インタビュー

重症筋無力症の原因と治療――成人の治療の特徴や選択肢について

重症筋無力症の原因と治療――成人の治療の特徴や選択肢について
林 正俊 先生

市立宇和島病院 小児科 嘱託医

林 正俊 先生

目次
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まぶたが下がる、力を入れた状態を保ちづらいなど、目や全身の症状が特徴といわれている重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)。1日のうちでも症状に波があり、日常生活に大きく影響することから、病気と上手に付き合うためには自分の症状をしっかり把握し治療法についての理解を深めることが大切です。

今回は、成人の重症筋無力症の治療におけるポイントや小児との違いについて、市立宇和島病院小児科 嘱託医 林 正俊(はやし まさとし)先生にお話を伺いました。

重症筋無力症とは、神経と筋肉のつなぎ目の“神経筋接合部”に異常が起こり、神経から情報がうまく伝わらず筋肉の力が弱くなる病気です。

筋肉には大きく分けて、自分の意思で動かすことのできる横紋筋と、動かすことのできない平滑筋の2種類あります。重症筋無力症では、本来自分の意思で動かすことができるはずの横紋筋の力が低下します。また、同じ筋肉を何回も動かしていると力が出なくなってくることと、低下した筋力は休息によって回復がみられることが特徴的です。

2006年に行われた全国疫学調査によると、重症筋無力症の患者数は15,100人、有病率は10万人あたり11.8人でした。一方、2018年の調査によると患者数は29,210人、有病率は10万人あたり23.1人で、2006年の調査と比較して患者数は約2倍に増加しています。

増加の原因は明らかではないといわれていますが、重症筋無力症の診療を専門的に行っている医師としては、高齢化が原因の1つであると考えています。実際に、50歳以上の高齢発症の割合が増加していることが近年報告されています。

重症筋無力症は、やや女性に多い病気だといわれています。ただし、前述の調査によると男女比は1:1.15であり、ほぼ同程度になってきています。これにはさまざまな理由が考えられますが、もともと男性は高齢発症のほうが多く、女性は若年発症のほうが多いなかで、昨今の高齢化により高齢発症の男性の患者数が増えたことに伴い、男女差も小さくなったのだろうと考えています。

私たちが筋肉を動かそうとするとき、脳から出された命令は神経を通って筋肉に伝えられています。その神経と筋肉のつなぎ目ではどのようなことが起こっているのでしょうか。

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神経と筋肉のつなぎ目(シナプス*)である神経筋接合部は、上のイラストのように、神経末端と筋肉の間に溝のある構造となっています。その溝に放出された神経伝達物質のアセチルコリンが、筋肉側の膜(シナプス後膜)にあるアセチルコリン受容体にくっつくことにより、脳からの命令が筋肉に伝わり、体を自由に動かすことができます。

しかし重症筋無力症を発症すると、筋肉側の受容体を自己抗体(自分の体に対する抗体*)が誤って攻撃し破壊してしまい、脳からの命令がうまく伝わらず筋肉を動かすことができなくなります。

*シナプス:神経細胞同士の接続部のこと。

**抗体:病気の原因となる病原菌やウイルスが体内に侵入したとき、異物として認識し攻撃したり排除したりするタンパク質。

重症筋無力症は神経筋接合部で起こる異常により発症します。その原因の1つとして、自己抗体の“抗アセチルコリン受容体抗体(抗AChR抗体)”が関わっているといわれています。メカニズムとしては以下の3つが考えられており、どれも抗アセチルコリン受容体抗体が発生してアセチルコリン受容体に作用することで起こります。

アセチルコリン受容体の崩壊亢進

通常、アセチルコリンがくっついたアセチルコリン受容体は破壊と再生のターンオーバーを繰り返しています。しかし、抗アセチルコリン受容体抗体が発生するとアセチルコリン受容体にくっついて、アセチルコリン受容体の破壊が促進されます。こうしてアセチルコリン受容体は、正常な状態と比べて数が減少してしまいます。

