筋強直性ジストロフィーとは成人でもっとも多い遺伝性の筋疾患で、本邦では10万人あたり7名ほどが発症しています。近年の研究により、筋強直性ジストロフィーは遺伝子異常が原因であることがわかってきました。筋強直性ジストロフィーの原因、症状、メカニズムについて、大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学の中森雅之先生にお話を伺いました。
筋強直性ジストロフィーとは、筋ジストロフィー(骨格筋の変性を引き起こす遺伝性筋疾患の総称)の一種で、成人でもっとも多い遺伝性の筋疾患です。また、国の指定難病に設定されています。
筋強直性ジストロフィーを発症すると、筋力低下・筋萎縮(筋肉がやせる現象)が起こります。筋強直性ジストロフィーの患者さんは、側頭筋(こめかみ周辺の筋肉)や咬筋(こうきん:ものを噛む筋肉)が萎縮することで、顔の幅が狭くなります。これを、斧様顔貌またはハチェットフェイスといいます。筋強直性ジストロフィーの外面的特徴としては、斧様顔貌のほかに、眼瞼下垂(まぶたが開きにくくなる疾患)や、前頭部脱毛があります。
筋強直性ジストロフィーはあらゆる年代で発症するリスクがあり、なかでも20〜30代の発症がもっとも多いといわれています。筋強直性ジストロフィーは、発症した時期によって、先天型・幼(若)年型・成人型・遅延発症型に分類することができ、またその時期によって症状が異なることも多いです。
先天型の筋強直性ジストロフィーは生まれたときから症状があり、比較的重篤な精神発達障害を伴うケースもみられます。幼(若)年型は20歳未満、成人型は20歳以上の発症という時期による分類です。遅延発症型はおもに60〜70代で、若干の筋力低下・白内障などの軽い症状があらわれるタイプです。
遅延発症型の場合、多くの患者さんは生活に大きな支障なく過ごされており、ご家族に筋強直性ジストロフィーの診断がついたことをきっかけに検査をして、初めて判明するケースも多くみられます。
近年の研究により、筋強直性ジストロフィーは遺伝子異常が原因であることがわかってきました。さらに筋強直性ジストロフィーは、原因となる遺伝子異常のタイプによって、1型(DM1)と2型(DM2)の2タイプにわけられます。症状は基本的に共通であり(細かい違いについては症状の章で解説します)、症状だけでタイプを診断することは難しいため、遺伝子検査によって診断を行います。
1つ目の筋強直性ジストロフィー1型は、10万人あたり7名ほどの発症です。一方、2型は日本で1家系(数名)のみが確認されています。つまり本邦における筋強直性ジストロフィーは、ほとんどが1型であるといえます。
筋強直性ジストロフィーは遺伝子異常が原因であるとお話しましたが、遺伝子の異常は一体どのようにして起こるのでしょうか。体をつくる細胞は、DNAとRNAに書かれた遺伝情報をもとに生成されています。次項では、遺伝子異常にかかわるDNA、RNAのはたらきについてご説明します。
体のあらゆる細胞は、タンパク質でできています。DNAには、タンパク質の合成に必要な遺伝子の設計図(塩基配列)が書かれています。しかしDNAに書かれている遺伝情報が直接タンパク質にコピーされるわけではありません。
遺伝子の設計図であるDNAは、傷がつかないよう細胞の細胞核内に保存されています。DNAに書かれている遺伝情報は、いったんRNAにコピー(転写)され、細胞内のタンパク質を合成する場所(リボソーム)に運ばれます。そしてRNAをもとにして、目的となるタンパク質が合成されるのです。この転写されたRNAからタンパク質が合成される過程を「翻訳」といいます。
遺伝子情報は、タンパク質の情報をもつ部分(エクソン)と、タンパク質の情報を持たない部分(イントロン)で構成されています。遺伝子情報が翻訳される過程では、いったんイントロンを含む情報が転写されますが、その後、不要なイントロンが取り除かれ、エクソンのみで構成された遺伝子情報がリボソームへ運ばれます。また1つの遺伝子から数種類のタンパク質を合成するために、エクソンは微妙な調整を行います。このようなはたらきを「スプライシング」といいます。
