腸管や膀胱、卵巣などの臓器が腹膜鞘状突起と呼ばれる腹膜の袋の中に脱出し、足の付け根が腫れる病気である鼠径ヘルニア。その手術方法の1つである腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(LPEC)は低侵襲(体への負担が少ない)な術式であることが知られていますが、さらに患者さんの負担を軽減するために、埼玉県立小児医療センターにおいて単孔式腹腔鏡下鼠経ヘルニア根治術 (SILPEC:Single Incision Laparoscopic Percutaneous Extraperitoneal Closure)が開発されました。
今回は、SILPECの開発にも携わった埼玉県立小児医療センター 小児外科の科長である川嶋 寛先生にSILPECとはどのような手術であるかをメリットとデメリットを含めてお話を伺いました。
当院で開発されたSILPECとは、傷あとをより目立たなくすることを目指し、従来から行われていた腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術を改良した低侵襲な手術法です。腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術では、腹腔鏡と呼ばれるカメラを入れるためにおへそを4~5mmほど、鉗子という手術器具を入れるためにおへその横を2~3mmほどをそれぞれ1か所切開するので、小さいとはいえ腹部にも傷あとが残ります。
これに対して、切開箇所をおへその1か所まで減らした手術方法がSILPECです。SILPECではおへその真ん中を約1.5cm切開して、そこからカメラと鉗子を入れて手術を行います。しかし、おへその切開箇所からカメラと鉗子の両方を挿入して手術を行うため、技術を要する手術でもあります。当院ではSILPEC専用の先が曲がった鉗子を開発し、操作性の改善を図っています。
SILPECのメリットは以下の3点です。
切開箇所はおへそのくぼみの中に納まるため、傷あとがまったく見えない手術といえるでしょう。また、腹腔鏡を用いた小児の鼠径ヘルニアの手術に共通するメリットではありますが、手術している箇所の左右逆側に腹膜鞘状突起がないかどうかを腹腔鏡で確認することができるため、反対側に袋が見つかった場合に併せて手術することが可能です。さらには、腹腔鏡で膀胱や卵巣といった臓器に異常がないかをチェックできる点もメリットと考えられます。
SILPECのデメリットは以下の2点であると考えられます。
SILPECだけでなく腹腔鏡を用いる手術に共通することですが、鼠径部切開法と比較すると手術時間が少し長くかかる場合があります。特に小学生以下のお子さんの場合には手術時間がかかる傾向にあります。
また、SILPECは小児外科医や麻酔科医*の技術が必要とされる手術方法であるため、実施している施設が限られている点はご理解いただきたいと思います。
*麻酔科科長:蔵谷 紀文(くらたに のりふみ)先生
手術後は基本的には普段どおりの生活を送っていただけますが、傷があるので手術後1週間ほどは湯船につかるのは避けていただき、シャワーのみでお風呂を済ませるようにお願いしています。当院では、術後1週間の診察で傷に問題がなければ、その後は日常生活の制限は設けていません。
ただし、手術時に全身麻酔をかけた影響で疲れやすいため、退院後数日間は無理をしないことが大切です。特に小学生ぐらいの年齢のお子さんではその傾向が顕著にみられるので、ご家庭ではお子さんの様子に目を配っていただければと思います。
手術後に合併症が起こる可能性があるため注意が必要です。主なものは以下になります。
小児の鼠径ヘルニアにおいて注意すべき合併症の1つである再発には、手術をした側に再発する場合(同側再発)と、手術した側とは反対に再発する場合(対側発症)があります。同側再発は感染などの何らかの原因によって腹膜鞘状突起を縛っていた糸が外れてしまうことによって生じます。一方、対側発症は手術した側の左右逆側にも腹膜鞘状突起があった場合に起こる可能性があります。
そのほか、手術箇所からの出血や陰嚢が腫れるケースもあります。また、ほかの腹腔鏡を使用する手術と同様に、SILPECにおいても周囲の臓器を損傷する可能性はゼロではありません。
当院の小児外科では腹腔鏡や内視鏡を用いた低侵襲手術を積極的に実施していますが、これらの手術は技術を要するため経験を積むことが必要不可欠です。そのため、当科では若手医師の教育に力を入れています。技術向上の一環として、日本内視鏡外科学会が行っている日本内視鏡外科学会技術認定(小児外科領域)の資格取得を推奨しています。このような取り組みによってより安全な低侵襲手術の提供につなげています。
鼠径ヘルニアの手術後は、1週間後の診察で傷の状態を確認し、問題がなければ通院不要となる場合がほとんどです。ただし、手術直後は特に鼠径ヘルニアが再発する可能性が高いため、親御さんに注意深く鼠径部を確認するようにお願いしています。
また、当院では退院後は術後1週間の診察に加えて、3か月後、9か月後に外来を受診していただくことで、変わりがないか経過観察できる診療体制を整えています。
鼠径部の違和感や腫れ、周期的に泣いたりお腹が痛くなったりするといった鼠径ヘルニアを疑う症状が現れたら、早めに病院にいらしてください。特に小さなお子さんの場合は、早期受診が非常に重要ですので、少しでも鼠径ヘルニアの徴候があれば、早い段階で受診していただきたいと思います。
お子さんが鼠径ヘルニアと診断され、手術を受けるということで不安になる親御さんもいらっしゃるかもしれません。当院ではSILPECをはじめとする手術方法についてしっかりとご説明したうえで、手術方法や手術時期をご家族と相談しながら決めていきますので、ご不明点や心配事があれば遠慮なくご質問ください。
埼玉県立小児医療センター 小児外科 科長
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