アセチルコリンの作用の阻害

アセチルコリン受容体は、特定の部位にアセチルコリンがくっついたときに形が変化します。これは脳からの命令を筋肉に伝えるために必要な過程の1つです。しかし、抗アセチルコリン受容体抗体が発生すると、アセチルコリン受容体にアセチルコリンがくっつくのを邪魔されて(阻害されて)、アセチルコリン受容体の形の変化が起こらなくなってしまいます。その結果、アセチルコリンが作用しなくなると考えられています。

補体介在性機序――神経筋接合部の破壊

私たちの体は、免疫システムという仕組みによって病原菌やウイルスから守られています。その免疫システムにおいて多くの役割を果たすタンパク質のひとつである“補体”が、重症筋無力症の発症のメカニズムに強く関与していると考えられています。

補体は、抗アセチルコリン受容体抗体に作用して活発になり(活性化)、神経筋接合部のシナプス後膜を攻撃して破壊します。そのため、シナプス後膜に存在するはずのアセチルコリン受容体もほとんどなくなってしまいます。

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現在もさまざまな研究が進められている

重症筋無力症の発症については以上のようなメカニズムが考えられている一方、患者さんの体内で自己抗体がなぜ生じるのかは明らかになっていません。また、抗MuSK抗体という別の自己抗体が関わっている例もあることが分かっています。ほかにも未知の自己抗体が存在する可能性もあり、現在も研究が進められています。

重症筋無力症には、眼筋型(目だけに症状が現れるタイプ)と全身型(眼筋型に加えて全身の筋力の低下が起こるタイプ)があります。主な症状は以下のとおりです。

眼筋型の症状

眼筋型の場合、まぶたを上げる眼瞼挙筋(がんけんきょきん)が動きにくくなり、まぶたが下がってしまう症状(眼瞼下垂)や、眼球を動かす筋肉が麻痺して眼球運動が悪くなることにより、ものが二重に見える症状(複視)などが起こります。

全身型の症状

全身型の場合、まず目の症状から始まって全身に広がることがほとんどです。そのため階段を上れなくなったり,物干し竿に洗濯物を干せなくなったりします。さらに進行すると、構音障害(発音がうまくできない状態)や、嚥下障害(えんげしょうがい)(飲み込みがうまくできない状態)などの球症状と呼ばれる症状が出てきます。球症状が悪化すると、クリーゼ*を発症し、適切に治療ができない場合は命に関わることがあります。

*クリーゼ:呼吸筋が麻痺して呼吸不全に至った状態。

かつて重症筋無力症の解明が進んでおらず治療法も限られていた時代には、クリーゼの発症などが命に関わることもめずらしくありませんでした。しかし、免疫療法などの治療法の進歩により、現在は比較的予後が良好な病気になってきました。難治性の患者さんもいらっしゃいますが、病気の解明や治療法の進歩によりコントロールできる病気になってきています。

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写真:PIXTA

重症筋無力症の検査や診断は、診療ガイドラインの記載に則って行われます。

特に、症状を確認することが診断のポイントになります。重症筋無力症では、検査の結果が陰性となり診断するのが難しい場合も多々あるためです。ただし、朝は元気でも夕方になるにつれてつらくなるといった日内変動も日常でよく起こるため、患者さんの状態を見極めて判断していくことが重要です。診断を難しくする要素もある病気だからこそ、検査だけに重きを置くのではなく、症状をしっかり把握することがとても大切です。

重症筋無力症は無治療で経過を観察する場合もありますが、主に薬物療法や血液浄化療法などを用いて治療を行います。

薬物療法

多くの患者さんにおいて、まずは抗コリンエステラーゼ薬を用います。ただし、これは筋力低下の症状を一時的に改善させることが目的の治療です。

抗コリンエステラーゼ薬だけでは改善が難しい場合、免疫を抑える効果が期待できるステロイドや、免疫抑制薬の使用を検討します。生物学的製剤*を使う場合もあります。

後述するように、眼筋型と全身型では治療薬の選択がかなり変わってきます。眼筋型でも、ステロイドや免疫抑制薬を用いることはありますが、これらは主に全身型の患者さんに使用されている治療薬です。