多くの遺伝性疾患は、もとになるDNAのエクソンの部分に傷・変異があり、間違った遺伝子情報がRNAにコピーされ、異常なタンパク質が合成されます。しかし筋強直性ジストロフィーの場合には、合成されるタンパク質自体には異常がなく、遺伝子情報を運ぶコピーとしてのRNAに異常があることが知られています。
筋強直性ジストロフィー1型は、ミオトニンプロテインキナーゼ(DMPK)という遺伝子のタンパク質の情報をもたない部分でCTGの繰り返し配列が異常に伸びるという特徴があります。通常であれば、CTGの繰り返しが5〜37ほどですが、筋強直性ジストロフィーの患者さんは50〜6,500と異常に伸びています。
筋強直性ジストロフィー2型は、CNBP遺伝子の第1イントロン(翻訳されない領域)部分の CCTG配列が異常に伸びていることが原因で起こります。
異常なDNAからコピーされたRNAの異常に伸びた塩基配列の繰り返し部分はヘアピン構造を形成し、他のタンパク質を吸着します。すると、体のあらゆる部分で本来はたらくべきタンパク質がその機能を果たせなくなります。その1つが、スプライシングを司るタンパク質です。
筋強直性ジストロフィーでは、筋肉の構造を保つ細胞骨格や、筋肉の弛緩にかかわるイオンチャネルのスプライシングを制御するタンパク質がヘアピン構造に吸着されることで、スプライシング機能が阻害され、先述のような症状が引き起こされるのです。
筋強直性ジストロフィーには、3つの典型的な症状があります。おもな筋肉の症状は、筋強直(ミオトニア)と、進行性の筋力低下・筋萎縮(筋ジストロフィー)です。それらに加え、不整脈、認知機能障害、白内障、内分泌機能異常など、多彩な合併症を引き起こします。
筋強直(ミオトニア)とは、筋肉の弛緩(しかん:ゆるむこと)がうまくいかない現象で、手を握るとパッと開かないなどの症状としてあらわれます。
筋ジストロフィーとは、進行性の筋力低下、筋萎縮(筋肉が痩せること)をさします。先述のように筋強直性ジストロフィーの発症時期はケースによって異なりますが、一度発症すると、年単位で徐々に悪化していきます。筋力低下の軽症ではペットボトルのふたが開けにくいなどの症状がみられ、進行するとボタンが留められない・箸が持てなくなる等の症状がみられます。より重症化した場合には、全身の筋力が衰えることで車椅子が必要な状況や、寝たきりになることがあります。また嚥下(ものを飲み込む)に必要な筋力が低下し、栄養摂取が困難になったり、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:食道に入るべきものが気管に入ることで起こる肺炎)を引き起こしたりすることがあります。
筋萎縮の症状について、1型は遠位筋(胴体から離れた手や足の筋肉)から衰え、2型は近位筋(胴体に近い太ももや二の腕の筋肉)から衰えていく特徴があります。
スプライシング異常は全身のさまざまな臓器に起こるリスクがあり、その発生箇所によって不整脈、白内障、認知機能障害、内分泌機能障害、糖尿病、過眠症などの合併症を引き起こします。タイプによる違いとしては、2型の場合には脳の症状がない、もしくは非常に軽いという特徴があります。
4割の患者さんが発症する不整脈は予後に大きなかかわりを持つため、特に注意する必要があります。またインスリン(血糖値を下げるホルモン)の反応性に障害を認める患者さんは5割以上といわれ、それが重症化すると糖尿病に至ります。糖尿病は1〜2割ほどの患者さんに発症します。白内障は初期に発症することが多く、白内障をきっかけに筋強直性ジストロフィーの診断に至るケースもみられます。
筋強直性ジストロフィーによって起こる過眠には、2つの要素があります。1つ目は、脳幹(脳と脊髄をつなぐ部分)の機能低下によって意識を覚醒状態で保てなくなり、常に眠い状態が続く中枢性過眠症です。2つ目は、呼吸筋障害や呼吸調節障害によって睡眠時無呼吸症候群になり、日中に眠い状態が続く過眠症です。
【筋強直性ジストロフィーのおもな合併症】
記事2『筋強直性ジストロフィーの検査、合併症に対する治療(対症療法)』では、筋強直性ジストロフィーの検査・治療についてお話します。
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