去る2018年5月16日(水)〜18日(金)、国立京都国際会館(京都市左京区)にて第26回日本乳癌学会学術総会が開催されました。本学会では、連日プレスリリースが実施され、注目演題の概要や乳がん領域におけるトピックが発表されました。座長は佐治重衡先生(福島県立医科大学 腫瘍内科学講座)が務められました。本記事では、東京医科歯科大学・難治疾患研究所分子遺伝分野 三木義男先生の発表をお伝えいたします。
治療法が少なく予後が悪いといわれているトリプルネガティブ乳がん(エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陰性)のなかには、BRCA1・2に変異のある遺伝性乳がんが高頻度にみられています。そのような遺伝性乳がんのなかには、PARP阻害剤が有効である症例があります。PARP阻害剤とは、PARP(DNAの損傷を修復する機能をもつ酵素)のはたらきを阻害する薬剤です。
DNAの損傷にはいくつかの種類があります。そのなかで、PARPは一本鎖切断という損傷を修復する機能を持ち、BRCA1・2は二本鎖切断を相同組換えという方法で修復する機能を持っています。この修復機構を利用して、がん細胞を壊死に導く治療法が、合成致死療法です。
BRCA1・2に異常があるがん細胞を持つ患者さんにPARP阻害剤を投与するとします。すると、PARP阻害剤によって一本鎖切断の修復が阻害されたDNAは二本鎖切断に変換されます。このとき、正常細胞であればBRCA1・2は機能しているため、BRCA1・2のはたらきで二本鎖切断が修復され、正常細胞は復活します。
しかし、BRCA1・2に異常があるがん細胞にPARP阻害剤が作用した場合、BRCA1・2による二本鎖修復機構が機能しないため、がん細胞は修復されずにやがて壊死します。
このように、BRCA1・2の異常で相同組換え機能が低下しているものに対しては、PARP阻害剤による合成致死療法が成立します。
しかし、BRCA1・2に二次的変異やそれ以外の分子が同時に障害を起こっていて相同組換え機能が回復していると、PARP阻害剤が効きません。
このようなPARP阻害剤に対する耐性を獲得している症例に対して、相同組換え機能を阻害するなどしてPARP阻害剤の耐性を克服しようとする研究がすでに各所で行われています。
私たちの研究グループでも、PARP阻害剤の耐性克服に向け研究を行い、そこで発見したものがKPNA7(別名インポーティンα)というタンパク質です。
上図のように、細胞のなかにある核内ではDNAからメッセンジャーRNAが作られます。そして、メッセンジャーRNAは核の外にあるリボソームに運ばれ、ここからBRCA2が作られます。
この時点でBRCA2は核外にあるため、核内のDNA損傷を修復するためには、核外から核内で移動する「核内移行」をする必要があります。そのため、私たちはBRCA2の核内移行を阻害すれば、BRCA2によるDNA損傷の修復ができなくなり、PARP阻害剤の効果が得られるのではないかと考えました。
そこで、私たちの研究グループはKPNA7というタンパク質に辿り着きました。BRCA2はKPNA7と結合することで、核外から核内に移行できるというメカニズムを発見したのです。
つまり、KPNA7の機能を障害すれば、BRCA2が核内に入ることができないため、DNAの不安定性が誘導されるのではないかと考えました。
そして、私たちはKPNA7が核内に入ることを阻害する低分子化合物をみつけました。実際に、この化合物を用いてがん細胞の合成致死が誘導されるかどうか確かめたところ、PARP阻害剤を投与することで高い合成致死の誘導率を示すことができました。
このように、PARP阻害剤が効かない乳がんに対しても、DNA損傷修復機能を低下させる「BRCA ness」の状況を導き、新たな治療を開発するために研究を進めていきたいと思います。
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