難治性慢性疼痛とは、通常行われる治療効果の見込みが低く、痛みが長期間続き、生活の質(QOL)に大きな支障が出ている状態のことをいいます。我が国において、慢性的な痛みを抱える人は1,700万人ともいわれています1)。ところが、日本における痛みの治療は発展途上であるといわれ、先進諸国のみならず東・東南アジアの中でも遅れている現状があります。
患者さんを困らせる痛みを知り、日常生活の質を向上させるために、今回は、世界で初めて設立された痛み治療センターであるワシントン州立ワシントン大学集学的ペインセンターで学び、現在、横浜市立大学附属市民総合医療センターで診療教授を務める北原雅樹先生に、難治性慢性疼痛についてお話を伺いました。
通常の治療法では効果が少ないといわれる難治性慢性疼痛は、多くの場合、複雑な要因が重なり、慢性的な痛みが生じています。その複雑な要因を一つひとつ突き止め、適切な治療法を組み立て、患者さんと共に痛みの軽減に取り組みます。
難治性慢性疼痛を知るために、「急性疼痛」と「慢性疼痛」についてお話します。
急性疼痛とは、一般的にけがや病気などが原因となり、引き起こされる痛みのことを指します。よって、その痛みの原因となるけがや病気が治れば、しだいに痛みからは解放されることが期待できます。また、急性疼痛は体を守る反応のひとつで、人間の活動のなかでとても重要な役割を担っています。脳が「痛い」と認識するからこそ、病気やケガを発見し、治療をすみやかに行うことができるのです。
一方、慢性疼痛とは、3か月以上に渡りなかなか治らない、もしくは治ったと思っても繰り返すような痛みや、けがや病気などの回復後にも持続する痛み、すぐには改善が難しい身体的障害に伴う痛みなど、長期間持続する痛みのことを指します。
それぞれの治療アプローチをみてみると、急性疼痛は痛みの原因を取り除くことが目的なのに対し、慢性疼痛は痛みそのものが治療対象になります。
慢性疼痛の要因には、侵害受容性、神経障害性、心理社会的という、3つの種類があります。これらの要因は、互いに密接に関連し、慢性疼痛を引き起こすことも多いです。そのため、診断の際には、患者さんの痛みを総合的に理解し、個々のケースに応じた治療・ケアを選択することが重要です。
・侵害受容性
炎症や関節の変形、軟骨の変性などによって起こる痛み
・神経障害性
体性感覚神経系の病変や疾患によって起こる痛み
・心理社会的
感情の変化やストレスなどによって起こる痛み
先ほど申し上げたように、痛みは、けがや病気を警告するためのアラームのような役割を果たしています。
慢性疼痛を火災報知器にたとえると、火災(けがや病気)を感知するシステムが壊れてしまい、火災が起こっていないのにアラームが鳴っている(痛みがあらわれている)状態といえます。
慢性疼痛は、原因が明確にはわかりにくい痛みが出たり出なかったりする期間が長引くことで患者さんを困らせ、日常生活に支障をきたします。
そこで、当院では、痛みの原因を丁寧に追求し、痛みの正体を知ることで、患者さんに合わせた治療法を組み立てることで、治療を行っています。
難治性慢性疼痛は、次の2つに大別することができます。
難治性になるケースは、大きく3つあると考えられます。
治し方がいまだ確立されていないものがあてはまります。たとえば、手や足が切断されているのに、失われた手や足に痛みを感じる幻肢痛なども、難治性の領域に入ります。
患者さん側になんらかの理由があるケースとしては、たとえば、肝臓や腎臓などの状態が悪く積極的な投薬治療を行えないような身体的理由がある場合や、心肺機能の低下により積極的な理学療法を行えないような場合があてはまります。
ほかにも、家庭環境が複雑で積極的に治療に向き合えない場合や、職場環境が不適切(パワハラやブラック企業など)である場合には、難治性の疼痛となってしまうことがあります。また、世界に目を向けると、貧困によって十分な医療が受けられないという要因も、難治性に至る原因となりえると考えられます。