*生物学的製剤:生物由来のタンパク質などを利用した医薬品。血液中の成分である免疫グロブリン(抗体)というタンパク質を利用した免疫グロブリン製剤(IVIg)など。

胸腺摘除術

胸腺とは胸骨の裏側にある組織で、免疫の発達にとって重要な役割を果たしています。年齢とともに萎縮してほとんど分からなくなっていきますが、そこに胸腺腫という腫瘍(しゅよう)が生じることがあります。胸腺腫がある場合、腫瘍を摘除することで症状の改善が期待できます。また、胸腺腫のない場合でも胸腺摘除術が検討される場合があります。

血液浄化療法

血液浄化療法とは、人工透析のような装置を使って血液から自己抗体を取り除く治療法です。即効性があり、一時的に症状を改善させる効果が期待できます。

EFT(早期速効性治療戦略)について 

成人の重症筋無力症の治療において、EFT (early fast–acting treatment:早期速効性治療戦略)が提唱されています。EFTは、早期改善とともにステロイドの飲み薬の量を抑制する目的で行われ、血液浄化療法、免疫グロブリン静注療法*、ステロイドパルス療法**が含まれます。いずれもかなり強い治療法であるため、全身型で症状が重い場合に実施することが多いでしょう。

*免疫グロブリン静注療法:免疫グロブリン製剤を5日間連続で点滴する治療法。

**ステロイドパルス療法:ステロイドを短期間で大量投与する治療法。

MM-5mgについて

近年では、ステロイドの飲み薬の量を1日あたり5mg以下に抑える”MM*-5mg”という考え方が成人の治療において定着しています。この方針により、心理的にも身体的にも問題にならない程度まで症状を抑え込むことを目指します。

*MM:minimal manifestations(軽微症状)

ステロイドを多めに使用する際には入院治療を原則としています。ステロイドには、大量投与すると急性増悪により症状が急激に進行する恐れがあり、投与後3日から1週間は注意を要するためです。また、前述のEFTを実践する場合にも、ほとんどの場合は入院が必要です。胸腺摘除術も手術のため入院治療になります。抗コリンエステラーゼ薬を使用する場合は入院なしで様子を見ることが多いですが、それ以外の薬剤の使用に関しては原則入院での治療となるでしょう。

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治療の選択には患者さんの症状の進行速度を含め、病状をしっかりと把握することが大切です。重症筋無力症は人によって少しずつ症状が異なり、1人の患者さんでもその時々により病状は変動します。共通の治療法をそのまま全ての患者さんに同じように当てはめられることはまずありませんので、変化していく病状に合わせてその都度治療方法を選択することが重要です。

成人の場合

全身型で急速に進行している場合には、すぐ入院していただき、ステロイドやほかのさまざまな治療法を組み合わせて行っていく必要があります。

眼筋型の場合には、全身型と比べると慌てて治療する必要はありません。眼筋型でも早くステロイドでの治療を始めたいという方もいらっしゃいますが、しばらくの間は抗コリンエステラーゼ薬で治療して様子を見ます。ステロイドは一度使い始めたら、早すぎる減量により症状が悪化することがあるため、長期間使うことになるのが一般的です。長期間使用する場合には副作用が特に出やすくなるため、ステロイドを使用するかどうかは慎重に検討します。そのうえでステロイドを選択して治療する場合が多いです。その場合、ステロイドの量をできる限り抑えるために、タクロリムスやサイクロスポリンなどの免疫抑制剤を併用することが増えています。

小児の場合

小児の場合には、成人と異なり眼筋型の患者さんが多いという特徴があります。ステロイドを使わずに症状が治まるケースもあることから、ステロイドが必要かどうかを見極めるため、私は3〜4か月は抗コリンエステラーゼ薬で様子を見るようにしています。進行して全身型に移行する可能性があれば、すぐに全身型の治療に入ります。

また、小児はさまざまな機能が成熟途中の段階にあります。特に人の視機能は3歳くらいまでに急速に発達するといわれており、この時期にまぶたが下がった状態が続くと視機能がなかなか発達しないことが分かっています。小児科医としては、お子さんの視機能をしっかりと守ることも大切にしています。

成人の場合

胸腺腫に対する治療としては、胸腺摘除術が行われます。

胸腺腫がない場合でも、胸腺摘除術が検討されることはあります。ただし第一選択肢にはならず、眼筋型では行わないというのが最近の基本的な考え方になってきました。全身型でも、ほかの治療法の進歩により行わなくてよい場合が多くなっています。

