「がん」というと強い痛みが生じるイメージを抱いている方は多いのではないでしょうか。肺がんでは、がんが肺に留まる限り痛みを感じることはありませんが、他臓器(特に骨)に転移するとその部位に痛みが生じることがあります。
今回は獨協医科大学病院呼吸器外科の診療部長である千田雅之先生に、肺がんで生じる痛みや手術に関連して起こる痛み、またそれらへの対処法についてお話しいただきました。
肺には痛みを感じる神経がありません。そのため、がんが肺にとどまっている限りは、肺(胸)の痛みは感じません。
肺は、胸膜という膜に覆われています。そして、胸膜は肺の表面を覆っている臓側胸膜と、肋骨や肋間筋などの胸壁を覆っている壁側胸膜に分かれます。
このうち、壁側胸膜には痛みを感じる神経が広く分布しています。そのため、がんが肺の外にある肋骨や肋間筋などの胸壁へ浸潤(広がること)していくと、胸の痛みの症状が起こります。
肺がんは骨や肝臓、脳、副腎に転移しやすく、これらの臓器に転移するとその部位の症状として痛みが生じます。特に骨への転移が起こりやすく、背中や肩、腰などに痛みを感じていたら、実は肺がんの骨転移だったということは少なくありません。
がんによる痛みに対しては、医療用麻薬を中心とした痛み止めの薬を使用します。医療用麻薬には、内服薬や注射薬、皮膚に貼り付ける貼付薬などがあります。
医療用麻薬は、いきなり使用量を増やすと吐き気などの副作用が出てしまうため、少量から始めて、痛みが取り除けなければ徐々に量を増やしていきます。そうすることで、体が薬に慣れてくるため、副作用の発現も抑えることができます。
また、痛みは決して我慢するものではありませんので、痛みがある場合には積極的に医療用麻薬を使用して問題ないと考えます。
放射線治療には、がんを治すための根治照射のほかに、がんによる痛みを取り除くための緩和照射があります。緩和照射では、根治照射に比べて少ない量の放射線を使用します。
また、肺がんの緩和照射は、骨転移によって強い痛みを感じている方に行うことが多いです。
肺がんが骨に転移しているとわかった場合、痛みの症状がなかったとしても、痛みが生じる前に骨転移の進行速度を遅らせる治療を行います。
骨にあるがん細胞は、骨を壊す細胞である破骨細胞を活性化させて、自らが増殖するためのスペースを作りながら広がっていきます。そのため、破骨細胞のはたらきを抑える薬を無症状のうちに使用することで、骨転移による痛みを予防することができます。
ここまで、がんそのものによる痛みとその対処法についてお話ししてきました。ここからは、肺がんの手術に伴う痛みと対処法についてお話しします。
近年、肺がんの手術では胸腔鏡手術が普及してきました。胸腔鏡手術では、肋骨と肋骨の間を切開して、そこから器具を挿入して手術を行います。このとき、肋骨に沿って走っている肋間神経が損傷されることで、術後肋間神経痛として痛みが残ることがあります。
肋間神経痛は、術後数日で治まることがほとんどですが、古傷の痛みのようにその後も何となく痛い感じが続くこともあります。
硬膜外麻酔とは、脊髄のすぐ近くにある硬膜外腔に局所麻酔薬を注入する麻酔のことです。術後の痛みを取り除くために、手術時に硬膜外カテーテルという医療用の細い管を挿入して、術後2〜3日間かけて24時間持続的に麻酔薬を流し続けます。
硬膜外麻酔は、肺がんの手術を受けた患者さんのほとんどに行われています。
何らかの原因(出血傾向があるなど)で硬膜外麻酔ができない場合には、手術終了時に肋間神経ブロックを行います。
肋間神経ブロックとは、痛みの原因となる肋間神経またはその周囲に、局所麻酔薬を注入することで痛みを抑える麻酔のことです。
手術終了時には、先述した硬膜外麻酔または肋間神経ブロックを行いますが、それでも痛みを取り除くことができない場合には、トリガーポイント注射を行うことが多いです。トリガーポイント注射とは、痛みを感じる部分に直接局所麻酔を注入する治療です。
痛みの感じ方は人それぞれです。同じ手術をしても、痛みをほとんど感じない方もいれば、痛みが長引いてしまう方もいらっしゃいます。そのため、痛みの症状について医師とよく話し合い、それぞれの痛みに対する治療を行うことが大切です。
痛みは我慢するものではありません。痛みを感じているときには積極的に痛み止めの薬を使用して痛みを取り除き、QOL(Quality of life:生活の質)を維持していただくことが大切です。
医療用麻薬は正しく使用すれば、長期間使用したからといって体へ悪影響を及ぼすことはほとんどありません。むしろ、痛みを我慢し続けることによるストレスで免疫力が低下してしまうと、免疫療法である免疫チェックポイント阻害剤などの効果がなくなってしまうことも考えられます。肺がんを治すためにも、痛みによるストレスを取り除いてあげるようにしましょう。
獨協医科大学 呼吸器外科学 教授
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