疾患ということができます。
急性大動脈解離は、解離の発生した場所によってA型とB型に分類されます。
上行大動脈が解離しているタイプの急性大動脈解離です。急性大動脈解離のなかでも重症度(死亡する危険性)が高く、発症した場合は緊急手術が必要になります。
上行大動脈が解離していないタイプの急性大動脈解離で、比較的重症度が低く、内科的アプローチによって治療できる可能性があります。ただしB型の場合でも臓器障害を起こしており、末梢への血流が途絶えていたり、脈が触れない場合は手術が必要です。
急性大動脈解離の最大の症状は「痛み」で、発症した直後から胸や背中を中心に非常に激しい痛みが起こります。あまりの痛さに意識を失ったり、ショック死したりするケースもあります。
先述の通り、急性大動脈解離では血管が裂けている地点を中心に痛みが発生し、胸から背中にかけて、裂けた部分と一致して痛みが続いていきます。ですから、痛みの箇所も解離の進行に伴い変化することが特徴です。
また、重症度および死亡の危険性も型(A型・B型)によって異なりますが、痛みの度合いはどちらの型も同じ程度だといわれています。
急性大動脈解離の場合、特別前兆と呼べるような症状はありません。患者さんによっては発症の数日前から数回胸痛が起こったという方もおられますが、この場合は最初に胸痛が自覚できたときから既に急性大動脈解離が発症していて、進行するにつれて痛みが分散していった可能性が考えられます。
翌日になっても胸痛が治まらない場合は、数日かけて大動脈解離が進行している可能性もあるので注意が必要です。
急性大動脈解離は血管内膜の障害で起こる病気ですから、血管内膜に亀裂が入りやすい状態の方は急性大動脈解離を発症するリスクが高いと考えられます。
たとえば高血圧、喫煙、過度のストレスなどは血管を障害する要因であり、大動脈解離の発症リスクになりうると考えられています。また、一部の高血圧症には遺伝が関与しているなど遺伝的な要因もリスクとして指摘されているものの、遺伝的要素の有無にかかわらず、高血圧の発症には生活習慣病が最も深く関係します。
ですから急性大動脈解離を予防するためには、喫煙や飲酒を含め、生活習慣を整えておくことが大事です。急性大動脈解離の発症年齢は60~70代に多いものの、生活習慣病は30代頃から増えてくるため、特にご両親が高血圧症である方の場合は、たとえ現在血圧が高くないとしても注意が必要で、年齢が若いうちから意識的に減塩・禁煙・節酒を心掛け、ストレスをためこまないようにしてください。日常的に生活習慣病を予防することで、急性大動脈解離の発症リスクを軽減できる可能性があります。
※ただし、これらの生活習慣や素因を持たない方であっても急性大動脈解離を発症することはあり、遺伝的な要因も十分には解明されていません。
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