胸腺腫がなく、胸腺異常の1つである胸腺過形成が生じた場合、50歳未満で発症した方には胸腺摘除術を検討することがあります。50歳以上で発症した方には、手術を検討しないことが一般的になっています。

小児の場合

小児の場合、胸腺腫を発症することは非常にまれです。

胸腺腫がない場合に胸腺摘除術を行うことに関しては、賛否両論があります。胸腺は免疫を成熟させるという重要な役割を担っており、胸腺の機能が完了する前に取り除いてしまうと、その後患者さんの免疫に影響する可能性も否定できないためです。今のところ、思春期以降であれば役割が終わったとみなし摘除を検討します。

重症筋無力症の治療について、これまで長い期間にわたり研究が行われてきました。私は特に小児の重症筋無力症の分野で研究を重ねてきましたが、全国にいらっしゃる患者さんのためにそれぞれの医師が試行錯誤しながら尽力する姿を見て、これまで積み上げてきた研究の成果をなんとか次世代に引き継ぎたいとの思いで続けてきました。近年、若い医師たちが小児の重症筋無力症の分野も含めて積極的に研究に加わってくれていることは、今後の重症筋無力症の治療における大きな希望だと感じています。

治療に免疫抑制薬が使用できるようになったのと同じくらい画期的な流れとして、リツキシマブ、エフガルチギモド、エクリズマブ、ラブリズマブといった、近年のさまざまな生物学的製剤の登場があります。まだ治験段階のものもあり、これから研究が進んで成人から小児まで使えるようになることを期待しています。

それぞれの薬剤の特徴を生かしどのように使い分けるのか、患者さんの病状に合わせてふさわしい治療法を確立していく、今はその段階にあるといえるでしょう。

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治療に関わる医師と患者さんにとって大事なことは “双方がしっかりとコミュニケーションを取る”の一言に尽きます。患者さんのほうからは質問しづらいと感じる場合もあるかもしれませんが、遠慮はいりません。はっきりと伝えていただけるのは医師としてもありがたいことだと思います。

私は診察室での患者さんとの会話の中で、さまざまな内容に目を向けて判断することを大切にしています。医療は、医療者と患者さんの信頼関係なくしては成り立ちません。医師が電子カルテの画面ばかり見て、なかなか患者さんを見ないという話を聞くことがありますが、そのようなことのないよう心がけています。

また多くの場合、患者さんはその場では理解できたと思っても、帰宅する頃には細かい部分の記憶が曖昧になっているのではないでしょうか。そこで、病気の特徴や診断の理由、選択可能な治療法などについて一通り用紙に書いて説明したら、その紙を持ち帰って読み返していただけるようにしています。

もう1つ大事な点として、症状が急変した際の対応が挙げられます。患者さんそれぞれの病状を早めに把握して治療を始めることにより、急に進行して入院に至ることがないようにできるだけ細やかに対応するようにしています。患者さんにも症状に変化がある場合は教えていただき、早めに対応して進行を抑え込むことができるようにお願いしたいと思います。

最近では、患者さんご自身が病気について勉強し理解したうえで、医師からの説明に十分納得してから同意して治療を受けるという考え方(インフォームドコンセント)が広まっていますが、必ずしも全員がそのようにできるとは限らないと思っています。治療を選択する際の判断基準や理解度も患者さんによってそれぞれ違いがあるでしょう。「先生だったらどうする?」「先生の子どもがこの病気だったら先生はどうするの?」とお尋ねになる患者さんもいらっしゃいます。

医師は患者さんに説明する際、自分だったらどうするか、自分の子どもだったらどうするかなど自分の考え方をしっかり持ち、さまざまな選択肢をきちんと説明できる態勢で臨む必要があるでしょう。患者さんはぜひ「分からない点があるので教えてほしい」「分かるまで説明してほしい」と医師に伝えていただきたいと思います。

患者さんと医師の双方がしっかりとコミュニケーションを取り、お互いに理解し合いながら、患者さん一人ひとりに合った治療を進めていただければうれしく思います。

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