医療者に、慢性疼痛に対する知見が不足しているがために、適切な診断や治療を行えていない場合があてはまります。なかでも、心理社会的要因に関する知識不足や探求不足は、患者さんの痛みを「気のせい」などと判断してしまうことにつながり、疼痛を難治性にしてしまう原因になると考えられます。
難治性慢性疼痛の多くは、上記のような、身体的な問題、心理的な問題、社会的な問題の3つの要素が絡み合って発生していると考えられます。
難治性慢性疼痛の治療では、その痛みの根本原因がなんらかの大きなけがや病気に起因するものなのか、それとも生活習慣に起因するものなのか、まずはその点を見極めることがとても大切です。
当院では、問診票を記入していただくことから治療がスタートします。
当院の初診の問診票は、紙に記入するものと、タブレットに入力するものとがあります。患者さんの中には、質問項目の多さに驚く方もいらっしゃいます。しかし、患者さんの生活習慣の概要を把握し、痛みの正体を探る手掛かりを見つけるためには、この多くの質問が必要なのです。
<主な問診票の質問項目>
問診票の質問項目は、家族構成や仕事についてなど、生活の基本的な質問に加え、痛みの始まった時期や症状、痛みがどのくらい生活に影響しているかなど、「痛みそのもの」についても詳しく質問します。痛みの正体を探ると同時に、痛みがその人の生活にどのように影響しているのかも把握し、生活の質の向上を目指した治療法の検討に活用します。
また、服用している薬についても詳しく質問するので、受診時には必ず「お薬手帳」を持参してください。複数の医療機関を受診している場合、服用する薬も多岐にわたることがあります。その多岐にわたる薬が、痛みに悪影響を与えている場合もあり、服用中の薬も、再度、確認することが必要なのです。
なお、患者さんがすでに精神科や心療内科を受診している場合や、重篤な病気(難病に指定されている病気や自己免疫疾患、がんの治療後など)を治療している場合については、主治医からの紹介状をいただくようにしています。
このように問診では細かくお話を伺いますので、初めて来院される患者さんの場合ですと2~3時間、場合によっては4~5時間ほどかかることもしばしばあります。
当院では、紹介患者さんが中心ですので、紹介元の医療機関でのCTやレントゲンなどの画像検査をはじめとした検査データ、およびその検査所見の再評価を行います。
しかし、痛みの原因の多くはこれら画像検査には写りにくいというのが実情です。ですから、当院では画像検査は必要最低限にとどめ、医師が触診し、痛みが発現している場所の確認はもちろん、自覚していない痛みやコリ、関節の固さ、感覚低下や過敏、筋力低下、身体の使い方の不適切さなどを把握することに重点を置いています。
触診に際しては、打腱器や、つまようじ、綿棒など、とても簡便なツールも用います。つまようじや綿棒などは、患者さんにとっては日常生活の道具ですから触診に使うと驚く方もいらっしゃいますが、患者さんの痛みの感覚を推し量るために便利です。
触診を丁寧に行うことで痛みの原因にたどり着くこともありますし、神経に異常がある場合は打腱器で見つかることもあります。
当院では、医師の五感も活用して患者さんを丁寧に触診し体の状態の把握につとめると同時に、慢性疼痛以外の異常が見つかれば、院内の他科と連携して治療を開始します。
認知症の場合、こだわりが強くなる傾向があり、腰が痛い、肩が痛いという思い込みで、痛いと訴え、生活に影響が出ていることがあります。そのために、65歳以上の患者さんには、ミニメンタルステート検査(Mini Mental State Examination : MMSE)という認知症検査も実施します。この検査は、認知症の診断用に米国で開発された質問セットです。30点満点の11の質問からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをチェックします。
