インタビュー

コロナ第2波で医療をつぶさないために―クルーズ船“現場指揮官”と考えるこれからの感染症対策

コロナ第2波で医療をつぶさないために―クルーズ船“現場指揮官”と考えるこれからの感染症対策
竹内 一郎 先生

横浜市立大学 救急医学教室、横浜市立大学附属市民総合医療センター 高度救命救急センター長

竹内 一郎 先生

横浜港に2020年2月入港したクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」での新型コロナウイルス集団感染は、中国本土以外では当時最大規模だった。現場責任者の横浜市立大学附属市民総合医療センター高度救命救急センター長の竹内一郎さんは、この事例を「災害」と位置付けて対応にあたった。災害としての感染症、そして感染症蔓延の中で起こる災害、さらには来るべき第2波にどう備えるべきか、竹内さんに聞いた。

日本の医療は普段、順位付けをせずにすべての人にベストを尽くしてきた。しかし、前回述べたように、竹内さんはダイヤモンドプリンセスでの集団感染を「災害」と判断し、順位付けをした。

「横浜市内、神奈川県内にはたくさん病院があるんだから、そこで診てほしいというのは患者さんからすれば当然の希望でしょう。どこかの優先度を落とすという判断は難しいことで、これまで避けてきたことを、期せずしてやらざるを得なくなりました。それがあまりクローズアップされなかったのは、国内の新型コロナ第1波がそれほど大きくなく、ほかの場面で同じことをせずに済んだからかもしれません。いずれにしても、遠くに運ばれた方々はそれによって害を被っているのに、よく納得していただけたと感謝しています」

こうした“害”はあっても、ダイヤモンドプリンセス集団感染への対応で、横浜市の医療崩壊を起こさずに乗り切ることができた。「医療崩壊」とは、コロナ患者で病院がいっぱいになって収容不能になることではない。それ以前に、コロナ患者への対応で医療が回らなくなり、心筋梗塞(こうそく)など急を要する患者の搬送先がみつからずに亡くなってしまうことだ。そうならなかったのは、層別化、順位付けができたからだ。

「第1波では、ダイヤモンドプリンセスで遠くまで運ばれた以外、“切り捨てられた人”はいませんでした。我々が苦悩するような場面はなく、患者も医療者側もハッピーでした」と、一瞬、表情を緩ませた。

竹内一郎先生

だが、安堵している暇はない。第1波の感染者数が底を打つ前から、第2波の到来が言われていた。そして、7月以降、全国で感染者数が急激に増加し始めている。

神奈川県や横浜市がいま、力を入れているのが軽症者の宿泊施設確保だ。

「軽症者にはそこに入っていただけば、病院はつぶれません。それができないと、病院がいっぱいになって重症者が助からなくなってしまいます。そこから悪化した人は中等症の病院に、そこで重症になったら救命センターに移すというように、重症化しても助けられる体制を作っていると言えるよう、市として頑張っているところです」

そのために、5月に新施設に移転した横浜市立市民病院の旧施設を、軽症者や無症状陽性者の宿泊療養施設に転用している。それによって、軽症者に対する過剰な医療資源の投入を回避できる。

「こうしたやり方は、多かれ少なかれ“痛み”を伴います。実行には国民のコンセンサスがなければ難しいでしょう。しかし、それを受け入れてもらえなければ、医療はつぶれてしまいます。現実に応じた対応をしていく、それが回り回ってそれぞれの国民、市民のためになるということを、僕たちはもっと発信していかなければならないと感じています」

さらに厳しい決断が求められる事態も想定しなければならない。

「第2波が本当に大きくなったら、例えば一定年齢以上の人には人工呼吸器をつけないという決断を、誰かがしなければならないということになるかもしれません。コロナは、今まで日本がやってこなかったことと向き合う、1つのきっかけになるでしょう」

そう話す竹内さんは、厳しい表情を取り戻していた。

いま、竹内さんが最も恐れているのは「医療者のコロナ感染による医療崩壊」だ。ただしそれは、病院でクラスターが発生して医療者が離脱し、医療が継続できなくなることではない。病院でのコロナ感染発覚に対する、内外の“過剰”ともいえる反応によるものだ。

「コロナで院内感染が発生すると、病院は謝罪しなければなりません。インフルエンザにかかった医療者がいても病院は謝罪会見をすることはないし、病院が患者の受け入れをすべて止めるということもありません。ところがコロナだと、そうせざるを得ないインパクトがあります。それは、自分で自分の首を絞めるのと同じ。そうして、病院がどんどん止まっていったら、コロナ患者が増える前に医療崩壊が起こってしまいます」と、憂慮する。

特に大きな病院がない地方で、コロナが発生した病院が謝罪し、1週間受け入れを停止したら、その時点で地域の医療が成り立たなくなる。

「こうした風潮は何とかしなくてはいけません。今の日本では、どこでもコロナにかかり得る。それとうまく付き合っていけるようにしていかなければいけません。そうした意識変化が起こるような報道を、マスコミには期待したいと思っています」

病院

写真:Pixta

コロナと災害では、もう1つ考えるべきポイントがある。そして、梅雨末期の7月に、それは九州で実際に起こった。大雨による避難と、「密」を避けられない避難先でのコロナ対策だ。

「災害が起こった時にすべきことは順位付けです」と竹内さんは繰り返す。

「水害が起こっているときに、コロナ感染の恐れがあっても避難するという優先順位を下げるものではありません。まず重要なのは水害を逃れて生き延びることで、コロナがあっても命を守る行動を最優先にしなければなりません。理想を両方追うのは絶対無理な環境になるのが災害。あとから非難が出るのが常ですが、それを言い出すと頑張っている人の心を折るし、次の災害のために非常にマイナスになるのです」

当事者の言葉は重い。

ここまでの話で、竹内さんは何度も「責任」という言葉を口にした。

「リーダーは決断し、命令する、そして責任を取る。災害の時に合議制で物事や進め方を決めるのは無理です。ですから、バスバス決めて実行させる。その代わりにあとで全部自分が責任を取ります。どうやっても、終わってから非難されるのがこの世の常。最初から、後出しで非難されるという覚悟を決めなければ、災害の現場に行ってはいけないと思っています。うまくいくときは誰がやっても、リーダーがいなくてもうまくいきます。そうではないときに、全部自分で決めて最後に責任を取るのがリーダーの役割です」

こうした覚悟を決めた指揮官がいるからこそ、現場の医療者は安心して業務を遂行できたし、これからもできるのだろう。

 

※本記事を元に描かれたマンガが『医療マンガ大賞2020』の入賞作品に選ばれました。ぜひご覧ください。

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