「MICS(ミックス)」という方法で行う心臓手術をご存知ですか。MICSは、胸(胸骨)を大きく開けるのではなく、小さな皮膚切開で行う心臓手術のことです。MICSを行うことで、術後の回復が早くなったり、感染症のリスクを軽減したりできるため、近年実施する病院も増えてきています。今回は横須賀市立うわまち病院 心臓血管外科部長である安達晃一先生に、MICS手術についてお話を伺いました。
MICS(ミックス)とは、「Minimally Invasive Cardiac Surgery」の略で低侵襲心臓手術という意味です。
従来から心臓手術は、胸骨を縦に15cmほど切って心臓を露出して行う「胸骨正中切開」という方法が一般的でした。しかし、胸骨正中切開では、胸の真んなかに大きな傷が残りますし、胸骨を切開することによる縦隔炎(縦隔が細菌などに感染して炎症を起こすこと)などのリスクがあります。
一方、MICSでは胸骨を切開せずに、小さな皮膚切開で手術を行います。たとえば、僧帽弁形成術の場合であれば、右胸を8cmほど切るだけで手術を行うことが可能です。小さな傷で手術を行うことができるため術後の回復が早く、縦隔炎などの発症リスクがほとんどありません。
ただし、僧帽弁形成術などの手術の場合は、胸骨正中切開でも、低侵襲な「MICS」でも、心臓を止め、代わりに人工心肺で体外循環を行う必要があります。また、弁の形成やリングの装着、人工腱索の再建など基本的な手技はどちらの手術も同じです。
そのため、MICSは「Minimally Invasive Cardiac Surgery(低侵襲心臓手術)」ではなく、「Minimally Incision Cardiac Surgery(小さな傷で行う心臓手術)」とよぶほうが正しいのでは、という意見もあります。
MICSが適応となる病気として、主にこれらの病気が挙げられます。
など
横須賀市立うわまち病院では、僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術、大動脈弁閉鎖不全症や狭窄症に対する弁置換術、狭心症や心筋梗塞に対する冠動脈バイパス術をMICSで行っています。
ただし、すべての患者さんにMICSが適応できるわけではなく、MICSを行ううえではいくつかの条件があります。
僧帽弁形成術のような心臓弁膜症の手術などでは、患者さんの心臓を止めたうえで「人工心肺」という体外循環装置を取り付けて手術を行います。
胸骨正中切開では、心臓から出ている大動脈に人工心肺を取り付けますが、MICSでは、人工心肺を大腿動脈(太ももの付け根にある動脈)に取り付け、そこから血液を送り出す必要があります。
そのため、大腿動脈から心臓に向かう途中にある腹部大動脈に、腹部大動脈瘤があるなど、大腿動脈からのルートに何らかの異常がある場合にはMICSによる手術ができないことがあります。
このような理由から、MICSを行う前には造影CT検査(血管に造影剤を注入したうえで、エックス線を使って身体の断面を撮影する検査)を行い、大腿動脈の性状に問題がないかどうかを確認します。また、大腿動脈送血が危険と判断した場合には、腋窩動脈送血などほかの送血路を選択します。
MICSでは、片方の肺の空気を抜いて肺を潰す「片肺換気」という状態で手術を行います。そのため、肺機能が悪く、片方の肺だけでは手術に耐えられないと判断された方は、基本的にMICSの適応にはなりません。また、特殊な方法として人工心肺を開始して、呼吸循環を補助しながら片肺換気にしてMICSを行う場合もあります。
MICSを行うことで何らかのリスクが生じる可能性がある場合、当院では無理にMICSを行うのではなく、胸骨正中切開を選択するようにしています。
たとえば、僧帽弁と大動脈弁の同時手術のように治療箇所が複数ある場合や、心臓や胸郭の形状によって視野が悪いと予想される場合などは、胸骨正中切開で手術を行うことが多いです。
胸骨正中切開では胸骨を大きく切開するため、細菌などが胸骨に感染することによる縦隔炎の発症リスクがあります。しかし、MICSでは胸骨を切る必要がないため、縦隔炎を発症するリスクは極めて低いといえます。
術後に縦隔炎を発症すると、その治療のために入院期間が長くなってしまうこともあるため、胸骨を切らずに心臓手術ができる点はMICSの大きなメリットです。
MICSは胸骨正中切開に比べて、術後の回復が早いというメリットもあります。そのため、入院期間も短縮でき、胸骨正中切開よりも1週間ほど早く退院される方がほとんどです。
冒頭でもお話ししましたが、胸骨正中切開では胸の真んなかを15cmほど大きく切開するのに対し、MICS(僧帽弁形成術の場合)では8cmほどの小さな傷で手術を行うことができます。そのため、術後に残る傷跡も小さくて済みます。
これは医師側のデメリットですが、MICSは小さな傷口から手術を行うため、目視で確認できる範囲がどうしても限られてしまいます。そのため、胸骨正中切開よりも手術の難易度が高くなり、その分手術時間も長くなる場合があります。
また、術中にみえにくい場所から出血が起こると、止血が非常に難しくなることもあります。このように、術中の視野が限られることで、胸骨正中切開よりも手術に伴うリスクが高くなる可能性があります。
胸骨正中切開は神経があまりない部分を切開するため、傷の大きさの割に強い痛みを訴える患者さんは多くありません。しかし、MICS手術では肋間神経のある肋骨の間を切開するため、術後に痛みを感じる方が多いです。
そのため、手術中に「肋間神経ブロック」という麻酔を行うことで、術後に生じる痛みを緩和します。
心臓手術を行ううえでは、安全性と確実性の高い手術を行うことが何よりも重要です。
患者さんの状態(大腿動脈の性状など)によってはMICSを行うことで、大きなリスクを伴うと予想される場合があります。このような場合には、MICSに固執するのではなく、たとえ手術創が大きくなったとしても、確実性の高い胸骨正中切開で手術を行います。
ここまでご説明してきたように、MICSには術後の回復の早さや感染リスクの軽減など、患者さんにとって多くのメリットがあります。しかし一方で、先述のリスクやデメリットについても十分に考慮しなくてはいけません。ですから、これらのメリット・デメリットを患者さんにきちんとご説明したうえで、手術方法を決定することが非常に重要です。
横須賀市立うわまち病院 心臓血管外科 部長
横須賀市立うわまち病院 心臓血管外科 部長
日本心臓血管外科学会 心臓血管外科修練指導者・心臓血管外科専門医日本外科学会 外科専門医・指導医
心臓血管外科全般を専門とし、2016年9月より須賀市立うわまち病院 心臓血管外科部長を務める。自治医科大学卒業生として秋田県の僻地病院勤務の後、自治医科大学附属さいたま医療センター心臓血管外科に入局。大動脈疾患や弁膜症、虚血性心疾患などの数多くの重症、難易度の高い手術症例を経験し、若手の指導医にも精力的である。インフェクションコントロールドクター、NSTディレクターとして病院内の総合的な役割も担ってきた。湘南鎌倉総合病院心臓血管外科部長、春日部中総合病院心臓血管外科部長を歴任し、2009年には横須賀市立うわまち病院心臓血管外科も開設を手掛けた。今回の横須賀赴任は二回目で、赴任後は積極的に緊急手術を受け入れ、急速に手術症例が増加している。現在も、自治医科大学附属さいたま医療センターおよび関連施設で手術指導をしている。近年は心臓手術の約半数で小開胸アプローチによる低侵襲手術を実施している。
安達 晃一 先生の所属医療機関
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