去る2018年5月16日(水)〜18日(金)、国立京都国際会館(京都市左京区)にて第26回日本乳癌学会学術総会が開催されました。本学会では、連日プレスリリースが実施され、注目演題の概要や乳がん領域におけるトピックが発表されました。座長は大会長である戸井雅和先生(京都大学大学院医学研究科外科学講座 乳腺外科学教授)が務められました。本記事では、2018年乳癌診療ガイドライン作成委員会の委員長である愛知県がんセンター中央病院乳腺科の岩田広治先生の発表をお伝えいたします。
2015年の改訂から3年ぶりに乳癌診療ガイドラインが新しく作成されました。
今回の改訂の大きなポイントは、治療による「益(高い生存率など)と害(副作用や費用の問題など)」について考慮して治療介入をするために、ガイドライン作成の手順を大きく見直した点です。
これまでのガイドラインは、CQ(クリニカルクエスチョン)の選定と文献検索を行ったあと、文献のエビデンスレベルを決定し、その強さによって推奨グレードを決定していました。たとえば、複数のランダム化比較試験で有意差が得られている治療法であればその治療を強く推奨する、というように決定されます。つまり、従来のガイドラインでは、治療による益の部分だけを推奨グレード決定の判断材料とし、害の部分を考慮していなかったのです。
そのため、今回の作成手順では、すべてのCQに対して3〜7つのアウトカム(結果・成績)を設定しました。これらのアウトカムには、益と害それぞれのアウトカムを含みます。
そして、各CQに対して益と害のアウトカムの大きさとバランスを評価しながら、最終的な推奨グレードの決定を行います。
また、ガイドラインの構成も今回大きく変更となっています。従来は総説とCQだけでしたが、新たにBQ(バックグランドクエスチョン)とFQ(フューチャークエスチョン)が設けられました。
BQ:すでにエビデンスに基づいて必ずやるべき診療で、改めてCQにすべき内容ではないものや、これ以上データが出てこない内容
CQ:臨床でどのような介入をしたらいいか、迷うような問題
FQ:まだデータが不十分であり、CQでの議論ができないが、今後CQとして議論すべき内容のもの
推奨グレードを決定するための推奨決定会議には、患者代表2名の方に参加していただいたことも大きな特徴です。
さらに、従来は小委員会の合意によって推奨グレードを決定していましたが、今回は推奨決定会議でのvoting(投票)によって決定していることもポイントです。推奨決定会議では、105のCQに対して、131回のvotingを行いました。
推奨の強さは「行うことを強く推奨する」「行うことを弱く推奨する」「行わないことを弱く推奨する」「行わないことを強く推奨する」の4つに分類しています。
少々わかりにくい表現にはなっていますが、たとえば「行うことを弱く推奨する」であれば、「推奨される治療法ではあるが、患者さんにとっての益と害のバランスをみながら、治療の現場で相談して決定する」という意味が込められています。
今回のガイドラインは、いくつかの治療の選択肢があるなかで、患者さんと相談して介入を決定する際に、話し合うためのツールにしてほしいという意味を込めて作成しました。
また、我々医師が治療介入する際には、患者さんと話し合いをして益と害を考慮することが重要です。そして、患者さんによってどのようなことが益で、どのようなことが害であるのか、捉え方も違います。たとえば、抗がん剤の副作用で髪が抜けても、それを害と捉えない方もいるでしょう。そのため、ガイドラインで推奨されているからといって、必ず行わないといけないわけではありません。
さらに、ガイドラインには推奨決定会議におけるvotingの合意率や回数が記載されています。そのため、これらの数字もぜひ治療介入の判断材料にしていただきたいと思います。
今回のガイドライン改訂によって、医師と患者さん間におけるShared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング)の重要性が広まり、日本の乳がん診療が次のステップに向かって成熟していくことを期待します。
また、当然今回の改訂が完成版ではなく、これから半年間ごとに必要に応じてWEB版のガイドラインを改訂し、3年後には再び全面改訂を予定しています。たくさんの方の意見を参考にして、今後よりよいものにしていきたいと考えています。
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