去る2018年5月16日(水)〜18日(金)、国立京都国際会館(京都市左京区)にて第26回日本乳癌学会学術総会が開催されました。本学会では、連日プレスリリースが実施され、注目演題の概要や乳がん領域におけるトピックが発表されました。座長は大会長である戸井雅和先生(京都大学大学院医学研究科外科学講座 乳腺外科学教授)が務められました。本記事では、早期乳がんの予後予測マーカーであるTP53*signatureを開発された、東北大学病院腫瘍内科の高橋信先生の発表をお伝えいたします。
TP53…p53タンパク質をコードしている遺伝子であり、ヒトの悪性腫瘍において高頻度に変異している。
TP53遺伝子変異の有無は、以前から乳がんの予後をはかる因子として知られていますが、未だ臨床応用されていません、そこで、私たち東北大学ではTP53遺伝子変異の有無によって予後予測可能な遺伝子発現プロファイルである「TP53 signature」を開発しました。
診断キットの開発においては、合計37遺伝子のプローブセットを作成して、遺伝子発現データを取得できる「n Counter」という装置を用いて開発を行いました。
無再発生存期間を表したデータでは、TP53 signatureの再現性は非常に高いデータが得られています。また、TP53 signatureは、乳がんをwild typeとmutant typeの2群に分けることができ、mutant typeのほうが予後不良というデータが得られています。
さらに、RNAシークエンスデータを用いて、TP53 signature、OncotypeDX、Mammaprint、PAM50の多遺伝子発現プロファイルとの予後関連性を比較すると、TP53 signatureがもっとも予後関連性が高いことが分かっています。
次に、TP53 signatureが持つ分子生物学的な特徴を検討した研究結果をお話しします。
TP53 signatureは、乳がんをwild typeとmutant typeの2群に分けることができ、下図はTP53 signatureのmutant type(黄色部分)を拡大したものです。
ご覧いただくとわかるように、TP53 signatureのmutant typeには、TP53遺伝子に遺伝子変異を認める症例と認めない症例がありますが、その原因はよくわかっていませんでした。
そこで解析をしてみたところ、TP53遺伝子に変異を持たないグループに、遺伝子コピー数が増加していることがわかり(四角で囲っている部分)、さらにその一部の症例にはMDM2(p53を分解する機能を持つタンパク質)という遺伝子が集積していることがわかります(丸で囲っている部分)。
このことから、MDM2遺伝子によってp53が分解されることで、p53が機能喪失を起こしていることが推察でき、TP53 signatureはp53経路の異常を検知している可能性が示唆されるデータであると考えています。
さらに、TP53 signatureの遺伝子変異を認めているmutant typeのグループでは、DNA修復に関わる遺伝子や染色体の構成や分離に関わる遺伝子の変異が高頻度に出現していることが明らかとなっています。すなわち、遺伝子や染色体に不安定性が生じるため、先述のように遺伝子コピー数の変化や遺伝子の変異数が多くなるという結果が得られます。
これらのことから、TP53 signatureはp53経路の異常によって引き起こされる、染色体および遺伝子不安定性を評価している可能性があるのではないかと考えられています。
またTP53 signatureは、免疫チェックポイント阻害剤に関わるタンパク質などの変異の発現性が高いことから、免疫チェックポイント阻害剤の治療効果を予測するマーカーとなる可能性もあるのではないかと考えています。
そのほか、乳がんのサブタイプ を再分類することで治療の最適化を図ることができる可能性もあります。たとえば、発がんメカニズムや治療標的による分類においてこれまで均一性が高いといわれていたルミナルBタイプは、TP53 signatureを用いることでwild typeとmutant typeに分けることができます。wild typeは抗がん剤への感受性が低く、mutant typeは抗がん剤への感受性が高いことから、抗がん剤の治療適応を決定する際の指標にすることができる可能性があります。
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