じつは難治性慢性疼痛の多くが、生活習慣に起因する痛みであるといえます。たとえば、首が痛いという原因を探っていくと、日常的にスマホを長時間使っていたり、足が痛いという方の場合、ハイヒールなどの靴に原因があったりすることがあります。
また、肥満により関節に負担が必要以上にかかっていれば、ひざが痛くなることがありますし、痩せの場合は、不適切な食習慣とともに運動をしていないため、筋力が極端に低下していることもあります。
これらの生活習慣は、その方の癖なので本人は意識しにくく、たとえ癖を理解していたとしても、それが痛みの原因であるとは思いもよらないでしょう。
しかし、こういった日常的に当たり前と思っている習慣や行動が、慢性疼痛につながり、こじらせることで難治性慢性疼痛になってしまうことがあります。そのため、難治性慢性疼痛を治療する前提として、患者さんには、原因となる生活習慣や癖を見直すという努力をしていただくことが大切だと考えます。
生活習慣に起因する難治性慢性疼痛の場合は、主に運動療法や心理療法が治療の中心となります。患者さんと医師を含む医療者が、痛みの軽減に向けて、地道に少しずつ努力を重ねていきます。
IMS療法と呼ばれる筋肉内刺激法(Intra Muscular Stimulation)とは、筋肉由来の痛みの診断・治療に有効な方法です。解剖学の知識に基づいたトリガーポイント治療の一種とお考えください。
トリガーポイント治療とは、痛みの中心となる筋肉の中にある固いしこりのような部分に対して、さまざまな種類の刺激を加えて、しこりをほぐす治療法全般をいいます。加える刺激は、電気刺激(高周波)、レーザー光線、針、温熱、マッサージ、局所麻酔注射などで、さまざまなものを用いてこりをほぐします。
IMS療法とは、カナダ人の医師Dr.Gunnが西洋のリハビリテーションと東洋の鍼の知識と技術を用いて開発したもので、私がアメリカ留学中にDr. Gunnから2年間、直接指導を受け、日本に紹介しました。
IMS療法における治療では、薬剤は使用せず、東洋医学の鍼治療に用いる針を使用します。そのため、治療にともなうリスクが懸念されにくく、一度に多くの場所を診断・治療できます。この針は細く、先端がとがっていないため、筋肉や神経を傷つけにくいといえます。また、深い部分の筋肉にも刺激を与えて治療ができるため、治療部位の選択肢が広がります。
IMS療法は、すべての痛みに効果が期待できるのではなく、筋肉の異常な緊張が原因の痛みに効果が期待されるものです。慢性的な痛みのほとんどは、肥満や運動不足、同じ姿勢での長時間労働、ストレスや喫煙、睡眠不足など、生活習慣に起因します。長年続いているこじれた痛みには、IMS療法だけでなく、慢性的な痛みの原因となりうる生活習慣を変容することも並行して行います。患者さんの努力を医師がサポートしながら、少しずつ状態を改善していくことが大切です。
当院では、患者さんごとに、痛みの原因に対しさまざまな角度からアプローチし、時間をかけて診察します。また診断後は、その痛みを治療するために、さまざまな専門分野の医師(麻酔科、精神科、総合診療科、リハビリテーション科など)に加えて、臨床心理士、作業療法士、鍼灸師(はり師・きゅう師)、看護師などの医療専門職も治療に加わる「集学的痛み治療」を行っています。
難治性慢性疼痛の場合、一度の治療で劇的に痛みが軽減されることはほぼありません。医療者と患者さんが一緒になって痛みの原因を知り、組み立てた治療法を地道にコツコツ進めることが大切です。一歩一歩、しっかりと治療に向き合うことが痛みの軽減につながり、日常生活の質を向上させていくのだと思います。
【参考文献】1) 服部政治.ペインクリニック.2004;25(11):1541-1551.
横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック 診療教授
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